20 恋の墓場

 茂みにへたり込んだミューは、やけに投合したように殺伐とした会話を繰り広げる二人を呆然を見つめていた。


「な、なななな、なんで? なんでぇ……?」


 混乱しているうちに、戦いは始まった。


 まずはソラリスが一撃を繰り出すが、レムの姿を模した魔女は難なく弾く。

 数回の斬撃を全て防いだ魔女は、後ろに跳んだソラリスに初めて追撃を仕掛ける。ソラリスはそれを走って躱す。


 繰り返す剣戟の音を聞きながら、ミューの心の中はどうして、なんでとそればかりだった。だってわけがわからない。怒りか悲しみかわからない感情で、息が止まりそうになる。


 結局、ミューはソラリスに、なにもできなかったのか。自分が生きていることだけを望んでいる人なんて誰もいないと言った彼の、誰かになることはできなかったのだろうか。


 歌おうか、とふと思う。今のミューは自分の体だ。歌を歌えば、体は入れ替わる。


(でも、入れ替わった途端に死にそう……だって斬り合ってるもん……)


 結局なにも介入できない。無力さに泣けてくる。

 涙を浮かべるミューの横に、上段からの攻撃を防がれ、空いた腹を蹴り飛ばされたソラリスが倒れ込んだ。咽せながら体を起こした彼は、そこで泣いているミューに気付いたらしい。わかりやすく狼狽してみせる。


「え——ちょっと、あの、泣くなよ。何で泣いてるんだよ」

「そんなのわかるでしょ⁉︎ なんでわからないの、ほんとにバカなの⁉︎」

「いや、だって……お前が泣くのが嫌だから、戦おうって決めたのに」


 理解できずに瞬くと、目の縁に溜まった涙が落ちる。

 傍らに膝をつき、濡れた頬を拭ってくれながら、ソラリスは何かを悔いるように言った。


「どうかしてるなら、直せばよかったんだよな。自分までおかしくなるんじゃなくて。——どうかしてるってことにはずっと、気付いてたんだから」

「どういうこと……? なに言ってるの?」

「話すとまぁ、長いんだけど。結論から言うと、見てみたくなったんだ。夢の国がさ」


 そっと、祈るように瞼を伏せる。


「みんなが仲良く楽しく平和に、安穏と暮らせるような、夢みたいな国。あるわけないって思ってたけど……実際ないだろうけどさ。でも、そんな国を俺は見てみたいし、ミューや他のみんなにも、そういう場所で暮らしてほしい」


 再び開いた瞼から見えるのは、曇ることのない空のような青い瞳だ。


「だからちょっと王様になって、作ってみようかなって。夢の国」


 突き抜けた晴天に光る星。こんな時なのに、その光は一際強く、美しい。


「…………私には、意味がわからない」


 笑った顔はいつもと同じ気楽なものだ。それがかえって決意の深さを表していた。

 何を言っても無駄だとわかり、負け惜しみのように目を伏せてそれだけ告げる。困ったような気配がしたが、もう顔は上げられなかった。


「……後で話す。ちゃんと話すから」


 そう言って、ソラリスは再び背を向ける。


 ミューを巻き込まないためなのか、ソラリスが出てくるのを律儀に待っていた魔女に懲りずに剣先を向ける。魔女も剣を構え直すが、その顔にはどこか感心したような、先行きを面白がるような笑みが浮かんでいた。今の会話を聞いていたのだろう。そして、彼女にはソラリスの言う『夢の国』とやらの真意がわかったのだろう。ついさっき会ったばかりのくせに。ミューには何もわからないのに。


 その事実に、ミューはどうしてか。……どうしてなのか。


 ——ものすごく、腹が立ったのだった。


「考えが変わったわ。あなたはレムの」


 魔女が言い切る前に、わざと音を立てて茂みから出る。


「え——おい、ミュー!」


 下がっていろと言いたげなソラリスを無視して歩みを進める。


 魔女は、歌に何かしらの意味を持つ『詞』を乗せて不思議な力を行使している。ならば、同じ部族の血を引くらしいミューにだってできない道理はないだろう。出来るはずだ。やればできる子、カンナだってそう思っていた。たぶん。


 通常ならば絶対にない前向きな思考で向き合う両者の間に割り込んだミューは、大きく息を吸い、歌った。


 旋律しかない母の歌に——初めて、歌詞を乗せて。



「私は待ちます——恋の————墓場でぇえぇぇ—————————!!!」



 うまい詞が浮かばなかったので、いつか練習した流行歌の一節を大声で歌う。正しくは波止場であるがそんなことは知る由もなく、また今のミューには歌詞の意味なんてどうでもよかった。どうでもいい歌詞に、ミューが込めた想いは一つだ。


(邪魔してやる……! 何をどうしたって、絶対に、邪魔してやる……!)


 かつてないほど大きな怒りに突き動かされながら、ミューは自分の内に眠る力を吐き出すように声を張り上げる。


 呆れたようにこちらを見ている魔女に——呆然と青い瞳を見開くソラリスに。そこに光る、彼を彼たらしめる瞳の星に。


(私だってあなたの傍にいるってこと、思い知らせてやる……!!!)


 暴力じみた衝動のまま、最後の一息を吐き終えた、その時。


 ソラリスの足元で、地面が怪しく蠢いた。

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