【完結】愛してないなら触れないで

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01.私は前世であなたに殺されたの

「嫌よ、触らないで!!」


 泣きながら突き飛ばした。呆然とする夫を前に、私は乱された胸元を掻き合わせて蹲る。背に流した長い赤毛が肩を滑り落ちた。薄絹に覆われた肌を隠すようにベッドの上を後ずさった。


 分かっているわ、結婚してだから触れようとしたのでしょう? でも私はあなたに触れて欲しくない。だって、知ってるもの。男の人は愛がなくても女を抱ける。そんな関係は絶対に嫌だった。


 父もそう。アウエンミュラー侯爵家の一人娘である母と結婚して私が生まれたら、すぐ別の女と浮気した。腹違いの弟妹が三人もいるのよ。すでに儚くなった母はずっと後悔していたわ。爵位がもっと低くても、いっそ平民でもいいから愛してくれる人と結婚したかったと。


 男兄弟のいる貴族令嬢の使い道なんて、政略結婚しかない。私もそうして売られた。名門貴族の正当な血を引く令嬢として、このリヒテンシュタイン公爵家が支払う莫大な金貨と引き換えに。我慢しようと思ったわ。それだけの対価を彼は払ったのだもの。


 それでも恐ろしかった。子を産んだら、私はもう用なしになる。前世のように、屋敷の離れに追いやられて泣きながら暮らすの? 覚えているわ。あなたは前世で別の女性を愛した。邪魔になった妻の私に毒を盛り、事故に見せかけて殺したわ。


 我が子エーレンフリートには一度も会えなかった。アウエンミュラー侯爵家の血を引くリヒテンシュタイン公爵家の跡取りだから、大切に育てられていると信じるしかない。髪や目の色すら知らないし、この手で抱くことも許されなかった。


 何もない離れは、食事も薪も支給されなかった。家具を壊して燃やし、寒さをわずかに凌ぐ日々。実家に援助を求めることが出来ないと知っていたくせに、私を放置したのよ。名ばかりの公爵夫人は骨と皮ばかりに痩せ、汚れた寝間着で過ごした。最後に風呂に入った日が思い出せないほど、長い期間。


 専属侍女のアンネだけが私の生活を支えた。昼間は屋敷で働き、夜になると私の体を水で拭いてくれる。もう手足が動かない老人のようになった私を、最後まで奥様と呼んだわ。調理場から持ち出した食材は生に近く、それを細く燃やした火で煮るだけの食事。噛むことも出来なくて、上澄みを飲むばかりだった。


 平民以下の生活をどれだけ過ごしたのか。日付の感覚すらない。


 冷たい牢獄のような部屋で、寒い冬の明け方に私は死んだのだと思う。誰もいない部屋で、呼吸が詰まって涙が溢れた。あんな思いはもう嫌。なのに目が覚めたら、結婚式当日だったなんて。神様なんていないのだと思い知る。結婚式が終わったからと、義務で抱かれるのは絶対に我慢できなかった。


 愛してないなら触れないで。あなたが私を殺したくせに――!

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