7.復讐者への恐怖(ミイラ人間の場合)
第12話「ミイラの叫び」に登場するミイラ人間は、その名の通りユニバーサル映画の「ミイラ再生」にインスパイアされたエピソードと考えて間違いないだろう。だがこの話に込められた意味は、それだけではない。
劇中において、ミイラ人間とその従者である怪獣・ドドンゴは、どこか哀れな存在として描かれている。現代に復活したミイラ人間は、警官隊と科特隊に下水道に追い詰められ逃げ回った挙句、逆上して大暴れし、最後は科特隊によって完全に葬られている(全くの余談となるが、私はこのシーンが同じ円谷プロ制作である「怪奇大作戦」の傑作エピソード「死神の子守歌」のラスト、犯人の科学者が警官隊に袋叩きにされて逮捕されるシーンとどうしても重なって見える)。ミイラ人間の死を悼むようにして現れたドドンゴも、両目を潰された上、スペシウム光線を浴びて悲痛な叫びをあげながら息絶える。そして最後に科特隊員らは「蘇らせない方が良かった。眠らせておくべきだった。」と憐れむように語る。
だが、実際に劇中におけるミイラ人間の行動を見ると、この発言にはどうしても疑問が浮かんでしまう。ミイラ人間が現代人によって発掘されたのは事実だが、彼は自らの意思(念動力)で電気ショック装置を操って蘇生している。そう、彼は「現代人によって眠りを妨げられた」のではなく「自ら蘇った」のである。その後も、確認されているだけでも2人の命を奪っているのだから、正直なところ、他の怪獣や宇宙人と比べて情状酌量の余地があるようにはあまり見えない。だが、これまで見てきた通り、こういった描写の矛盾(最も、科特隊の面々はミイラ人間が自分の意思で蘇ったことを知らないのだから、止むを得ない部分もあるが)には、その話の裏テーマが隠されている。ミイラ人間のエピソードには、前述のゲスラと同様「歴史の忘却」と、「忘却された歴史の復讐」の2点が隠されていると、私は思う。
まず、ミイラ人間とは何者か? 文字通りに解釈するのであれば、7000年前の人間ということになるが、劇中でも言及されている通り、彼の生命力や能力は、明らかに人間のそれではない。ミイラ人間の発見された場所の名が「鬼ノ台丘陵」というのも象徴的だ。鬼、異形の者、まつろわぬ者、人の世に迎合しない者。こう考えると、ミイラ人間は、「眠っていた」のではなく「封じられて(=隔離されて)いた」というのが真実ではないだろうか。だからこそ、ミイラ人間は現代人の手で発掘された際に、自らの手で「蘇った」のである。封印された状態のままでいることは、彼の本意ではなかったということになる。
「鬼」の名を冠した地に封じられた異形の者。業病により人間社会を追われ、人里離れた土地に隔離された者が、ミイラ人間のモチーフであると私は考えている。ドドンゴが聖獣(麒麟)をモチーフにしているのは、ミイラ人間(=業病により隔離された人々)の恨みを鎮め、祀ることが目的だったのではないだろうか。人の世に災いを成す怨霊を「御霊」として崇め、祟りを鎮める御霊信仰のようなものと考えれば分かり易い。劇中における科特隊の発言も人道主義というよりは、「触らぬ神に祟りなし」的なニュアンスで考えるとその意味が理解できる。彼らはミイラ人間やドドンゴのことを想って憐れんでいるのではなく、「終わったことを掘り返すな=無かったことにして忘れ去るのが正しい」と言っているのである。そしてそれは当然、ミイラ人間を迫害した人間の側の理屈である。人の世を追われ、隔離され、歴史に埋もれたまま消え行こうとする彼にとって、「眠らせたままの方がいい」というのは、何より残酷な言葉であったはずだ。それはつまり、彼が生きてきた証そのものを忘れ去り、歴史の闇に消し去ろうとする行為そのものなのだから。だからこそ、ミイラ人間は、自らの意思で目覚めたのだろう。
ちなみに、ミイラ人間を蘇らせた電気ショックは、設定上、彼の念力によって起こされたものとされているが、ミイラ人間が復活した後は、そのような能力の描写は無い(そのため、子供の頃ミイラ人間の復活シーンを見た私は、一体何が起こっているのか全く分からず非常に恐ろしい気分になった)。あれは、本当にミイラ人間の力によるものだったのだろうか? ひょっとして、彼の恨みを聞き届けた何者か――それこそ「神の見えざる手」のようなものだったのかもしれない。
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