綺麗なお部屋と謎の美青年


 それからしばらく歩き、アシェルが立ち止まったのは寄宿舎の端の端にある部屋。シンプルな扉をアシェルが開けば、そこにはシンプルながらに綺麗に整頓された未使用の部屋があった。シンプルな壁紙と床。寝台は質素だが、今までセイディが使っていたものよりもしっかりとしている。あとは机と椅子。テーブルにソファー。一通りのものは揃っているようで、セイディは瞳をキラキラとさせながら部屋を見渡していた。


「ここがセイディが暮らすことになる部屋ね。……一応、体験中から住めるようにしてあるけれど、どうする?」

「ぜひ、住ませてください!」


 アシェルの言葉に、セイディは一目散に食いついていた。元より、宿暮らしをもうしばらくした方が良いのかなぁと思っていたのだ。こうやって寄宿舎に住むことが出来れば、宿代が浮く。セイディは割とちゃっかりしているのだ。


「そ、そう……。じゃあ、荷物は……」

「荷物はこの鞄一つです!」

「……あぁ、実家勘当されたんだっけ」


 セイディが自ら持ってきた小さな鞄を一つ指させば、アシェルは苦笑を浮かべながらも納得してくれた。部屋のは備え付けのクローゼットもあるものの、とてもではないがセイディは使いそうにない。そう思い、アシェルは「……夕食時まで、まずはこの部屋を自分の好きなように模様替えしたらいいよ」とだけ告げると、セイディに寄宿舎の間取り図を手渡してくれた。


「……えっと、仕事は?」

「仕事は明日から。仕事脳でどうしても仕事がしたいって言うんだったら、まずは間取りを覚えるところから始めて。あと、夕食の時間は俺かリオが呼びに来るから、そこで適当に自己紹介をしてね」

「……はぁ」


 そんなアシェルの言葉に適当に返事をすれば、アシェルは満足したのか部屋を出て行く。そして、一人残されるセイディ。煌びやかとは程遠い部屋だが、それでもセイディにとっては都だった。今まで、埃臭い屋根裏部屋で過ごしていた身としては、これ以上に良いところはない。宿屋も快適と言えば快適だったが、それでもやはり自分の部屋とはいいものだ。……まぁ、まだ正式に雇われたわけではないのだが。


(仕事を認めてもらえれば、少しでも早く正式に雇ってもらえるかもしれないわね。よし、頑張らなくちゃ!)


 心の中でそう零し、セイディはまず鞄の中を漁り二、三着のワンピースをクローゼットの扉に掛ける。その後、寝台に腰かけ間取り図とにらめっこを始めた。セイディは物覚えの良い方だ。だからこそ、こうやって間取り図を見つめ脳内でシミュレーションする。


(とりあえず、やっぱり仕事に使う場所を覚えなくちゃね。厨房と洗濯場、あとは掃除道具がある倉庫と……)


 脳内でそう零しながら間取り図を見つめていると、あっという間に一時間が経ってしまう。時計を見つめて、セイディはふと「……夕食時って、何時なんだろう?」と思ってしまった。普通ならば夕方の六時か夜の七時ぐらいだろうが、騎士たちは訓練でお腹が空いているはずだ。もしかしたら、もう少し早いかもしれない。


「……詳しく、訊いておけば良かったかな」


 今は午後三時間。おやつ時にはちょうどいい時間である。そう思ったら……セイディは、ふとお腹が空いていることに気が付いた。緊張からお昼もあまり食べられなかった。今更ながらにそれを思い出し、「……何か、ないかな」とだけ呟き鞄の中を漁る。しかし、持ってきたものと言えば水ぐらいだった。


「ここに来るまでに、何かお菓子ぐらい買って来ればよかったかなぁ……」


 けちけちするんじゃなかった。そう思い、セイディが軽くお腹を押さえていると、不意に部屋の窓がコンコンと数回叩かれる。……何だろうか。そう思い、セイディはそちらに近づきゆっくりと窓を開ける。不用心かもしれないが、セイディはこれでも強い……方、なのだ。


「あれ、誰もいない……」


 しかし、窓を開けて辺りを見渡しても誰もいない。もしかしたら、疲れからの空耳だろうか。そう思い、セイディが扉を閉めようとした時――。


「――こんにちは。新しいお客さん」

「ぎゃあ!」


 セイディのすぐ真後ろから、少し高めの男性の声がしたのだ。驚いてセイディが後ろに倒れこみそうになると、その男性は「おっと」と言いながらセイディのことを支えてくれる。その際に、その男性の長い銀色の髪がセイディの視界に入った。


「女性らしからぬ悲鳴だったね。ま、僕はそんなこと気にもしないけれど」

「だ、誰、ですか!?」


 その男性は、クスクスと声を上げながら笑、セイディの顔を覗きこんでくる。その男性はさらさらとした長い銀色の髪をリボンで一つに束ねていた。その少し吊り上がった青色の瞳は、澄み切っていてとても美しい。……絶世の、美青年だった。


「僕はフレディ・キャロルって言います。宮廷魔法使い……って言ったら、良いのかな?」


 そしてその美青年、フレディはそう言って――セイディの手を流れるような仕草で、取った。

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