面接に、臨みます


(こんな美形、今まで見たことがないわ……!)


 セイディは目の前の美青年を見つめながら、茫然としてしまう。だからだろうか、その美青年は「セイディ?」ともう一度声をかけてくる。そのため、セイディは慌てて現実に戻り、その美青年の指示通り椅子に腰かけた。


「えっと、俺はアシェルって言います。アシェル・フェアファクス」

「フェアファクス、ということは伯爵家のお方で?」

「そう。伯爵家の令息で、今は騎士団の副団長もやってる」


 美青年――アシェルはセイディと机を挟んだ向かい側の椅子に腰かけると、そんな風に軽く自己紹介をした。フェアファクスと言えば、このリア王国でも名門中の名門伯爵家ではないか。そう思い、口を軽く開けてしまったセイディだが品がないと思い直し慌てて口を閉じる。


「ま、俺ぐらいで驚いていたら、団長だともたないよ。とりあえず、面接を始めようか」


 そう言うと、アシェルは数枚の紙を取り出し、セイディに向き合ってくる。その紫色の瞳に射抜かれたら、嘘など付けるわけがない。そう思ったが、セイディはそもそも害になる嘘はつくつもりがないのだ。気にするべきではないだろう。そう、判断した。


「えっと、セイディは貴族の元令嬢。身元ははっきりしているし、家事全般が出来たら秒で雇うんだけれど……」


 アシェルが躊躇う理由は、セイディだってよくわかっている。貴族の令嬢と言えば、甘やかされた人間が多い。アシェルも伯爵令息だというし、そこら辺はよく知っているのだろう。そう思いながらも、セイディは無表情で「いえ」とだけ端的に返した。


「私は家事全般得意です。炊事掃除洗濯。他雑用も出来ます」

「……本当に?」

「はい、私の家貧乏で使用人があまり雇えなかったので」

「まぁ、オフラハティ子爵家が裕福だって言う噂、聞いたことないしね」


 セイディの言葉は本当のことだが、家事をしていたのはセイディのみだ。父も継母も、レイラも家事などしない。それどころか、ふんぞり返って威張っているだけの人種である。セイディが家事をするのは、ただ単に嫌がらせの一環として押し付けられただけ。それだけであり、決して好き好んでしていたわけではない。……まぁ、今役に立とうとしているので嫌な思い出とも言い切れないのだが。


「で、実家を勘当されたって書いてあるけれど、理由は?」

「婚約者を妹に寝取られて、挙句聖女の座を奪われたからですね」

「はぁ!?」


 あっけらかんとそんなことを言うセイディに、アシェルは怪訝な声を上げてしまった。今、セイディが言ったのはかなり重大な問題である。婚約者をほかの女に、しかも妹に寝取られたとなればかなりの醜聞だ。それに、聖女の座はそう簡単に手放せるものではないだろう。


「いや、それあっけらかんといっていい問題……?」

「えぇ、私は割り切れているので」


 だったら、いいか。


 アシェルはそう思い直し、コホンと咳ばらいを一度だけするとセイディにまた向き合った。手元に紙にはセイディの発言を事細かに記録してある。万が一、嘘をついていたら困るからだ。


「じゃあ、次。なんでうちのメイド募集に応募してきたの?」


 普通、貴族の元令嬢で聖女ならば、それを活かした職種に就こうとするだろう。裕福な商人の娘の家庭教師や、他の神殿で聖女として従事することもできたはずだ。そう思いながらアシェルがセイディを見据えると……セイディは首をかしげながら、


「給金が良いからですね」


 としか答えなかった。それは端的であり、オブラートになど包んでいない動機。不純だが、それでも不快にならないのはセイディがあっさりと答えたからだろうか。


「そもそも、私実家を勘当されたので一文無しに近いんです。なので、他のところに行くことも考えられなくて……。あと、住むところもないので住み込み可というところにも惹かれました」

「そ、そう……」


 この少女は、どこまでも素直なようだ。それが分かった時……アシェルはくすっと声を上げて笑ってしまった。まさか、ここまで素直に「お金」が魅力的だという女性がいるなんて。そんな人間……少なくとも、アシェルは今まで見たことがなかった。


「分かった。じゃあ、とりあえず一週間体験で働いてもらう。体験中も給金の七割は出すから」

「ありがとうございます!」


 アシェルのその言葉は――とりあえず「採用」と受け取っていいのだろう。それが分かったからこそ、セイディはその美しい顔立ちで心の底からの笑みを作る。それが……アシェルの心を乱すなど、考えもせずに。


(何、この子……滅茶苦茶可愛らしいんだけれど?)


 そんなことを一瞬アシェルは考えたものの、すぐに「寄宿舎に案内するから」とだけセイディに告げると、紙をしまい込み上着を素早く羽織る。そんなアシェルの姿はとても美しく、セイディは柄にもなく見惚れてしまった。


(美形って、何をしても絵になるのねぇ)


 そして、そんなことを思っていた。

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