虚ろなパステル

夏村憂花

虚ろなパステル

ユメという名前にお似合いのパステルカラーが似合う女の子だった。ユメは普通に可愛いのに、とうの本人は自分の容姿にちっとも興味が無くて、その価値を分かっていない。だから私はいつもユメに「かわいい」と言った。私がユメに、ユメはかわいいことを教え込ませたかった。そしたらユメはさっぱりした笑顔で、「ありがとう」と言うのだ。その後に必ず、「ハルちゃんも可愛いよ」と返してくれる。そこから大好きと言って抱きつくのが、いつもの流れだった。

小中高と一緒だった私達は大学生になって初めてバラバラになった。なんか最近、女の子たちの垢抜けるスピードはえげつなくて、私はおいてけぼりにされないよう必死だった。劣等感だけは人一倍強くて、でも頑張るのが上手でない私は、だんだん外を歩くのが嫌になった。前髪が歪むのは嫌、爪が汚いのは嫌、まつ毛が下がってるのに気分なんて上がるわけない。今日の私、全然ちっとも私じゃない。

そういうダメダメな日は私を取り戻したくて、自信が欲しくて、ユメに連絡した。ユメは私が大好きなので、否定せず私の話を聞いてくれる。そうじゃなくても私はユメが大好きだし、大好きだからユメに話がしたくなる。

「もしもしユメ?」

「もしもしハルちゃん?」

「久しぶり。最近どう?」

「うーん。ちょっと忙しいかも!でも楽しいよ」

私と違ってユメの大学生活は充実していた。そりゃあそうだ。ユメは私みたいにいらない劣等感でぐずぐず落ちたりしない。ユメはそういうのとは無縁なのだ。もしも劣等感があるとしても、それは「顔」に関することではない。ユメは普通に可愛くて、自分の容姿を気にしない。それは何の努力もしなくても元々可愛いから気にする必要がないからなのか、あまり自分自身に興味がないからなのか。分からないけど、でも羨ましかった。

「そっか。よかった」

よくないけど。私は楽しくないけれど。

「ハルちゃんはどう?」

"最近どう?"の面倒くさい所は、これくらいしか訊くことがないのに、高確率で向こうから同じ質問をされてしまうことだ。でも私は人に話せるような生活をしていないし、今だってとても人に見せられる姿かたちではない。私はこういう時どうするべきか知っている。嘘をつくのだ、ゆるやかに笑って。

「元気だよ。この前ね、美味しいチーズケーキ屋さん見つけたんだ。ユメ、チーズケーキ好き?」

「うん、好きだよ」

「今度行こうよ」

「行きたい!」

ユメは今、どんな格好をしているだろう。トレンドの淡色で全身塗り固めてんのかな。でもユメはそういう感じじゃない。ユメはそう、パステルカラーが似合うのだ。声も透き通ってて凛としててでも柔らかさがあって、かわいい。

「ユメ、かわいいね」

「急にどうしたの?」

うふふ、とシャボン玉がふわふわ浮かぶみたいに笑うユメ。私じゃ絶対できない笑い方だ。

「あ、そういえばこの前カレシに会ったんだけどね」

ドキッとする。私はそれに何ともないですよみたいに白を切る。ユメにカレシがいるのは知っている。私よりずっと後に出会ったくせに、ユメの一番になったふざけた男だ。

「可愛くなったね、って言われてさ。可愛いとはよく言ってたけど可愛くなったねは初めてだから笑った」

「そっかぁ」

私は良い友達なので、普通に相槌を打って普通に笑う。ユメは可愛くなったらしい。可愛くなってしまったらしい。

高校の時から、ここをこうしたらユメは絶対にもっと可愛くなるっていうのをあたしはいくつも知っていて、でもユメの可愛さを知っているのは私だけでいいから、だからずっと言わなかった。なのにユメは年相応の女の子らしく、容姿に気を配り始めた。そして今、瞬く間に可愛くなっている、らしい。

「またね」

「うん、またいつでも電話してね」

ユメはあたしが電話を切る最後の最後まで、かわいい。電話ですら、終わりが怖いから、いつだって私がこの手で終わらせる。ユメ、いかないで。


一週間後、ユメからメールが来た。「ハルちゃんが見つけたチーズケーキ食べに行こう」なんて、甘ったるいメッセージだった。もう会うべきではないと分かっているのに、私は二つ返事で了承した。

ユメに会うための洋服を新しく通販サイトで買った。


その日はすこぶる良い天気だった。私の心はこんなにも沈んでいるのに馬鹿みたいに良い天気だから、太陽だか神様だか知らないけど、全部殺してやりたいと思った。

「ハルちゃん」

目の前に現れたユメを見て、私は絶句した。ユメは可愛かった。思ったよりずっとずっと可愛くなっていた。

パステルカラーなんてどこにもない、ブラウンとアイボリーで全身を塗り固めた女の子が、そこにいた。そこらじゅうにいるありふれた可愛い。量産型の女の子。ユメはユメでなくなってしまった。

