メイドとしての初仕事


 ☆★☆


 翌日の午前五時に、セイディは目が覚めた。昨日はかなり疲れていたためだろうか。慣れない寝台でもぐっすりと眠ることが出来た。そう思いながら、セイディは大きく伸びをして寝台から起き上がり、そのまま着替えに移る。シンプルなイエローのワンピースに着替え、髪の毛をしっかりと櫛で整える。身だしなみに気をつけないと、アシェルに怒られてしまうからだ。……まぁ、アシェルも本気ではないのだろうが念には念を。


「さて、まずは朝食作りからか」


 セイディの仕事は、家事雑用である。主に朝食作りと洗濯と掃除。他ゴミ出しなどの事細かな雑用。それを脳内でまとめながら、セイディは厨房に向かう。厨房と食堂はカウンター越しに会話は出来るものの、入口は違う。


「あら、おはよう。セイディ」

「……リオ様、おはようございます」

「別に様付けなんてしなくてもいいのに~。あ、私しばらく手伝うからね」


 そう言って、リオは朗らかに笑う。セイディは一瞬その申し出を断ろうかと思ったものの、すぐに受け入れる方向に思考回路を変えた。元より、本日は初日。どこに何があるかもわからないのだ。無駄な時間を短縮するためにも、リオの申し出を受け入れた方が良いのはすぐに分かった。


「とりあえず、朝食の時間は六時半からだから、さっさと作っちゃいましょう。何がどこにあるか説明するわね」

「はい、ありがとうございます」


 その後、リオは何処に何があるかを事細かに教えてくれた。三つある冷蔵庫の内、どれに何が入っているか。お皿や器がどこにしまい込んであるか。セイディはそれを持ってきたメモ帳にまとめていく。今日は初日。教えてもらったすべての物事をメモするつもりだった。


「これから、まずは三日間私が一緒に作るから。分からなかったら、遠慮なく訊いて頂戴」

「はい」


 こういう好意は素直に受け取っておいた方が良い。それを分かっていたからこそ、セイディは素直に頷きリオと共に朝食作りを始める。パンなどは毎朝四時に王都のお得意のパン屋が搬入してくれるらしい。それを受け取るのは別の担当者がいるため、セイディの仕事ではないそう。リオがそのパンをオーブンで軽く温め、サラダを作ってくれている間、セイディは卵とベーコンを冷蔵庫から取り出す。それから、ベーコンを少し分厚く切り分けていく。


「セイディ、手つきが慣れているわね」

「そうですか?」


 そんなセイディを見て、リオが声をかけてくれる。確かに、セイディの包丁使いはかなり手慣れたものだ。まぁ、セイディからすれば普通のことなのだが。


「実家での家事雑用は私の仕事でしたし……。家、貧乏だったんです」

「まぁ、そうなのね。私の家も貧乏だけれど……料理はメイドがしてくれたわね」


 リオと会話をしながら、ベーコンを切り終えたセイディはそれを火にかけたフライパンの上に並べていく。じゅわーといういい音を聞きながら、次にセイディは大量の卵をボウルに溶いていく。いつもの朝食はどんなものなのかは知らないが、本日のメニューは温めたパンと焼いたベーコン。それからスクランブルエッグとサラダ。あとは昨日料理人が作っておいてくれたコーンスープを温めたものだ。シンプルだが、これから訓練がある騎士たちのために量は多めに作る予定だった。


「リオ様も、貴族……なんですよね?」

「そうよ。けど、呼び方は呼び捨て……は、難しいだろうからさん付けで良いわ。私、貴女の世話役だし、一番一緒に居るだろうから」

「……はい」


 リオの申し出に、セイディは素直に頷く。そんな会話をしていると、ベーコンが焼けたので裏返してもう一度焼く。しっかりと火を通し、大量のベーコンを焼き終えたら新しいフライパンに油を入れて卵を流し込む。基本的にセイディは焼く順番は気にしない。美味しく焼ければそれでいいのだ。


 フライパンに流し込んだ卵を焦げないように細心の注意を払いながらかき混ぜていく。そうすれば、ふんわりとした焦げていないスクランブルエッグが出来上がる。スクランブルエッグと焼いたベーコンを、お皿に盛りつければシンプルながらに美味しい朝食の出来上がりだ。あとは、リオがサラダと温めたパンとコーンスープを用意してくれる。


「……やっぱり、慣れている子の作った朝食の方がずっと美味しそうだわ」

「そうですか? シンプルなものですけれど……」


 ……いったい、今までどんなものを朝食で食べていたのだろうか。セイディはそう思ったものの、時計を見れば六時二十分。もうすぐ、騎士たちがやってくるだろう。


「じゃあ、配膳しましょうか。朝食に限って、レストラン形式じゃないから」

「分かりました」


 セイディはそれだけを返すと、ワゴンに料理を盛りつけたお皿を載せていく。綺麗なプレートに載った朝食はとても美味しそうであり、リオは思わず息をのんだ。……ここに来てから、一番まともな朝食ではないだろうか。


(男たちが作ると、焦げまくりだし、適当すぎて美味しくないのよね……。あと、見た目がすこぶる悪かったわ)


 心の中でリオはそうつぶやきながら、食欲のそそる料理が並べられたお皿を見つめていた。そんなリオを怪訝に思ったのか、セイディが声をかけてくれたので……リオは「何でもないわ」とだけ返事をして、ワゴンにお皿を載せる作業を再開するのだった。

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