4.戦争の記憶(アントラーの場合)

 「ウルトラマン」劇中において描かれる、冷戦下における世情のメタファーは他にも存在する。例えば、アントラーがそうである。

 アントラーの登場する「バラージの青い石」は、中東の隔絶された街(バラージ)を舞台に、太古におけるウルトラマンの来訪とその神性を描いたエピソードとして有名であるが、アントラーに注目して見ると、また別の視点が見えてくる。

 アントラーは、劇中の描写だけ見ると、実はよく分からない怪獣である。まずこのエピソードは、中近東の砂漠に隕石が墜落した後、飛行機の消息不明事件が続発している(犯人はアントラー)、ということが語られるところから始まる。これだけ聞くと、アントラーは隕石に乗って最近やって来た宇宙怪獣か何かだと思ってしまうが、その後、実はアントラーは太古の昔から存在していてバラージの街を孤立させた原因であると語られる。太古から存在するのであれば、何故最近になって飛行機事故が続発しているのか? 冒頭の隕石との関係は? 等々、いくつもの疑問が浮かぶが、劇中では特にそれ以上は触れられず終了する。

 また、アントラーの外見も非常に奇妙なものだ。アリジゴクをモチーフにしているのだが、アリジゴクというより巨大なクワガタのような大顎を備えており、胸部背面にはカブトムシのような小角、眼球はカタツムリの触角のように飛び出ている。外見だけ見ると、およそアリジゴクには似ていない。「子供の好きそうな要素を詰め込んだだけだろ」とも考えられるが、ここではあえて深読みをしていきたい。

 アントラーが出現した当時の中東情勢を語るうえで避けて通れないのが、戦後に建国されたユダヤ人国家であるイスラエルと、他の中東諸国との間に勃発した中東戦争である。中東戦争は計4回勃発し、第3次中東戦争が「ウルトラマン」放送終了後の1967年に勃発している。ユダヤ人とイスラム諸国の対立に加え、冷戦下の東西陣営の思惑や産油国の利権などが複雑に絡み合い、当時の中東情勢は混迷を極めていた。その混乱と負の連鎖は21世紀の現在でも尾を引いている訳だが、当時としても中東問題は極めて重要なタームであったはずである。

 ここで少々話が飛躍するが、ユダヤ教の祭祀に使われる燭台に「メノラー」というものがある。メノラーは中央の1本の枝を中心(厳密に言うとこの1本は枝に数えないとのことである)に、線対称に6つ枝を持つ燭台であり、イスラエルの国章としても使用されている。このメノラーであるが、私はこれが、アントラーのデザインの裏モチーフであると考えている。中央の枝が、アントラーの小角。その両隣の2本が、アントラーの触角(眼球)、その両隣の2本がアントラーの内歯で一番外側の2本が外歯。そう考えると、アントラーのあの奇妙なデザインにも納得できる。

 そう、アントラーはイスラエルのメタファーであるというのが、私の考えである。アントラー=イスラエルと考えると、アントラーの出自が劇中で判然としない理由も理解できる。イスラエルが「最近になって現れた」というのも、「昔から存在する」というのも、どちらも正しいからである。ユダヤ人は紀元前の昔、パレスチナの地にイスラエル王国を建国したが、国の分裂と滅亡を経て、流浪の民となった。そして19世紀末からのシオニズム運動を経て、第二次世界大戦後にイスラエルを建国するが、イギリスの3枚舌外交も災いして中東諸国と衝突、戦争が勃発した。アントラーという存在には、そんなユダヤ人の苦難の歴史と、現在進行形で起こっている悲劇に対する痛烈な批判が込められているように、私には思える。

 アントラーはウルトラマンと戦い、スペシウム光線を破るものの、最後はバラージの守り神である「ノアの神」の像が持つ石の力で倒される。この点に関しても論じたいところであるが、私の勉強不足に加えて論考自体が非常に長く、センシティブなものになりそうなので割愛させていただく。悪しからず。

 物語のラスト、バラージの女王チャータムは悲しげにこう語る。

「バラージへと続く道は、遠い昔に閉ざされました。旅人がこの街を見ても、もう蜃気楼としか思わないでしょう。」

 現実の世界ではどうなったか。4度にわたる中東戦争の後、中東諸国と一応の折り合いをつけたイスラエルであったが、今度は戦争により生まれたパレスチナ難民の処遇が問題になるようになった。イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)の間で幾度かの和平交渉が持たれたが、そのたびに決裂。現在、イスラエルの入植政策や占領政策により、パレスチナ自治区は縮小の一途を辿っている。パレスチナ自治政府はこのイスラエルの攻勢に対して何ら有効な対策を打てず、結果としてハマースのようなテロ組織の行為のみがクローズアップされてしまう状況である。そして国際社会は、事実上、パレスチナ問題には積極的に関与しようとせず、傍観を決め込んでいる。

 「蜃気楼の街」となってしまったバラージは、今も存在する。「ウルトラマン」劇中と違うのは、我々にはそれが見えているにも拘らず、目を逸らし続けていることである。

 

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