三章 二人の再会

6 踊り子の胸中

 演目を終えて舞台裏にある楽屋へ戻ると、顔を覆う仮面を剥ぎ取った双子はほとんど同時にこう叫んだ。


「やったね、大成功だねー、エリ!」

「そうね、あたしたちの技、この上なく冴え渡ったわね、サリ! それに……」


 揃って振り向いた双子は、結い上げた髪から羽飾りを引き抜いていたソラリスに視線を合わせてにんまり笑う。


「こんな大舞台で練習以上の成果が出せるなんてすごいね、ミュー!」

「記憶喪失ってこんなに都合よく正反対にキャラ変できるものなのね、ミュー!」


 やはり同時に言った双子は、顔を見合わせて「大助かりだよねー!」とけたけた笑う。


「お見事だったな、ミュー。さすがに疲れたか?」


 そんな双子を苦笑で見やりながら、衣装を脱いだジョンがタオルを投げ渡してくれる。


「そりゃ緊張したし疲れたけど、楽しかったよ。ジョンもお疲れー……って、あれ? 脱がなくていいの、肉襦袢?」

「これは自前だ!」


 軽口を叩きながら汗を拭っていると、いつの間にか普段着のドレス姿になっていたカンナが戸口でソラリスを手招いた。「お小言かな」と肩をすくめて楽屋を出て、先導されるまま、人目のない裏庭に向かう。突き当たりで足を止めたカンナは振り返るなり言った。


「……その感じだと、見つけたのね? 『ミュー』を」

「ああ、居たぜ、ばっちりと」


 短く肯定し、目に入ったかつての自分の姿を頭に浮かべる。思ったよりも自由そうだったし、健康そうだった。決闘敗者のくせに扱いは悪くなかったようだ。


「手足の一本くらい無くなってるかと思ったが、見た感じ五体満足で生きてたよ」


 自分の代わりに無関係な少女が痛め付けられるなんて、余りに余りな展開だ。それが無かったことにひとまずは安堵するが、同時に疑問も湧いてくる。——兄は、どうして敗者たる自分を処分しなかったのか。そこには何の理由があるのか。自分に刃を向けた弟の命を惜しむほど、甘い人間ではないはずなのに。


「野蛮ねえ、王族って。ほんと関わりあいたくないわ」


 はっと顔を上げたソラリスに、カンナはぴしゃりと宣言する。


「先に言っとくけど、王室のゴタゴタにこれ以上巻き込まれるのはごめんよ。ここからはもう、あんたに特別な協力はしない。式典中は芸人としての役割だけを果たして過ごすわ。一座の皆には今まで通り、あんたはただの記憶喪失ってことにしておくから、そのつもりで自分を取り戻してちょうだい」

「それは、もちろん。俺の与太話を信じて今まで匿ってくれただけで充分すぎるくらいなのに、これ以上カンナさん達に面倒はかけられない。後は俺が頑張るよ」


 カンナは、心底呆れたように腰に手をやり頭を振った。


「……ガキね、ほんと」

「えぇ? なんでだよ」

「何ででも、よ、ったくもう」


 諦めたような物言いに納得いかないソラリスをよそに、カンナは話を再開する。


「で、どうするつもりよ、ここから?」

「そうだなぁ。第一関門は突破したことだし、まずは『ミュー』と接触しなくちゃ始まらないな。……式典が終わるまでには、どうにか方をつけたいけど」


 正直なところ、今後の展望は見通せていない。


 この事態に対してソラリスが確信できているのは、ミューの体に自分が入っているという一点のみだ。ただ、ミューと重なって倒れ、何かに貫かれた瞬間のぞろりとした、内臓を引きずり出されるような奇妙な感触だけは記憶に生々しい。そこに何らかの不可思議な力が働いたことは確かだ。その原因を探り、解決策を見い出す。果たしてそれは可能なのだろうか。


(……いや、可能じゃなきゃ困るんだけどな、俺も『ミュー』もさ)


 黙り込んだソラリスに何を思ったのか、ひとり言のようにカンナが呟く。


「ま、そうね。いざとなれば王子様ごとミューを攫って逃げりゃいいわね。役者も演目も増えるし、悪くもないわ」

「さっすがオネエ、男前だなぁ」

「茶化すんじゃないの」


 関わり合いたくない、と言った舌の根も乾かないうちに面倒見のいいことを言うカンナに苦笑する。本当に気風がいい男前だ。ドレス大好きだけど。


「まあ、平気だろ。何とかなるように頑張るよ、一年も待ったチャンスだからな。……さて、じゃあ着替えるかぁ、『品評会』向けに」

「悪趣味な会合よね……。気を付けなさいよ、あんた」

「大丈夫だって。腐っても王子のお手付きがあれば、他の奴らに手出しはされない」

「……ちゃんと来るのかしら、ミューは」


 不安そうな声を出すカンナに首を傾げる。


「俺が居ることには気付いてたんだし接触しに来るだろ、よっぽどのバカじゃなければ」

「よっぽどのバカなのよ」

「いや、でもほら、自分の体が他人に、しかも男に占領されてるんだぜ? よっぽどの根性なしじゃなければ取り戻そうとするって」

「よっぽどの根性なしなのよ」

「……まあ、大丈夫だよ、うん。この子がどんなによっぽどでも、俺が頑張ってどうにかするよ」


 じゃあ支度するからと言い置いて、ソラリスは裏庭から立ち去った。


 遠ざかる華奢な背中に、カンナは我知らずため息をつく。


「……自分さえ頑張ればどうにかできるって、信じてるところがガキだってのよ」


 誰も聞くことのない呟きは、本人は認めないだろうが、心配の色の濃いものだった。

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