第5話 暗転!サーチライト事件
開演後、遅れてきたお客様をお席まで案内するのも、制作スタッフの大切な仕事の1つです。
舞台の流れをみて、照明が明るめのシーンでお客様をご案内します。逆に暗めのシーンや暗転中は、受付からの光が入ることにより観客が舞台の世界から現実世界に引き戻されてしまうため、ご案内はしないようにしています。
この時やっていた演目は「ここの登場人物は夜にならないと本音話せないんかい」と突っ込みたくなるほど、やたら夜のシーンが多いお話しでした。
なので遅れて来たお客様をご案内できるタイミングがかなり少ない。
しかもこの時使っていた劇場は少々クセがあって、使用中の電源タップが通路の途中にポコと出ている所があるのです。養生(業務用マスキング)テープを貼って引っ掛かりにくくフォローしているものの、邪魔は邪魔。その足元が見えにくいなかを安全にご案内するのは神経を使います。
こういう公演に限ってなぜか遅れてくるお客様が多発する、と言うのも常でした。
まずお客様には、
・暗いのでペンライトでお客様の足元は照らすよ
・途中にポコと出ている障害物があるよ
・だから私のあとに続いて気を付けて進もうね
・お声は出さないようにね
とお願いをします。
明るいシーンが来たので、1人お通しして受付に戻るともう1人今来たお客様がお待ちでした。
明るいシーンはあと間もなくで終わってしまいます。
受付を済ませ、事前のお願いをした上で急ぎご案内を始めたのですが、私はこの時かなり焦っていました。
細い通路を私は後ろ向きに進みながら、お客様の足元をペンライトで照らしゆっくりお席まで進みます。ヤベ、もうこのセリフか。あと5秒くらいで暗転になっちゃう…なんて考えていた時、
自分が電源タップに足を取られて華麗に後転。
そこでタイミング悪く暗転。
持っていたペンライトの光が暗転の闇をサーチライトのこどく切り裂き、コケた拍子にお手洗いの入り口を隠していた暗幕もバッサバサ揺らしてしまう始末でした。
でも私はプロだ。
スッ転んだが一声も発さず、なにも無かったようにスンと起き上がり、
「お客様、これが先程ご案内した障害物でございます。足を取られるとわたくしのように転倒してしまいますのでお気をつけください。」
と涼しい顔で言ってのけた。
だがそれもマズかった。
ご案内していたお客様が、思い切り吹き出したのだ。ククク…と笑いを止められないお客様。その後はもうグダグダで「お客様ッお静かにッ(笑)」と自分も貰い笑いしながら席まで案内。
案内し終えて受付に戻ろうとした時、
「今日は観に来られて良かったです。既にだいぶ面白かったし」
的なお褒めの言葉を頂くも、忍のごとき速さで撤退。
芝居の面白さ、どうか私を越えてくれと願いながら。
主宰に怒られるんじゃねーか。
公演中にうるさかったスタッフがいるとアンケートに苦情が書かれるんじゃねーかとビクビクしながら過ごしましたが、主宰にもこの失敗は気付かれずアンケートにも苦情はあがってきませんでした。
のちに『暗転サーチライト事件』として語るこの話は、舞台の本番中に制作スタッフ陣と話す小話の中では特に人気を博す鉄板のネタとなったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます