幻想的な花束をお近づきのしるしに
「驚いたなぁ。貴族の間では割と有名な話なのに。セイディも、元貴族でしょう?」
「……ちょっと、ワケアリ貴族でして」
フレディの言葉にそう返して、セイディは誤魔化すように紅茶を飲んだ。セイディは貴族の常識を知らない。なんといっても、虐げられてきた(?)ため社交界に顔を出したことさえないのだ。両親は「長女は人嫌いなのです」と説明していたようだが、実際は聖女の仕事と実家で家事に明け暮れていただけである。
「そう。まぁ、子爵家の令嬢ぐらいだったらそう言うのもあるかもね。僕も子爵家の令息だし」
「そうなんですか」
「あれ? 僕のことには興味が微塵もない感じ?」
クスクスと声を上げながら、フレディはセイディの様子を窺う。フレディが今まで関わってきた女性たちは、「訊きたいことはある?」と問いかければ、大体フレディの趣味や好みなどを訊いてきた。しかし、セイディは何故か「騎士団と魔法騎士団について教えてほしい」というだけ。さらには、この態度。……フレディのことには、微塵も興味がないように思える。
「いえ、興味はありますよ。……宮廷魔法使いって、何をするのかな~って」
「……ずっこけそうなこと、言わないでよ」
それは、フレディに興味があるというよりも、宮廷魔法使いに興味があるんじゃないか。そう思いながら、フレディは「……キミみたいな子は珍しいね」なんて言いながらクッキーをつまんだ。それを見て、セイディももう一枚クッキーをつまめば、残りのクッキーは一枚になる。
「珍しいですか?」
「うん、大体みんな僕の美貌にやられちゃう」
「自画自賛ですか? 自慢ですか?」
「……本当に、キミは僕に対して毒があるね」
セイディの言葉に、フレディはそう返した後「じゃあ、僕はそろそろお暇するよ」とだけ言って立ち上がる。それを見たセイディは、ふと一つだけ問いかけたいことがあることを思い出した。だから、クッキーを咀嚼し飲み込むと「……あと、最後に一つだけ」と言ってフレディを呼び止める。
「何? 連絡先とか?」
「いえ、騎士団の寄宿舎の夕食の時間を教えていただきたくて」
「……本当に、ずっこけそうだよ」
苦笑を浮かべながらも、フレディは「夜の六時半」と端的に教えてくれた。そのため、セイディは素直に笑みを浮かべて「ありがとうございます」とお礼を言う。そのお礼を聞き笑みを見たフレディは、にっこりと笑うと窓を開けてそこから出て行こうとする。
「……いや、窓から立ち去るんですか?」
「こっちの方が、ミステリアスな男って感じがしない?」
「いえ、不審者ですね」
「……本当につれないね。でも、キミのそう言うところ僕は好きだよ」
そんな言葉を言い、フレディは去り際に指をぱちんと一回だけ鳴らす。すると、その瞬間セイディの手元に小ぶりの花束が落ちてきた。全体的に青いその花束は、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「お近づきのしるしにってね」
「……いえ、クッキーとお茶をいただきました」
「まぁまぁ、男の好意は素直に受け取っておきなって」
フレディはそれだけを言い残すと、窓枠に手を付いてそのまま出て行ってしまう。その後、走っていた。それを見たセイディは、ふと「……魔法で、出て行かないんだ」なんてぼやいてしまった。しかも、走るとはなんと物理的な方法だろうか。あと、あの魔法使いのローブ、滅茶苦茶走りにくそうだな。そんなことも、思ってしまう。
「……まぁ、花に罪はないし、飾っておこうかな。花瓶とかあるかな……」
しかし、すぐにセイディの意識はフレディから手元の花束に移る。そして、その花束をテーブルの上に置くと花瓶の代わりになりそうなものを探し始めた。
「もうこの際、コップで良いか」
だが、、すぐに諦めコップを一つ取り出すとその中に魔法で水を注ぎ、花束をコップに入れる。その幻想的な花束は、見ていて心が落ち着いていく気がした。
(……そう言えば、こんな風にゆっくりとしたのはいつぶりかなぁ……)
セイディはその花束を見ていると、不意にそう思ってしまった。今まで、聖女の仕事や実家で家事に追われ続けていた。それに比べて、勘当されてからの生活はゆっくりとしすぎていて……いろいろと、不安になってしまう。いや、このままでいいのか、と。
「ふわぁ、なんだか眠くなってきちゃった……」
緊張がほどけたからなのか、セイディを強い眠気が襲う。時計を見れば四時。フレディの言葉が正しければ、夕食は六時半。……まだ、二時間半もある。ひと眠りぐらいは出来るだろう。
「……おやすみなさい」
ソファーに寝転がり、セイディは誰に向けたわけでもないそんな言葉を残し眠りに落ちて行った。寝台で眠らなかったのは、熟睡しないため。ただ、それだけの理由だった。
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