同じ景色に影2つ。

木田りも

同じ景色に影2つ。

小説。 同じ景色に影2つ。



原案 Aimer 『茜さす』




何も起きなかった。いや、別に何か起きると思っていたわけでもないのだが、僕はそこに希望が見えていたし、なにより当たり前にあることが当たり前じゃないこともわかっているつもりだった。


目の前に君がいる。2つの影が夕陽の中、歩いている。1つの影はスーッと消えていく。その影がもう2度と僕の前に現れることはない。だから、僕はもう少しだけ夕陽を見ていた。君といた時間がほんの少しでも良いものになることを願いながら。いつまでも、いつまでも見ていた。


君と歩く。ただ歩くだけ。この時間がどうしようもなく好きだった。何か話すわけでもない。何か大事な話をするわけでもない。ただ会って、ただ歩く。それがとてもしあわせだった。デートって言えるほど特別なこともしないし、会話がないからと言って仲が悪いわけでもない。並んで歩くことがしあわせだった。


特に何も起きない毎日。

不変で普遍。だけど心地よい。きっとこの時間が続くことが人生において最も幸福なことなんだと思う。歩き疲れてベンチに座る。

いま、僕は君と同じ景色を見ている。そのことがなんだか誇らしかった。今までの人生が報われて、今この時のために僕は生きてきたんだって本気で思えるくらい今の自分を認めることができている。本当にしあわせなことだ。1〜2年経っても町はたいして変わらなかった。この町はこれといった産業もないから都市開発はあまり進まない。それが僕にとっては良かった。変わらない中にずっといられることは幸福なのである。町が変わると、人も変わり来る人いなくなる人も多い。だから、変わらないことにとても安心する。そうして変わらず歩いている。


犬の散歩をする老人。電動車椅子に乗った青年。世間話をかなり大きな声でするおばさま方3人衆。そのどれもがこの中の景色に溶け込んでいる。それはあまりにも自然なもので君といる僕も、この世界に溶け込めているのだろうと思う。


少しだけ肌寒くなってきた。もうすぐ夏も終わる。空が高くなってきた。高い空に手は届かない。虹を探しに歩いたり、流れ星に願い事をしたりもしたけれど、高い空に向けて届くはずのない手を伸ばしたり、雲の形を見て、君と僕が何か似ているものを連想する時間の方が好きだった。僕のしあわせには、どんなに考えないようにしても、君のことが浮かんでしまうのだ。


また歩く。立ち止まり、夕陽を見る。

もうすぐ沈む夕陽。その夕陽を2人で見る。自転車のベルの音。遠くから聞こえる野球チームの挨拶の声。これは終わりのテーマのようにもうすぐ終わりが来ることを告げている。沈む夕陽と共に、今日という日も終わりへ向かっていく。僕たちは、どこに向かおうか。僕は君の顔を見る。君の頬に涙がたれている。そうだ。これが最後なんだ。


これからは最後に見た景色になる。

最後に見た夕陽。最後に見た町の景色。最後に見た光。最後に見た君の影。君がいた時間。僕と過ごした時間。その時間の終着点が今日なのである。君は声こそ出さないが、涙がたれ続けている。僕は何を言えば良いか分からないから、ただ上を見上げた。その時、僕の頬にも涙がたれてきて、そこではじめて僕も泣いていたことに気付いた。君が泣いていた時に、僕も泣いていたらしい。みんな心の隙間にどうしようもない感情を抱えている。このどうしようもない現状がどうにもならないから人は泣いてしまうのだ。


君は再び歩き出す。僕も涙を拭いまた歩く。沈むことを意識した後の景色は少し暗くなった。でも僕は最後まで歩かなければならない。君と別れなければならない。心から。誠意を持って。僕はこれから君と離れなければならない。覚悟を決めて。僕は立ち向かわなければならない。これからの人生に。

そのどれもに、まだまだやらなければならないことがたくさんあって、きっとそのどれもが充実したものであるだろうし、楽しいことが待ち受けているからこそ、悲しい。こうして君と離れることが、ただの通過点でしかないことが実に悲しい。本当はもう人生がダメになってしまうくらいに後悔してしまいたい。

昔の記憶も思い起こし、もう2度と返ってこないそれらに心の花束を持っていく。過去を振り返ってそれらを思い出の棺桶にしまわないと前に進めないくらいに僕は不器用だ。

君も僕も泣きながら前へ前へ進んでいく。君のことをもっと知りたかった。君がいない世界に、生きる意味も見出したかった。君が生きているうちにもっと喜ばせてあげたかった。君が死んだということをもっとはやく認めれば良かった。何も生み出さない行為に癒しという意味を見つけなければ良かった。それも今日で終わり。


目的地に着く。君は立ち止まりこちらを向く。もう泣いていない。そうだ。僕も泣いていられない。そう思って笑顔を作ろうとしたら、涙がボロボロ溢れてきた。溢れて止まらなくなった。カッコ悪いくらいに声を出して泣いた。こんなにつらいと思ってなかった。何に泣いているのか、何故こんなに泣いてるのかわからないくらいに泣いていた。なんとか落ち着きを取り戻した。君はほんの少しだけ嬉しそうだった。僕は泣いた後の爽快感もあって、君にやっと笑顔を向けた。君は少し肌寒そうにして、僕の横を通り抜ける。僕が振り返ると、もうそこには誰もいない。君の姿も影も消えていた。僕は呆然としたまま、もう少しで沈んでしまう夕陽を眺める。不安なことはたくさんあるし、これからのことを考えると逃げてしまいたくなるが、今日、久々に心から清々しい気持ちになれた。間違いなく、君といた時間のおかげだ。





あの頃からずいぶん僕は変わった。

たくさんの人との出会いを重ね、あの頃とは考えられないくらい心が強くなった。でも、夏が来たり、雪が降ったりのような季節の変わり目になるといつも思う。共に過ごしたあなたが今はどこにもいない。あの日見た君の幻は、もう2度と僕の前には現れないのだ。


今年もまた枯葉が舞った。

僕は1人。見えない幻と戻れない時間の隙間を歩き続けている。





おしまい。







あとがき


Aimerというアーティストも茜さすという曲も今までの自分ならきっと出会うことがなかったものだと思う。いくつ歳を取っても、人との出会いが自分に変化をもたらせてくれる。それがあるから自分の思いをなんとか形にしたくて小説を書いている。そんなことを考えながら書いていた。書くたびにインスピレーションが出てきて、収拾がつかなくなったが、また、今までとは違う作り方で小説を書けた気がしている。今回はただ男女が歩くだけのワンシチュエーションにしようと決めていた。原案の茜さすのMVは、男女が夕焼けの中海沿いの道を歩いているシーンが続く。そこに儚さやその2人の人生の全てが詰まっていると感じた。この曲が持つ力を心から信じてみて、この曲が主題歌となっているアニメの力にも頼らずに、この曲をリスペクトして書いた作品である。(今度はアニメも見る。)


読んでくれた皆様に感謝します。

リクエストをくれた、やまめさん。ありがとね。

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同じ景色に影2つ。 木田りも @kidarimo777

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