第2話 飲み会に胃腸薬とか持って行くようになると負けだと思ってるからなるべく持って行かないようにしたいけど、結局呑んだ後は胃腸薬持ってくりゃよかったと後悔する。

「じゃあ、伊豆山の出世を祝して! 乾杯〜!!」


 ギャルの編集担当になった次の日、俺は大学の友人と呑みにきている。


「乾杯。って、出世でも何でもねぇよありゃ」

「おいおい、この前は「神楽坂先生の担当になった」って喜んでたじゃねぇか」


 ビールジョッキを机に置いて、ため息を一つ吐きながら友人に愚痴るように言う。


「それがなぁ。何を間違えたか、子供のお守りだ」

「子供のお守り?」


 友人は片眉を下げてこちらを覗き込むように聞いてきた。

 俺はその目に言い聞かせるように答える。


「あぁ。神楽坂先生がまさかの女子高生だった。しかもギャル」

「はぁ〜? お前、彼女作らなさすぎて幻覚見始めたのか? 俺は悲しいよお前が」

「違ぇよ! いや、信じられねぇとは思うけど、マジなんだよ。これ神楽坂先生とのラインなんだけどよ」


 そう言って、神楽坂先生とのライン画面を見せる。

 内容は、カラオケ楽しかったというのと、次の打ち合わせの日時を決めただけなのだが、途中で出てくる単語が訳わからん。「あざまる!」とか「なしよりのあり」とか、いや、それならまだ分かるか「よいちょまる」とか「フロリダ」とかになってくるとマジでわからない。「花落つること知る多少」とか「なんとかの翁」とか、古文じゃねぇか未だに意味わかんねぇよ、絶対正しい意味での使い方されてない以外は何も分からない。

 これが普段重厚な文体の人とは思えない。


「すごいな。最近の子は。何言ってるか分からん」

「だろ? これがあの神楽坂先生だぜ」

「まぁなに。JKとお近づきになるなんてそうそうねぇし、いいんじゃねぇの?」

「よくねぇだろ」


 しかも、担当を俺にした理由も「出会い目的」とかだぞ、最悪だよ。なに? 出版社を何だと思ってるの? あなたのための婚活会場じゃねぇんだぞ。


「てか、写真とかないの?」

「ねぇよ。会ったの昨日だぞ」

「カラオケには行ったんだろ?」

「カラオケと写真がどうつながるんだよ」


 枝豆をつまみながら、ビールに舌鼓を打つ。そんな飲み食いをしてる俺とは対照的に友人はしきりに話を続けてくる、


「仲ええやーん。付き合ったら報告よろしく」

「社会人と女子高生だぞ。気持ち云々以前に倫理的にアウトだろ」

「おいおい。愛に年齢は関係ないぞ」

「俺はあるんだよ」


 ビールを飲み干した俺に友人が聞いてくる。


「もし、もし同い年だったら?」

「はぁ?」

「いや、年齢が恋愛に発展しない理由なら同い年だったらどうなんだよ」

「たらればの話したってなぁ。大体会ったのだって昨日が初めてだ。知るかよ」


 なんだかんだと、飲み会は終わり、俺は少し酔って家へと戻る。


「たでーま」


 つっても誰もいない。

 明かりをつけることもなく、ベッドに横たわる。

 どうしようもなく頭にガンガン響くのは、意味のないたらればの話だ。飲みすぎたな、こりゃ。胃腸薬でも買ってくりゃよかった。

 しょーもねぇ。

 別に彼女が一度もいなかったわけじゃない。そりゃ、高二だかの頃に別れたきりだから、女性経験が長らくないってのはあるが、あんな歳下を意識するほど女に飢えてるわけでもない。

 それなのに、なんでこんなに意識しちまうのか、それは酒のせいにしておこう。


「もし、同い年だったら……か」


 もしかしたら、なんて思っちまう自分が気持ち悪ぃ。

 待てよ、いやマジで気持ち悪いぞ……吐きそうなぐらい気持ち悪……あっ、これ……ダメなやつだ……。

 トイレに駆け込んで、ギリギリのタイミングで嘔吐する。


「うぉろぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」


 俺はそのままトイレでダウンした。


 そして、翌朝。

 今日も今日とて出勤の日だ。と言っても、俺は神楽坂先生の要望で基本的には神楽坂先生の家で神楽坂先生の世話をすることになっているため、会社にでるのは朝の九時から十五時までで、それからは神楽坂先生の飯だったり、洗濯だったりをする。

