6.復讐者への恐怖(ネロンガ、ガボラの場合)

 復讐してくる者たちへの恐怖。それが「ウルトラマン」における怪獣という存在に込められたテーマの一つとするならば、果たしてその復讐とはいかなるものであるのか。一つ一つのエピソードから読み解いていこう。


 第3話「科特隊出撃せよ」は、電気を食う怪獣ネロンガが発電所を次々と襲撃し、それを防がんとする科特隊との攻防が描かれたエピソードである。私はこのエピソードは、古来より続く「祟り」の民話をベースに、電源立地反対運動をネロンガという怪獣(亡霊の如く姿を消す能力を持つ)に託して描いたものと考えている。作中で些か唐突に語られる「ネロンガは江戸時代に名の知れた侍に退治された」という逸話は、この話が日本古来の民話における「祟り」の話をベースに作られていることを暗に物語っている。昔々、名の知れた貴人によって封じられた亡霊や怨霊が、それを顧みぬ後世の者たちに怒り、祟りをなすというアレである。亡霊や怨霊を怪獣に置き換えて描いた、現代(あくまでその当時は)の民話がこのエピソードという訳である。では、その「亡霊」の正体とは何か。

 「ウルトラマン」が放送された60年代後半は、発電所に対する住民の反対運動が劇的に増加・広域化しており、そうした現実における電源立地反対運動の趨勢が、本エピソードの下地になったことは間違いない。実際、ネロンガは水力発電所→火力発電所と、日本における電力供給の趨勢変化(「水主火従」型→「火主水従」型への変遷)に則った順番で破壊行為を行っている。そして、破壊活動を続けるごとにネロンガは強大化し、最初は人間が直撃を受けても身体が痺れる程度だったネロンガの光線は、火力発電所を襲った際には周囲の建造物をまとめて破壊できるまで強大化している。これは、電源立地反対運動が拡大(言い換えるならば政治問題化)したことの暗喩であることは明らかであろう。高度経済成長に向かう戦後日本の発展を阻害する破壊者・ネロンガ。それは劇的に変わりゆく世界に取り残された者たちの復讐であると同時に、未来に対する戒めでもある。ネロンガは、無制限に発展のみを追い求めた場合、その先には壊滅的な破壊が待っているということを知らしめる「未来からの復讐者」でもあるのだ。事実、1960年代後半以降、公害や環境破壊の深刻化が社会問題となり、発電所の建設のみならず、工業化全体に批判や反対の目が向けられていくこととなる。

 一方で、第9話「電光石火作戦」は、当時新時代のエネルギーとして喧伝されていた原子力発電の問題を怪獣・ガボラ(奇しくも、上記のネロンガの着ぐるみを改造した怪獣である)に託して描いたものである。劇中では、原子力発電に使用するウランの貯蔵で恩恵を受けている阿部町の町長が、自らの餌としてウランを狙うガボラに対して「あんな怪獣はさっさと退治しろ」と科特隊を焚きつける描写がある。言うまでも無く、これは皮肉である。ガボラも阿部町町長も、ウランの恩恵を受けている点では変わりない。というよりも、ガボラはそうした「原子力発電により恩恵を受けている人々」のメタファーと考えて間違いないだろう。そう考えると、阿部町町長がガボラの打倒に異様に拘っていた(何と、科特隊と防衛隊の戦線にまで顔を出している)のも頷ける。何故なら、ガボラは彼自身だからだ。誰だって、自分の醜い面を見せつけられるのは何より耐えがたく、嫌なことだからだ。それを象徴するかのように、ガボラは通常時、首から生えた白いヒレで顔を隠しており、感情が高ぶるとヒレが花弁のように開き、その下にある怪物のような顔が露になる、という二面性を持った怪獣として描かれている。白は汚れ無きイメージと共に、自らの汚点や恥部を包み隠すためのものでもある。例えば、アメリカ合衆国官邸であるホワイトハウスが真っ白なのは、米英戦争の際に焼き討ちにあい、黒く煤けてしまった外観を隠すためである。言い換えるならば、自分たちの負の歴史を、純白で糊塗したのだ。阿部町町長はひょっとすると、ガボラの白いヒレの下にある本当の顔を直感的に理解し、それを見られたくないがために、早急な討伐を望んだのかもしれない。

 自分自身が最も隠しておきたい、醜い顔を持つもう一つの自分。誰もが持っていながら、目を背け続けている人格の暗部が、怪獣の姿を取って自身に復讐に現れる。怪物のような顔を純白で糊塗しても、いつかは必ず暴かれる、という逃れようのない現実を突きつけるために。

 物語のラスト、ガボラは自身の顔を包み隠すヒレを捥ぎ取られ、息絶える。これが一体何を意味しているのかは、最早語るまでも無いであろう。ガボラはある意味で、自分の死をもって「復讐」を遂げたのだ。

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