第4話 角材を持って追え

旗揚げ公演での不審者案件があったので、受付スタッフに男性を1人置くか、男性スタッフが捕まらなかった場合は武器っぽいものを用意することになった。

物騒な話だが、相手が凶器を持ってらっしゃった場合はマジでヤバいので、奥の手としてね。

劇団主宰から、

「都心はやっぱり治安が悪い。身の危険を感じたらすぐに動けよ?」

と手頃な角材を1本頂きました。


公演3日前には小屋(劇場)入りし、セットの立込みや照明・音響機材の設置と各種リハーサルをはじめます。

私はこの期間が最も好きでした。

技術さんとの仲も深めつつ、本番中はなかなか世間話などできない役者さんとも話せる唯一の期間だったからです。


照明リハが始まった昼下がり。

私は受付に構え、チケット整理をしながら弁当を食べていました。その時、


「ども!お疲れ~」


手をあげ軽く挨拶をしたかと思うと、その男性はサッサと劇場内に入っていってしまいました。


火の鳥…?


一言で言うならパッと見が、“火の鳥”のような非現実世界的風貌の男性が、初対面の私に名乗りもせず軽快な足取りで関係者室へ入っていってしまったのです。


え?今の誰だ?

これまで紹介されたりお会いした中にあんな人いたっけか…。

あれ、もしかして。

マズい…。

マズいアレ、不審者か?

やられちゃう。

昨日仲良くなったばかりの女優さんだっているのに、皆がやられちゃう!!


弁当の箸を放り捨て私は角材を握り込みました。

オオオと独りごちながら、走って火の鳥のあとを追いかけます。

ヒョコヒョコと通路を進むターゲットが見えたその時、控え室からヒョイと出てきた主宰と火の鳥が鉢合わせ。すると火の鳥は主宰に向かってニュッと手を伸ばし彼を引き寄せるではありませんか。


主宰ッッ!!あぶなーーい!!


「あっ!先生!お越しだったんですね!言ってくださればお迎えに…」


ギュッと主宰をハグする火の鳥。

笑顔で抱き返す主宰。

その後ろから口元に米粒をつけ髪を振り乱しながら角材を振りかざす私。


笑顔だった主宰の顔が、私をみるや一気に般若顔になっていったので急ブレーキがかかり、私は角材をそっと降ろしました。


火の鳥の正体は、主宰が師事する脚本家先生でした。

私も名前を存じ上げている有名な方だったのですが顔写真などを見たことがなく、プライベート用のラフな装い。それはそれは不審者で、私のセキュリティレベルが高まるのも無理はなかったと今でも思います。


「いやー、オレならもう顔パスかと思ってたんだけどゴメンねぇ。なんも名乗らずに劇場入っちゃって(笑)」


いえいえこちらこそ大変ご無礼を致しました本当に申し訳ありませんでしたと平謝りしつつ、腹の中では「ホントだよ名を名乗れ」と燻ってしまう私でした。


有名な先生に角材突き付けるようなマネまで至らず、本当に良かったけど。

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