3.戦争の記憶(バルタン星人の場合)

 「ウルトラマン」放送当時は冷戦の真っただ中であり、また第二次世界大戦の記憶も根強く残っていたためか、レッドキングの他にも戦争に関する事物の暗喩と思われるキャラクターが複数存在する。その筆頭が、バルタン星人である。

 バルタン星人に関しては、移民問題をモチーフにしているという話から、劇中での発言(生命の概念を理解していない)やその描写に基づき、地球生命とは全く別の概念の生命体である、といったSF的な解釈まで、今まで様々な観点から論じられてきた。ある意味で手垢のついた題材ともいえるが、ここは基本に立ち返って、このキャラクターについて論じていきたい。

 バルタン星人の名前は、ヨーロッパの火薬庫と言われたバルカン半島に由来するものだという。地理的・歴史的に様々な不安要因を抱えたバルカン半島は、文字通りの「火薬庫」であり、実際に第一次世界大戦はこの地で起こったオーストリア皇太子の暗殺事件を火蓋にして勃発している。

 そのバルカンの名を冠した、バルタン星人という存在。この存在の意味を読み解くには、やはり劇中におけるその在り方を振り返ってみる必要がある。

 バルタン星人の劇中での行動や言動を見ていくと、奇妙な矛盾点が複数存在することが分かる。以下に、それを列挙する。


1.「母星を核実験で失った」と語っているが、核ミサイルの直撃にはびくともしない。

2.「生命、分からない」と語っているが、彼らは血を流す(ハヤタが投げたナイフが壁に突き刺さるシーンで、流血しているのが分かる)し、殺された仲間の復讐という概念もあれば狂気も存在する(バルタンの母星は「発狂した科学者の核実験で消滅した」と彼等自身が語っている)。

3.一体が複数に分裂し、また複数の群体が一体の個体に収束するなど、全と個の区別がないような描写がある一方、バルタンの間では指揮系統のような序列が存在する(バルタンが再登場する「科特隊宇宙へ」における宇宙ロケット内のシーン)。


 これらを俯瞰して見ると、バルタン星人という存在は、単純な移民問題云々や、クローニング技術による生命超越といったSF的解釈云々というよりも、その語源となっている「バルカン半島」が持つ意味に帰結するように思える。すなわち、戦争という概念そのもの、もっと踏み込んで言えば「世界大戦」という概念そのものが、バルタン星人という存在に隠されたテーマである。

 戦争は、被害者の立場から現れる。オーストリア皇太子を暗殺したセルビア人青年は民族統一主義に傾倒しおり、「侵略者」であるオーストリア・ハンガリー帝国を撃つことで、自らの理想を遂げられると信じていた。だが彼の行動は、結果としてバルカン半島における諸外国のバランスを壊乱し、世界大戦の引き金を引いた。バルタン星人も最初は「故郷を失った放浪の民」という被害者としての立場で現れ、安住の地を求める希望が高じすぎた結果、最後は地球人との武力衝突という最悪の結末を迎えた。こう考えると、バルタン星人の登場するエピソードのタイトルが「侵略者を撃て」というのは、大変な皮肉であると言えよう。

 バルタン星人=世界大戦の暗喩と考えると、上記の矛盾点の理由もおのずと見えてくる。核は人々の安住の地を奪うだけで、戦争を終わらせる力はない。戦争において、人一人の命など全く無価値に等しい。血が流れ、復讐が復讐を呼び、狂気が蔓延する中で、命の価値はどんどん虚無に等しくなる。戦争は集団が起こすものであり、それに参加する一人一人が起こしているものでもある。指揮命令系統も存在しているが、誰が主体で、誰が客体なのか。群体(軍隊)の中で個人の立ち位置はどこか。戦後処理や戦争裁判の中で常に出てくる難題である。製作者の戦争に対する問題意識が表出した結果が、上記の矛盾点だったとすれば、合点がいく。

 全くの余談となるが――ウルトラマン80に登場したバルタン星人6代目が、個人間の諍いを世界大戦にまで発展させようと試みたのは、バルタン星人の由来を考えると至極真っ当な作戦であったのだと、これを書いているうちに気付いた。惜しむらくは、製作側が明らかにバルタンの策略を真面目に描いていないのが……。

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