お客様、開演までお待ちください。
森江 環
第1話 きっかけは追試だった
「見せたげよっか?手術後のオレの身体。もう完全にキレイなんだから…」
公演が始まって20分。そろそろ受付をたたんで、スタッフも劇場内で次の仕事をしようとしていた矢先にそのお客様は現れたのだ。
小劇場の受付は主に少人数の女性のみで切り盛りしている場合が多く、しかもその殆んどが若い子ばかり。それを知ってか、たまに妙な気配の方々が雪崩れ込んでくる。
今にもトレンチコートの前をはだけさせようとしているお客様(?)。隣で震え上がるボランティア女子高生ちゃんの振動を感じながら私は考えまくった。目の前がチカチカするくらいに。
こんな「一難去ってまた五難」的な小劇場の制作スタッフになぜなったのか。
それは高校2年の追試がきっかけだった。
高校2年の冬、私はまもなく受験生という立場としては超絶マズイ点数を数学で叩き出してしまった。
それは7点。
7点だ。1桁ってなんだよ。逆に何が○だったのか見返してまた「7点…」と独りごちる。
数学以外もダメではあったが、赤点スレスレでなんとか踏みとどまっていた。なのにここに来てとうとう数学の「追試の刑」がくだされてしまったのだ。
母親に知られたら、もう家に入れてもらえないかも知れない。戦慄と共に私は走り、そのまま学内の事務局で追試手続きを行う。手数料はなけなしの小遣いから支払った。マジで涙が溢れた。
うちのクラスの委員長(学内一の秀才)にしなだれかかって作ってもらった必勝テキストを手に、その晩は生まれて初めてと言っていいくらいの本気度で勉強。今まで全く勉強に集中できたことがなかったのに、この時ばかりはゾーンに入った。
ちなみに私は女子校に通っていました。委員長もモチロン女子。私にしなだれかかられてさぞ重かっただろう。
眠気も来ない。家族も全員寝静まった夜だったこともあり、周りの音すら全く聞こえないほどだった。
し尽くした。もうこれ以上は多分何も入らないと思うくらい勉強し尽くした。
5回解いて、後半3回は全問正解にたどり着いた時、丁度深夜2時になっていた。
窓の向こうにある漆黒の闇。見つめていたら急に怖くなってきた。今寝たら頭の中がまた真っさらになるんじゃないかと思ったからだ。
「朝になるまでテレビでも見るべ」
そっと居間に降りテレビをつけると、深夜枠の番組が放送されていた。「今注目の小劇場舞台をテレビ放送する」という番組で、この日はたまたま関西で人気急上昇中だというとある劇団の公演が流されていた。
その劇団名をみて、演劇部の先輩が面白いと推していた劇団だと思いだした。そこでポテチ片手に観劇し始めることにしたのだが、これがこの後の人生を大きくビブラートさせるきっかけになるとは夢にも思わなかったのである。
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