慣れない称賛


 午前七時半。朝食の片づけを済ませたセイディは、リオと共に寄宿舎内を歩いていた。とはいっても、ただ茫然と歩いているわけではない。騎士たちの私室の前に置いてある洗濯物を回収しているのだ。リオ曰く、朝は朝食の片づけを終えた後、洗濯物の回収を行うらしい。この時間だと通常騎士たちは訓練の準備やパトロールの準備を行う時間……らしいの、だが。本日の午前中の予定は例外であり、昨日ミリウスが狩ってきたドラゴンの解体作業……になってしまった。


「セイディって、案外力持ちだったのね」

「……そうですか? 案外普通だと思いますけれど」


 洗濯物を回収しながら、セイディはリオとそんな会話を交わす。この後は洗濯ものを片付け、ゴミ出しを行い、さらには掃除に移る。時折時間を見て休憩すればいいと言われているが、セイディはさっさと片付けてしまいたかった。元より、体力には自信がある。セイディは心身ともに逞しいのだ。


「いえいえ、令嬢はもっと華奢なのよ。……まぁ、セイディも見た目だけは華奢だけれど」

「そうですかね? 妹の方が、もっと華奢でしたよ」

「……あぁ」


 リオはセイディの言葉にいろいろと察してしまい、黙り込む。そんなリオを一瞥し、セイディは別の騎士たちの洗濯物が入った籠を抱える。やはり、この寄宿舎に住んでいるのは騎士ということもあり、制服などの汚れは泥や砂の場合が多い。これは洗濯のし甲斐があるな。そう思いながら、セイディは最後の一部屋の洗濯物を籠ごと回収する。洗濯後、この籠に戻し部屋の前に置いておくため籠ごと回収するのだ。


「じゃあ、洗濯場に行きましょうか。魔道具があるから、洗濯自体はそこまで重労働ではないわ」

「……そんな高価なものが、あるのですね」

「まぁね。魔法騎士団の寄宿舎のお古だけれど」


 肩をすくめて苦笑を浮かべリオがそう言うので、セイディは「動くだけまだいいですよね」とだけ返し、洗濯物の入った籠を積み上げ、一階に戻ろうとする。そんなセイディのサバサバ具合に苦笑をさらに深めながら、リオも続く。


「あぁ、そう言えば。今日の朝食、すっごく美味しかったわよ。料理、上手なのね」

「……そう言ってくださると、作り甲斐がありますね」

「ふふっ、あんなにも美味しい朝食、初めてよ」

「……褒めすぎ、ですよ」


 なんだか、素っ気ないな。そんなことを思いながらリオがセイディの顔を見つめれば、セイディはさっと顔をそむけてしまう。その頬はどこか赤く染まっているようで。……もしかしたらだが、照れているのではないだろうか。その可能性に気が付いたリオが、「照れているの?」と問いかければ、セイディは素っ気なく「そんなわけ、ありません」と返す。


(……褒められるの、慣れていないのよ……)


 そして、セイディの内心はそんな感じだった。セイディにとって家事雑用は今まで「やって当然」のことだった。そのため、お礼を言われるとは思わなかったのだ。ましてや、今ここで自分の身分は雇われの身であるメイドだ。メイドごときにお礼を言うなんて、思いもしなかった。


「セイディ、可愛いわね」

「……そう言うお世辞、止めて、ください」


 頬を真っ赤にしながら、セイディは階段を籠を持ったまま降りていく。リオの方は、見れなかった。今、自分がどんな表情をしているかが分からないから。……やはり、慣れないことをされるのは辛い。セイディがそんな風に考えていると……目の前から、若手の騎士が数人セイディとリオの方に駆けてくる。その中には、昨日軽く会話を交わしたクリストファーもいた。


「セイディさん!」


 その若い少年騎士たちは、セイディのことを見て「今日の朝食、すごく美味しかったです!」と素直な感想を伝えてくる。その若々しいオーラにやられたのか、はたまた眩しいばかりの笑みにやられたのかは分からないが、セイディは「……ありがとう、ございます」とたどたどしくお礼を言う。もしかしたらだが、この寄宿舎に住まう騎士たちはお礼を言うことが常なのだろうか。そんなことを考えながら、セイディは若い少年騎士たちの言葉に生返事をしていた。生返事になってしまった理由など簡単である。……すべてを真面目に聞いていたら、照れてしまい頭がおかしくなってしまいそうだったからだ。


「っていうか、貴方たち仕事は?」

「僕たちは、後半組なんです。主な解体はベテラン騎士たちの仕事なので……」

「あぁ、そう言えばそうだっけ」


 クリストファーの言葉に、リオは納得し「じゃあ、手伝いなさい」と言って自身が持つ籠をクリストファーに押し付ける。それに一瞬クリストファーは顔をしかめるものの、すぐに「はい」といい返事をする。どうやら、彼は結構しっかりとした人間のようだ。


「セイディも、押し付けたらいいわよ」

「……いや、私は雇われの身なんですけれど……」

「いいからいいから。使えるものは使っちゃいなさい」


 リオはそう言うと、セイディの持っていた籠を取り上げ、そのまま若手の少年騎士たちに押し付けていく。その騎士たちは「え~」というものの、リオの「お礼だと思いなさい」という言葉に納得したのか、すぐに文句を取り消してくれた。


「じゃあ、洗濯場に行きましょう。ほら、セイディ。こっちよ」

「……はい」


 本当に、これで良いのだろうか。そう思うセイディを他所に、リオはルンルン気分とばかりに鼻歌を歌いながら、セイディの手首を掴んで引っ張っていった。

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