寄宿舎見学
「こっちが騎士団の寄宿舎ね。で、あっちが魔法騎士団の寄宿舎。あっちはあっちで独立しているから、セイディが仕事をするのは騎士団だけ」
アシェルはそう言って一つの建物を指さす。王宮に比べれば明らかに質素だが、どことなく気品のある作りをしているその建物の入り口には、「騎士団寄宿舎」と書いてあった。その寄宿舎に入っていくアシェルに続けば、数人の騎士がセイディを見て目を瞬かせていた。
「あの人、メイド希望か?」
「結構綺麗な子だね。ワケアリっぽいけれど……」
「つーか、騎士団の寄宿舎のメイド希望なんて、みんなワケアリだろ」
その騎士たちはそんな風に会話をしていたが、アシェルに睨まれたためすぐに口を閉じた。どうやら、アシェルは騎士たちの中ではかなりの権力があるようだ。まぁ、元より副団長の肩書を持ち伯爵家の令息なのだ。権力を持っていて当たり前である。
「今のは気にしなくていいからさ。ほら、セイディ。こっち」
「あ、はい」
セイディは騎士たちの会話に茫然としていたものの、アシェルに声をかけられすぐに続く。その後、アシェルにこの建物の配置を軽く教えてもらった。一階には厨房や洗濯場、他水回りなどが配置されており、二階は騎士たちの私室になっているそうだ。私室は二人一組になっており、ほとんどの騎士たちは同僚と同室だと。また、アシェルと団長のみ個室だとも教えてくれた。
「ま、団長は結構適当な人間だから、俺がこの寄宿舎の管理人だと思って。あと、何かあったらさっきのリオに問いかけたら大体のことは教えてもらえる」
「えっと……」
「とりあえず、今は困ったことがあれば俺かリオに遠慮なく尋ねたらいいって、覚えておいて。間違っても団長には尋ねないこと」
「はぁ」
何故、アシェルはそこまで団長を頼りにしていないのだろうか。そう思うが、先ほど「適当」だと言っていた。大方、私生活が適当とかそう言うことなのだろう。そう思い直し、セイディは寄宿舎の一階にある厨房に向かう。
「一応、専用の料理人も雇っているけれど、昼と夜しか来ないから朝はセイディが担当になるから」
「……お言葉ですが、今までは誰が……?」
「そんなの、新米たちが交代で作っていたに決まっているでしょう? けど、男たちの料理なんて適当だし、まずくて当然だったんだよ」
……それは、かなりの重要問題なのでは? そう思いながらも、セイディは厨房を見学する。貴族の邸の厨房よりは小さいものの、設備はかなり整っているようだ。これならば、まぁまぁの料理は作れるだろう。
「では、洗濯や掃除なども交代で?」
「まぁね。それが、今までの新米騎士たちの仕事だった。けどさ、家事なんてやってたら訓練の時間が減るでしょう? だから、メイドを雇うことにしたんだ」
アシェルはそんなことを言いながら、厨房を見渡す。その後「ま、団長の案なんだけれど」とだけ言ってため息をついていた。
「……アシェル様は、その様子だと団長がお嫌いなのですか?」
そして、アシェルのその態度はまるで団長を嫌っているようにもセイディには聞こえた。だから、セイディがそう問いかければアシェルは「……あ~」なんて言いながら軽く頭を掻いていた。
「いや、嫌いって言うわけじゃない。ただ世話が焼けて、私生活が適当で、常識がないだけ。でもさ……尊敬できるところも、多いから。ま、あの人バケモノクラスに強いし」
「……バケモノ」
「もちろん、見た目は普通の人間。ただ、あの人ドラゴンの一体二体ぐらいならば一人で余裕で狩るから」
「……それは、紛れもないバケモノですね」
ドラゴンとは、世界中で恐れられている存在である。ドラゴンを一体狩るだけでも、かなりの労力と人数が必要になると言われていた。それを一人で狩ってしまうなど、間違いなく常人ではない。
「いずれは会うと思うから、今は気にしないで。じゃ、セイディの部屋に案内するよ。住み込み希望でしょう?」
「……はい」
セイディは間違いなく住み込み希望である。だから、そう返事をすればアシェルは「ついてきて」と言いながら寄宿舎の端に向かう。そんなアシェルの後に続けば、周りの騎士たちが興味深くセイディを見つめているのに、気が付いた。……どうやら、先ほどの騎士たちと言い、今の時間は休憩時間のようだ。
(ま、いずれは仲良くなれると……いいかな)
それだけを思い、セイディはアシェルの後に続いていくのだった。
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