優しい副団長


「……ディ、セイディ」

「んんっ」


 身体が優しく揺らされ、セイディはゆっくりと瞼を開けた。そうすれば、目の前にはとんでもない美形――アシェルが、いた。アシェルの顔を見て、セイディが慌てて飛び起きて時計を見れば、時間は六時過ぎ。……二時間以上眠っていたようだ。


「あ、す、すみません……」

「いや、別に構わないよ。疲れているんでしょう?」


 アシェルはそう言うと、セイディから目の前のコップに入っている青い花束に視線を移す。青い花は美しく咲き誇っており、とてもではないが摘み取られた花とは思えない。それを見て、アシェルは「……フレディ、か」なんてぼやきながらその花に軽く触れた。


「フレディと会ったの?」


 そして、そうセイディに問いかけてくる。そのため、セイディは「……えぇ、面白い人でしたよ」と簡潔に答え大きく伸びをした。そうすれば、アシェルは「……食えない奴でしょう?」なんて言ってくる。


「セイディは、フレディに気に入られたんだね。この花束はフレディが気に入った奴にしか渡さない奴だし」

「そうなんですか?」

「そうそう。アイツは孤高の宮廷魔法使いとか言う呼び名が付くぐらいには、他者を寄せ付けないんだよね」

「そんな気配、一切しませんでしたけれど」


 セイディの中のフレディの第一印象は、「明るい不審者」である。そんな孤高の宮廷魔法使いなどと呼ばれるような要素はゼロだった。それに、やたらと馴れ馴れしかった。それは少々どころか、かなり迷惑だったかもしれない。


「そう。セイディは大物なんだね。さて、そろそろ夕食の時間だから呼びに来たんだけれど……目、覚めた?」


 アシェルはそんな言葉をセイディにかけ、セイディの顔を覗きこんでくる。その美しい顔を見れば……一気に現実に引き戻され、目が覚める。だからこそ、セイディは「今、目が覚めました」と答えておいた。本当はその顔のおかげなのだが、それは決して伝えない。


「だったら、良かった。食堂に行くよ」

「はい」


 それだけ返事をして、セイディがソファーから起き上がろうとすれば、身体に毛布がかけてあることに気が付く。セイディは毛布など被って眠っていない。かといって、フレディがそんなことをするとは到底思えない。というか、フレディの帰る方が早かったはずだ。そうなれば……セイディに毛布をかけられる人物は、一人に絞られる。


「……暇じゃ、ありませんでしたか?」


 だから、セイディはアシェルにそう声をかけた。大方、アシェルはセイディがぐっすりと眠っていたので、起こすのを躊躇っていたのだろう。アシェルは見た目からは冷血な印象を与えるものの、懐に入れた人間にはめっぽう甘く優しいのだ。そんなことをセイディは知らないが、アシェルのことを「優しい人だ」と認識するのに時間はかからなかった。


「暇だったけれど、疲れている人間を起こすほど迷惑なことはないからね。団長がよくソファーで眠っているし、驚きもしなかったよ。……ただ、風邪を引いたら困るから、これからは寝台で毛布にくるまって眠ることをおススメする」

「……分かりました」


 アシェルはそれだけをセイディに告げると、颯爽と部屋を出て行こうとする。なので、セイディも髪の毛を手櫛でささっと整えて後に続こうとする。普通の令嬢ならば、身だしなみに気を遣い時間をかけて準備をするのだろうが、生憎セイディにそんな習慣はない。髪の毛など、聖女の仕事時以外では手櫛でささっと。それが、セイディの習慣。


「いや、寝癖ついているけれど?」

「寝癖なんて、誰も気にしませんよ」


 しかし、セイディの身だしなみに関してほかでもないアシェルが苦言を零す。アシェルはセイディの返答を聞いて「……はぁ」と露骨にため息をつくと、「なんでそんなに見た目に気を遣わないの?」なんて問いかけてきた。


「いえ、必要がありませんから。アシェル様が今まで関わってきたご令嬢は、きっと恵まれていたんですよ」

「それは、自分が恵まれていないって言いたいの?」

「全くそのつもりはありませんよ。私は普通です。恵まれているわけではありませんし、特別恵まれていないわけでもない。普通です、ザ・普通」


 セイディはそんな説明をして、「さぁ、早く行きましょう」とアシェルに声をかける。だからこそ、アシェルはもう苦言を零す気にはなれなくて。セイディの髪の毛を魔法で出した水で軽く濡らし、他でもない自分の手でセイディの寝癖を直す。


「今回限りだからね。次から身だしなみをきちんとしていなかったら……げんこつだから」

「それは……怖いですね」


 騎士のげんこつなど、とんでもなく痛いだろう。そう思いながらも、セイディは軽い笑みを浮かべていた。ただし、心の中ではきちんと「ちゃんとしなくちゃ」と思うことは忘れない。幸いにも、部屋には身だしなみ用の鏡が備えつけられているようだった。


「じゃあ、行くよ。……はぁ」

「アシェル様って、苦労しているんですね」

「まぁね。もっと労わってほしいぐらい」


 そんなことを言いながら、アシェルとセイディは食堂に向かう。二人の足取りは、どこか軽かった。

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