最強の団長


「えっと……アシェル様?」

「いや、頭が痛くなっただけ。……とりあえず、ドラゴンを狩ってきたって言うことは、死体を持って帰ってきたって言うことだよね。……明日は全員で解体作業だな」


 そんな風にぼやくアシェルに、セイディは何と声をかければいいかが分からなくなった。その後、セイディは部屋に戻ることも出来ずその場で固まってしまう。そんなセイディを見かねてか、リオが近くに寄ってきて「細かいことを気にしたらここではやっていけないわよ」と耳元で教えてくれた。


「まぁ、ドラゴンの死体に関しては明日に回すとして。団長本人は?」

「だ、団長なら……」


 先ほど食堂に駆け込んできた騎士は、入口の方をじっと見つめる。そうすれば、すぐに入り口の扉が開き、セイディでさえ知っている顔が、現れた。さらさらとした金色の美しい髪。吊り上がった冷血に見える緑色の瞳。背丈はアシェルと同じぐらいではあるが、どこか細身。その顔は王国で一時期出回っていた肖像画そのもので。


「団長! またドラゴン狩って来たとか、勘弁して……」

「……うん?」


 その美しい緑色の瞳をアシェルに向け、団長と呼ばれた青年はにっこりと笑い「明日の食料には苦労しないな」なんてあっけらかんというので、アシェルは怒る気がそがれてしまっていた。


(……王弟殿下、ミリウス・リア殿下)


 対するセイディは、団長と呼ばれた青年――ミリウスの顔をじっと見つめながらそんなことを心の中でぼやいた。


 現国王の十歳年下の弟であるミリウスは、一時期王太子だった。しかし、アシェル曰く今は王位継承権を放棄しているらしい。ミリウスは五年ほど前から王族の行事にめっきり顔を出さなくなったはずである。騎士団長を務めているということは、きっと騎士としての仕事を優先し始めた頃合いなのだろう。


「食料って言うか、午前中騎士全員で解体作業をしなくちゃいけなくなるからさ、訓練が出来ないんだけれど?」

「……ドラゴンの生態を知っておけば、万が一ドラゴンを狩ることになったら便利だろう?」

「そう言うもっともな理由をつけないで。反論しにくくなる」


 アシェルはそう言いながら、額を押さえてしまう。そんなアシェルを一瞥したミリウスは、すぐにアシェルの側にいるセイディに視線を移した。その瞬間、ミリウスの瞳が細められる。その細め方は、にっこりではない。どこかうすら寒い雰囲気だ。そんな瞳に睨まれても……セイディは、逞しかった。


「初めまして、王弟殿下。私はメイド希望のセイディと申します」


 セイディはミリウスに対して、令嬢が浮かべるとは到底思えないほど好戦的な笑みを浮かべ、そう自己紹介をした。好戦的な表情を浮かべた理由など、簡単だった。このミリウスという男の得体が知れないから。オーラにしろ、雰囲気にしろ、ドラゴンを一人で狩ってきたという真実にしろ。セイディからすれば、ミリウスは現状「得体のしれない男」なのだ。


「新しいメイド希望者が来ることは知っていたけれど、キミみたいな子だったんだね。男所帯の中に女がいるから、びっくりしたわ」


 対してミリウスはそんなことを言うとセイディにゆっくりと近づいてくる。その服は何処か血に濡れており、ドラゴンの返り血でも浴びたのだろうか。そう思いながら、セイディはミリウスから視線を決して逸らさなかった。ただ、じっと見つめ続ける。二人の視線が交わり、食堂には得体のしれない空気が充満する。


「……セイディ、か。俺はミリウス。ミリウス・リア。この国の国王の弟で騎士団長」


 男性にしては、少し高めの声だろうか。そうセイディは考えながら、ミリウスを見つめ続ける。もちろん、好戦的な笑みは浮かべたまま。その笑みを見ていたミリウスは……ふと、一の字に結んでいた口元を軽く緩めた。


「俺のこと、怖くないわけ?」


 そして、そんな問いかけをしてくる。大方、ドラゴンを狩って来たとかそう言うことについて問いかけているのだろう。普通の女性ならば、もしかしたら返り血のついた男がやってきたら……卒倒するのかもしれない。まぁ、セイディはそんな虚弱なメンタルではないのだが。


「……怖くありません」


 だからこそ、セイディはそう答えた。それは、真実だ。得体のしれない男ではあるものの、その瞳に濁りはない。だったら、自身の腹違いの妹であるレイラの方がずっと得体が知れないし、怖い。そう、セイディは思っていた。


「そう。じゃあ、まぁいいや。これからよろしく、セイディ」

「……よろしくお願いいたします」


 ミリウスは、セイディの言葉に特別な反応を示すこともなく、それだけを言って踵を返した。その後、周りの騎士たちに大きな声で「解散解散!」と声をかけていく。その声に反応してか、ポツリポツリと騎士たちが私室に戻っていく。


「では、私も失礼いたします」

「あ、あぁ、セイディ」

「おやすみなさい~」


 アシェルとリオにそう声をかけて、一度だけ軽く頭を下げセイディも与えられた私室に戻っていく。食堂から私室までは少し遠いものの、それでも廊下がまっすぐなので道に迷うことはないだろう。


(王弟殿下って、結構普通の人だったのね)


 さらに、セイディはそんなことを考えていた。……セイディのメンタルは、どうやら些細なことでも大きなことでも大した影響は受けないらしい。それは、セイディ自身も驚きだった。

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