5.復讐者への恐怖(ゲスラ、ケロニアの場合)

 「ウルトラマン」作中における怪獣を通して見えるのは、戦争に関する暗喩だけではない。もっと直截的に表現されているものがある。それが「恐怖」である。

 怪獣というものは多かれ少なかれ、恐怖の象徴として描かれるので、それは当然と言えば当然なのだが、その恐怖の源泉を探っていくと、ある共通項があるように思える。それは、エピソードタイトルにも挙げた通り、「復讐者への恐怖」である。

 象徴的な例がいくつもあるので一つ一つ見ていこう。

 第6話「沿岸警備命令」に登場するゲスラ、第31話「来たのは誰だ」に登場するケロニア。この2体は、日系ブラジル移民のメタファーであると、私は考えている。

 ゲスラについては、劇中においてカカオ船船員のこんな台詞がある。

「ゲスラは南米に住んでいるトカゲの一種で、カカオが大好きなんじゃ。それにカカオの実に集る害虫まで退治してくれる、いいトカゲなんだ。」

「君たちがチョコレートを食べられるのも、ゲスラのおかげなのさ。」

 奇妙な台詞である。カカオ豆が大好物なのであれば(他の害虫を駆逐するという点はともかく)、ゲスラもまたカカオの害獣ということになるはずである。だがこの疑問は、ゲスラ=ブラジル移民と考えると容易に氷解する。

 日本からブラジルへの移民は20世紀初頭に開始されたが、その実態はブラジルにおける奴隷解放令に伴う労働力不足の補填としての意味合いの方が大きかった。多くの日系ブラジル移民たちは奴隷同然の安価な労働力として、主にコーヒー園で働かされることとなった。そしてその後の歴史においても、移民の増加と定着が進んだ後はブラジル政府による同化政策の強要、第二次世界大戦の際は強制収容の憂き目にあうなど、日系ブラジル移民の受難は続くこととなる。好待遇・好賃金を謳った広告に魅せられ、ブラジルへ渡った移民たちは「自分たちは祖国に騙され、捨てられた」という感情を抱いた者も多かったという。

 カカオとコーヒーの違いはあるが、ゲスラがブラジル移民をモチーフにしているのはほぼ間違いないように思える。日本で当たり前のように消費されているカカオ豆(コーヒー豆と直接的な描写をしなかったのは作り手の妙であったと思う)の背後には、そのために犠牲となった移民の苦難の歴史が込められている。そして、それに対する日本人船員の「ゲスラ(=ブラジル移民)はカカオが大好きなんじゃ」という暢気な台詞は、そんな苦難の歴史をまるで知ろうともしない日本人の無理解に対する絶望が読み取れる。

 劇中におけるゲスラは、カカオを好物にしているという説明こそあるものの、実際にはカカオ豆を運ぶ輸送船を叩き潰し、カカオ豆の備蓄倉庫を破壊する一方、カカオを食している描写はない。どちらかと言えば、カカオの輸送に関わっている「日本人」を攻撃しているかのような印象である。

 自分たちが切り捨ててきた者たちが、自分たちに復讐しにやって来る。日本人が抱いていた潜在的な恐怖が、ゲスラには込められているのではないだろうか。


 一方のケロニアはどうか。ケロニアは、南米アマゾンの奥地で異常進化を遂げ、知性を持つようになった吸血植物であると「ウルトラマン」劇中で説明されている。劇中では、人間に化けてスパイやテロ活動を行い、また無数のエアシップを製造して世界規模で攻撃を仕掛けるなど、相当の知性と文明を有した存在であることが描かれる(最も、人間の文化には相当に疎いのか、スパイとしては怪しすぎる挙動のせいで科特隊に目を付けられ、作戦は失敗する)。

 このケロニアが、どうしてブラジル移民と結びつくのか。私の考えは以下のとおりである。

 第二次世界大戦末期から終戦後にかけて、ブラジル国内において日本が戦争に勝利したと考える「勝ち組」と、日本が戦争に敗北したと考える「負け組」の問題が発生した。日本語新聞の発行が禁じられていたことに加え、特にブラジル奥地に住んでいた人々の識字率が低かったことも災いし、ブラジル政府の発表を信じず「日本が勝利した」と考える「勝ち組」の集団が、主にブラジル奥地に住む日系移民を中心として勢力を広げていた。そして、こうした「勝ち組」を相手にした詐欺行為や、「勝ち組」が他の移民を攻撃したり、日本の敗戦事実を広めようとする「負け組」の人々に対してテロ行為や暴力事件を起こすなどといった事態も発生している。

 終戦後、この「勝ち組」と「負け組」の抗争は日本にも伝わり、政府は事態の鎮静化を図るため大使館職員を「勝ち組」の説得のため派遣するなどした訳であるが、恐らく、大多数の日本人にとって、この「勝ち組VS負け組の抗争」は非常に異様なものとして映ったはずである。事実認識云々というよりも、「勝ち組」のような、戦前日本の亡霊のような存在が、遠く海を隔てた密林の奥地に今もなお生きている、という事実は、少なからず戦後の日本人に衝撃を与えたことは容易に想像できる。

 南米の密林奥地に潜み、血を吸って身を肥やす怪物が、日本人の姿を借りてテロ行為を行う――ケロニアに関しては、日系ブラジル移民の「勝ち組・負け組」問題に加え、「戦前日本」という暗いテーマが隠されているように思う。敗戦によって消え去ったはずの「戦前日本」という亡霊の復讐劇。戦前日本の亡霊=ケロニアが、大挙して日本を襲うというのは、朝鮮戦争や逆コースを経て、冷戦という名の世界大戦に再び巻き込まれていく日本という国に対する危機感の表れではないだろうか。物語のラストで登場人物の一人が語る「どんなに科学が発達しようと、血を吸って身を肥やすのは、もはや文明とは言えない」という台詞が、それを如実に物語っている。

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