第2話 夢見た世界のしっぽと出会う

面白い。面白すぎる。何なんだこれは。

ただ“面白い”と言うだけでは足りない。

その舞台は本当に本当にド級に素晴らしかった。


腹を抱えて笑い、謎に眉をひそめさせられ、クライマックスから結末にかけて涙する。

「こんなに粋で痛快な世界がこの世にあったんだ」

物凄い衝撃だった。


朝4時。テレビの向こうではカーテンコール。

役者さんが1列に並んで名乗りをあげ終わると幕が降りていく。その間ずっと泣きながら拍手し続けた。

これは録画で、この拍手は画面の向こうの誰にも届かないと分かっているのに、拍手を止めることが出来なかった。


ちなみに追試の結果は堂々の満点。

満点だったのに担任と数学教師に呼び出され、

「なんで追試で満点取れるだけの頭があるのに定期テストの前に勉強しなかったんだ!」

と納得できないお叱りを受けることになったのは今でも腑に落ちない。


「お芝居を作る人になろう」

決意が生まれていた。

こんな気持ちは生まれて初めてだった。


“出来るかな”とか“なれるかな”ではなく『なる』。

そのために今何をしたら良いかを考えると言った構図が自然と浮かび上がっていて『決意が生まれる』とはこう言うことなんだなと冷静に感動する自分がいた。


そして、

・親に率直に将来の夢を伝える

・「お芝居を作る人になりたい!」

・ダメよ!そんな賭博みたいな仕事!と猛反対

・サラリーを貰えない仕事=賭博らしい

・舞台美術の専門学校に入りたいとお願いするが

・「その場合一切学費は出さない」と言われる

・バイト禁止の高校だったため資金なし

・そこで普通の女子短大へ進学

・短大在学中に小劇場の制作アルバイトを始める

・もちろん両親には内緒


このような手順で制作スタッフの経験を積むことに成功した。

入ってみて分かったのだが、制作スタッフは慢性的に人手不足。だから一公演スタッフに入ると、そこで知り合ったスタッフさんからまた別の公演スタッフを依頼される。といった感じで、仕事は次々に舞い込んできてビックリするほど人脈が広がったのだ。これを私は『人脈スパーク時代』と名付けた。スパークし続けた2年間は、本当に充実した時間だったように思う。

そして短大卒業。

「サラリーが貰える仕事に就くのよね?」

という親からのプレッシャーを、実家暮らしだった私にはハネ除けることが出来ず、短大で専攻していた内容が活かせる業種へ就職。

この会社で数年働いて貯金し、自立してから小劇場関係の仕事に転職しようと目論んでいました。


社会人になってからも土日は制作スタッフとしてボランティア(副業禁止だったため)をし続けていた時、小さな奇跡が起こった。


「劇団を旗揚げする予定なんだけど、うちの制作スタッフになってくれない?」

と声をかけてきたのは、あの追試の前夜に観た公演に出演していた役者さんの一人だったのだ。

あの劇団は既に辞めていて独立するという話。


あの夜、涙を流して拍手を送り続けた一人が目の前にいて、一緒にお芝居を作ろうと言ってくれている。

夢見た世界のしっぽを掴まんばかりに私は、ほぼ二つ返事で引き受け、制作スタッフになったのだった。

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