でも私は良い友達なので、久しぶりに会えて嬉しい!って顔をする。

「ユメ!久しぶり」

「久しぶり」

ユメは何も気づかないらしい。私の中に何か変化が起きていても、ユメは何も気づかない。だってユメは私を気にしていない。ユメは私のこと、普通の友達なのだ。普通に友達なのだ。私は違うのに。

それからチーズケーキを食べに行った。美味しくなんてないのに、ユメはバカっぽく無駄に浮かれて「美味しい」と言った。

「ハルちゃんは色んなお店知ってるよね。すごいなぁ」

何がすごいのか。君が好きそうな所を探しているのだから当たり前なのに。

「そうかな?ありがとう」

すっとぼけて笑う私、何がしたいんだろう。

ユメがケーキにフォークを入れる度に、ずくり、ずくりと、私の中の何かが、ユメのそれに刺し込まれる。

こういう所にカレシと行くの?大学の友達と行くの?

ずくり、ずくり。ユメ、ユメ。 ずくり、ずくり。ユメ、ユメ…。

ユメは綺麗にケーキを平らげた。大層気に入ったらしく、二つ、ケーキを買って帰った。

「元気そうでよかった」

ユメの適当なセリフに私はまたしてもにこにこ笑った。どうでもよかった。この時間は何も生まない。でも離したくない。

私がこんなに堕ちてるなんて一つも知らないユメは、「あっ」と無邪気に声を上げた。

「優瞳」

その声に私はピシャリと固まる。ユメが、誰かの名前を呼ぶ。間違いなくこの男の名前だろう。そして分かる。

「幼馴染の春呼ちゃん」

楽しそうに、ユメが男に私を紹介する。男が、ああ、という顔をした。その感じからして、この男はユメからよく私の話を聞かされている。そしてお前は、私は、お前のこともよく知っているのだ。

「あ、水谷です。優瞳からよくお話聞いてます…」

ぎこちなく、でも確かに「コイツの彼氏です」という感じで男は私を見つめた。

「真辺です」

私はコイツに笑いかける必要は一つもないなと思ったので、クスリとも笑わなかった。男は怪訝そうな顔をしたが、ユメがいる手前何も言わなかった。

変な空間だった。ユメだけが自分のカレシと幼馴染の初対面を嬉しそうにしていた。

ずくり、ずくり。深く刺さっていく。刺さっていく?刺している?誰が?どっちが?私が?ユメは?ユメ、ユメ…。

男は今のユメにお似合いの、全体的にダボッとした雰囲気だった。緩くて、色遣いがパッとしない。こんなになった今のユメを、"可愛くなった"などと言う男なのだ。面白味のない男だなと思った。こんな男の何がいいのだろうと思って、私は少し笑った。すると今度は分かりやすく睨んでくる。

「つまんない」

ユメが男と何か話しているので、私は完全に蚊帳の外だ。絶対に聞こえない音量でそう言ってから、私は再びハルちゃんに戻る。

「さっきそこのケーキ屋さんに行ったの」

「そこ、前に俺が行こうって行ったとこじゃん」

「そうだったけ?美味しかったからお土産買ってきたよ」

「ありがとう。でも今度はお店にも行こう。二人で」

男が下手くそなマウントを取る。そして私はそんなの痛くも痒くもありませんよ、という顔で笑い続ける。ユメははしゃいだまま気づかない。

「ユメ、お邪魔みたいだから私帰るね」

「えっ」

「また連絡する」

"なんでバレたんだろう"という顔のユメと、隠さず"早く行け"という顔の男。二人とも頭が悪そうで、馬鹿みたいにお似合いだった。

「またね」

ユメが何か言う隙を与えないまま、私は背を向けその場を去った。背中に痛いほど視線を感じたけど、スルーして歩く。振り返ったら負けだと思ったけど、最後に少しだけ振り返ってみた。ユメは男と手を繋いで駅に向かって歩いている所だった。あたしはその後ろ姿を携帯で撮って、"大スクープ!あの清純派女優、山中優瞳の堂々熱愛!"と添えて送り付けた。今日中には帰ってこないだろうユメからの返信になんて返そうかと考える。

日が沈む。人が多くて嫌になる。夜が近いと肌寒い。ぞくりと体が震えた。

ずくり、ずくり。ユメ、ユメ…。

さよなら、ユメ。

もうあの頃のパステルカラーの女の子はどこにもいないね。上手に今を生きるブラウンとアイボリーで全身を塗り固めた女の子。そこらじゅうにいるありふれた可愛い。量産型の女の子。その隣には、態とパッとしない色を使うつまんない男。つまんない男とお似合いのユメ。つまんない女になったね。

改札を通って見えなくなるまで、私はユメの背中を見つめ続けた。太陽だか神様だか知らないけど、ソイツら全部が私を哀れみの目で見つめている。私の夢は壊れた。

こうして、私の世界でたった一人の最高の友人は、見知らぬ男のものとなりました。




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虚ろなパステル 夏村憂花 @cherry4

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