 年頃の女が男に自分の洗濯させんなよとは思うが、作家とは忙しいものらしいので、自分のこととなると無頓着になるのかもしれない。


「頭いてぇ……」


 二日酔いを抱えながら、出社した。

 道中のコンビニに寄って買った、コーヒーでなんとか酔いと眠気を醒まそうとする。

 コーヒーじゃあまり酔いは醒めないみたいで頭痛は治る気配を見せない。


「おはよう、伊豆山くん。ひどく項垂れてるけれど、何かあったの?」


 デスクにうつ伏せになっている俺に声をかけてきたのは、秋川あゆみ先輩という、俺の一つ上の先輩で、新人オリエンテーションの頃から何かと仲良くさせてもらっている。


「おはようございます、先輩。いや、まぁその、二日酔いってやつですね。すみません」

「まったく……社会人なんだから、しっかりしときなさいな」

「いやぁ面目ないです」


 誤魔化すように笑った俺を見ては、一つため息をつく秋川先輩。

 このため息は面倒見の良さの証だ。


「はら、水よ。まだ開けてないから」

「先輩……」

「なによ」

「昼飯、奢らせてください」

「別に礼とか要らないわよ。でも、そうね。お昼ご飯は一緒に食べましょ。割り勘でね」


 そう言って屈託のない笑顔を見せる秋川先輩。なんだこの人完璧か?

 ギャルの編集担当にならなきゃこの人と一緒に帰って晩飯とか食ってた可能性あると思うと途端に神楽坂先生を疎ましく思ってしまう。

 中身がギャルだっただけで、俺の好きな小説を何作も書いてる憧れの先生だぞ! 神楽坂先生は憧れ、神楽坂先生は憧れ、神楽坂先生は憧れ。よし。


「では、お昼頃」

「楽しみにしておくわね」


 もうなんか酔いとか治った気がする。うん治った。やっぱ持つべきものは綺麗で優しい先輩だな。


 そして、何事もなく仕事は終わり迎える昼休憩。


「秋川先輩。行きましょうか」

「えぇ」


 会社を出て、適当な飲食店を探す。


「何食いたいですか?」

「う〜ん。なんでもいいけど、そうね。かつ丼とかどうかしら?」

「かつ丼ですか……いいですけど、重くないですか?」

「いい? 伊豆山くん。あのね、女の子が少食っていうのは幻想よ幻想、私だってお腹も空くし、安いお金でご飯をたくさん食べたいわ」


 つくづく完璧か? この女は魔性だ。おそらく何人もの男を落としてきたに違いない。


「じゃあ、それにしましょう」


 秋川先輩と一緒にかつ丼屋に入る。

 二人用のテーブル席に座りメニューを開く。と言っても基本的にはヒレカツ丼しか食べないのでものの数秒でメニューを閉じた。秋川先輩の方を見ると、まだ少し悩んでいるようだった。

 しばらくして、秋川先輩はメニューを閉じた。


「決まったかしら?」

「はい」


 店員さんを呼んでそれぞれ注文していく。秋川先輩はかつ丼の竹を注文していた。

 注文を済ませてからはしばらく雑談をした。


「で、神楽坂先生との顔見せは終わったんでしょ? どうだった?」

「まぁ、なんていうか、衝撃的でしたね……」


 きょとんとした顔を見せる秋川先輩に俺は言葉をさらに続けた。


「実はですね女子高生のギャルだったんですよ」

「へぇそうなの」

「そうなのって……驚きません?」

「んー、神楽坂先生のいくつか読んだことあるけど、やたら若い女性の心情描写が上手かったから、女性なのかなーとは思ってたわ。流石に女子高生でギャルだとは思ってなかったけど、意外性は薄いわね」


 分かる人にはわかるものなんだな……。

 俺とか何作も読んだし何回も読み直したのに、男性だと思い込んでたからな。しかも、南方健二みたいなハードボイルドなお爺さまを想像してたもん。

 しばらくして、かつ丼が届いた。チェーン店のいいところは店ごとや人ごとに味が違うとかがないから安心して食べられる。


「うん! やっぱり揚げ物は美味しいわね!」


 秋川先輩は恍惚として、箸をすすめている。

 俺も今日はなぜかいつも以上に箸が進んでいく。

 ものの十数分程度で食べきり、会計を済ませて、店を出る。


「どうかしら? 二日酔いは」

「え? あぁ、もうすっかり良くなってます」

「そう、よかったわ。二日酔いの時は脂っこいものがいいって聞いたから」


 そう言って笑ってみせる秋川先輩を見て、俺は気を使わせてしまったのかと思い、今度からはちゃんと胃腸薬もしっかり飲もうと、後悔した。

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ギャル小説家の担当編集 書く鹿 @KaKu_SiKa

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