15.アンネ、あなたも死んで戻ったの?

 覚えている事項を紙に書き出す。誰かに見られる危険を考え、鍵のついた日記帳に記すことに決めた。日記帳は明日届くよう手配し、ひとまず手元の紙に記憶を箇条書きにする。


 死因は毒殺だと思う。衰弱して最後はスープの上澄みだけを飲む日々だったから、栄養失調や餓死も間違いではなかった。顎が弱り固形物を噛めない部分で、アンネは首を傾げた。


「私の知る奥様は、食べ物を拒んでおられました。毒を盛られると酷く恐れて、私が目の前で食べて見せても疑うほどでしたよ」


 その辺の記憶は私にはない。朦朧として眠っている時間が多かったのは覚えているけど。薪がなくて家具を壊して燃やしたことや、アンネが細々と持ち込んだ食材だけで生活していた記憶は重なった。私は日付の感覚がないけれど、アンネは覚えている。


「奥様が嫁いで来られて、5年目の寒い冬でした。あの日、明け方に火事で奥様のおられる離れが崩れて……」


「え? 私は毒を盛られて呼吸が止まったのよ」


 お互いに死因から記憶が違う。迷った末に、紙を縦に分割する線を引いた。アンネがするすると表を作っていく。縦に分けられた表の上部に、それぞれの名を書いた。


 死因は毒殺または衰弱死と認識する私に対し、アンネは崩落による事故死を記入する。そこへアンネは、殺人事件? と書き加えた。あの当時も、彼女は離れが崩れた事故を故意ではないかと疑ったらしい。きちんとした調査は行われず、曖昧になったという。


「公爵夫人が離れで見つかったことに対して、外部からの介入はなかったの?」


「ありました。ですが、旦那様の留守を守る執事に事故で押し通されてしまいました」


 あの男は今回も殺そうとしたくらいだから、よほど私が気に食わないのでしょうね。都合の悪い女が死んで幸運だったと考えた。外部からの調査が入ることにも拒絶を示したはず。何よりもリヒテンシュタイン公爵家が大事な人だったみたい。


 早い段階で執事を排除できたのは、今後の展開を考えると正解ね。前世と違って私に運が向いているわ。


 思い出しながら書き込むアンネの手元を見ながら、私はふと浮かんだ疑問に彼女の顔を凝視した。私が死んだときのことは覚えている。アンネはその後も生きて、いつ死んだのかしら。何で? 寿命が来るまで生きたならいいけど……もしかして!?


「アンネ、その……」


 聞きづらいわ。でもこれは重要なことだと思う。


「はい」


「私の死後、こうして時間を戻るまで……どうやって、いえ、はっきり聞くわ。あなたも死んで戻ったの?」


 死んだところで記憶が途切れて、結婚式の日に戻ってきた。でもアンネは私の死後の記憶があるわ。どこまで覚えていて、どこへ戻ってきたのかしら。きょとんとした顔になるアンネは、すぐに私の聞きたいことを理解した。ペンを置いて、紙をベッドサイドの机に移動させる。


「申し訳ありません。肝心な部分をお話ししていませんでした。ご説明いたします」


 ベッドの端に腰掛けたアンネは、私の冷えた指先を握った。まだ体調が戻らない私の手足は氷のように冷たくて、そのくせ体の中は燃えるように熱い。額を冷やすタオルを当て、横になるよう促された。素直にクッションに寄り掛かる私の指が、じわじわと温まる。


「奥様がお亡くなりになって、半年で私も死にました。死に際の記憶が曖昧なのですが、殺されたのではないかと……。奥様の月命日の花を供えに離れへ行って、そこで死にました。痛みの記憶はありませんが、後頭部から首を叩かれた衝撃は覚えています」


 なんてこと……あなたも殺されていたのね。

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