孤高(?)の宮廷魔法使いフレディ・キャロル


「えっと、馴れ馴れしく触れないで、くださいませんか?」

「おっと、つれないね」


 セイディがそう言えば、フレディはセイディの手を離してくれた。それを見て、セイディはすぐに自分の手を引っ込める。セイディの手は荒れている。だから、こんな美青年に触れられるわけにはいかないのだ。セイディだって、多少の恥じらいはある……のだろう。たとえ、悲鳴が女の子らしくなかったとしても。


「キミ、名前は?」

「……セイディ、です」

「そう、セイディ。良い名前だ」


 フレディはそう言うと、手のひらをひらひらと振り無害アピールをする。それはきっと、セイディが睨みつけるようにフレディを見つめていたからだろう。フレディにだって、セイディの気持ちが分からないこともない。突然現れた不審者。警戒して当然である。


「ところで、どうやってここに入られたんですか?」

「うん、そう言う素直に訊いてくる子は嫌いじゃないよ。……簡潔に答えたら、魔法を使ったってことかな」

「世に言う悪用ですね」

「……ちょっと、素直すぎるかな」


 苦笑を浮かべながら、フレディはセイディのことを見つめる。セイディはかなり綺麗な顔立ちをしている。それを引き立てるのは、大方その芯の強そうな目だろうか。そう思いながら、フレディは「不用心に窓を開けちゃダメだよ」とだけ軽く注意をしておいた。


「この部屋には魔法防止の結界が張ってあるけれど、窓とか扉とかを開けたらそこが隙になって、結界が破られやすくなる。つまり、僕はその隙を突いたって言うこと」

「じゃあ、これからは気をつけますね。あと、出て行ってくださいませんか?」

「……良いように使われちゃった?」


 けらけらと反省した素振りもないフレディは、「つれないね」ともう一度だけ言う。そうすれば、セイディは「不審者ですから」と辛辣に答えた。先ほどまでは緊張からまだマシな態度を取っていたが、セイディは本来こういう性格である。タフで逞しく、メンタルが強い。さらには、少々毒舌。長年虐げられてきて生きてきたのだ。些細なことでくよくよなどしない。


「僕は新しいお客さんに挨拶に来ただけだよ。あと、これはプレゼント」


 そう言うと、フレディはぱちんと指を鳴らす。そうすれば、セイディの手元に綺麗にラッピングされたクッキーが出てきた。どこか手作り感があるそのクッキーは、とても香ばしい色合いであり、食欲をそそる香りが少しだけ漂ってくる。


「……えっと」

「あ、僕が作ったんじゃないし、毒も入っていないよ? 料理人が試作品で作って、余ったからってくれたの」

「……はぁ」


 セイディは生返事だったが、本心はとても嬉しかった。今、とてもお腹が減っているのである。クッキーを数枚お腹に入れるだけでも、かなり気持ちは違うだろう。それに、頭を使う時は甘いものがある方が良い。それを、セイディは知っている。


「ところで、宮廷魔法使いっておっしゃっていましたよね?」

「うん、そう」

「宮廷魔法使いって……何名ぐらい在籍しているんですか? 騎士団や魔法騎士団みたいに、魔法使い団とかあるんですか?」


 ふと気になったことを、セイディは尋ねていた。宮廷魔法使いとは、魔法使いの最高峰である。王宮で従事し、王家の人間の望みを叶えていく。フレディは若くして宮廷魔法使いのようだが、きっとほかにもいるのだろう。


「いや、宮廷魔法使いは僕一人。……みーんな、役立たずだから追い出しちゃった!」

「追い出したって……」


 フレディには、それだけの権力があるのだろうか? セイディがそんな疑問を考えていると、「僕、天才だから」なんて語尾に音符でもつきそうな程明るく、あっけらかんとフレディは答えた。自分で天才などと普通は言わないと思う。そう思ったからか、セイディは「はぁ」と適当に相槌を返しクッキーをちらちらと見つめてしまう。そろそろ、帰ってくれないだろうか。そして、クッキーが食べたい。切実に。それしか、今のセイディには考えられなかった。


「……お腹、空いているの?」


 そんなセイディの様子を見て、フレディは面白そうにそう問いかけてくる。だからこそ、セイディは「まぁ」とだけ端的に返し、「なので、帰っていただけると」と願望を伝える。その願望を聞いたフレディは、数回瞳を瞬かせるものの「……お茶にしようか」とだけセイディに告げ、ぱちんともう一度指を鳴らした。


「……お茶」

「うん、お茶」


 次の瞬間、セイディの部屋にあるテーブルの上には、見事なティーセットが現れていた。それに歓喜しそうなセイディだったが……ふと、思った。


 ――フレディは、まだここにたむろする気なのか、と。

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