23 森の主の館

 目覚めると、ミューは見覚えのない天井の下のベッドに寝ていた。


「……? えっと……どこだろう? ここ。まだ森、なのかな……?」


 なんだか不思議な夢を見ていた気がする。森に漂うしっとりと重い空気に溶け込んだ、記憶の残滓のような夢。思い出そうとしてもうまくいかず、やがて夢の輪郭すらも霧散して消えてしまった。


「何の夢だっけ……そもそもどこから夢だっけ……?」


 倒れる前に結婚とかいう単語を聞いた気もするが、夢だったような気もする。夢かな。さすがに夢か。夢じゃなくても冗談だろう。


 などと思いながら体を起こしたミューは、その最中で全身が軋むような痛みに支配されていることに気が付いた。


「うう……何だろう、怪我もしてないのに全身がぎしぎし痛い。もしかして病気……?」

「寝すぎによる筋肉痛じゃないかな、それは」

「うわぁ!」


 唐突にわいた声に悲鳴が口をついて出る。

 ベッドの脇にあった衝立から顔を出したレムは、のんきに笑って言った。


「はは、なんだか久しぶりだなぁその悲鳴。懐かしいね」

「お、お兄さん……? 変なこと懐かしがらないでよ、もう」


 そういえば、彼の離宮にいた頃は、突然現れるレムによく驚かされていた。

 文句を言いながらも、たしかに懐かしいなと思う。なんとなく癪に触るのんきな笑顔などが特に。


「お目覚めになられました? それじゃあ、お着替えと飲み物でもお持ちしますね!」


 元気な声を上げたのは、窓辺の椅子に控えていたらしい小柄な少女だった。ミューよりいくつか幼く見える緑色の髪の少女は、弾むような足取りで、どこかの屋敷の寝室らしい部屋を出る。


「あの子はこの森の民だよ。外では見ない髪色だろう」

「……やっぱり、西の森には住んでる人がいるんだね」

「うん。常に居る住人と、一座として里を巡っている人たちを合わせれば、一部族分くらいの人数はいるな。シータは彼らを守護している。要するに王みたいなものだな」


 そこで少女が戻った。着替えを手伝ってもらい、続き部屋に用意された卓につく。

 緑髪の少女が頭を下げて退出したのをきっかけに、ミューは向かいに座るレムに尋ねた。


「それで、ここはどこ? 私はけっこう寝てたの?」

「ああ。ミュスカちゃんが倒れてもう五日経ってる。鼻血はあの後すぐ止まったけど、力の消耗が激しかったんだな。しばらく休ませないとっていうことで、シータの屋敷に運んだんだ。寝てれば大丈夫ってシータは言ったんだけど、ソラリスが心配して枕元で騒ぐから力技で出入り禁止にされて、あいつも一日寝込んでたよ。それで俺が看病してたんだ」

「そ、そうなんだ……」


 一日寝込んだソラリスに何が起こったのかが気になるが、のんきなレムを見る限りは大丈夫なのだろう、とりあえず今は。


「それじゃあ、ソルは今なにしてるの?」

「あぁ、あいつはなんか……シータと特訓してる」

「特訓⁉︎」

「あとは森の民と親睦会をしてる」

「親睦会⁉︎」


 何があったのか全く想像がつかない。

 手慰みのように茶器を整えながら、レムはやけに疲れた声でぼやく。


「なんかこう、ソラリスはあれだな。実は勝気なんだろうと薄々は思ってたが、思った以上に思考が物理というか……筋肉というか……」

「ああ、なんかわかるかも……」

「シータも年甲斐もなく単細胞だから二人あわさるとこう……面倒というか……」

「ああ……」


 おかしな方向に意気投合し、明るく決闘していた二人を思い出して深く納得する。


「そんなわけで、君が起きてくれて助かった。うるさいのが戻らないうちに、寝てる間のことを話そうか」


 淹れた茶を差し出してくれながら、レムはこの数日の話を始めた。

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