第4話今日じゃないいつかの話

 パンジーがしばらく臨時休業することになった。店長が個人的に訴えられたので、店を管理する時間も人材も足りないようだ。検事になりたい人と、弁護士を雇った人、すぐに解決する話でもないらしい。両者共に家柄が良かったので、当事者は若いが、後ろに色々いるようで、引くに引けないのだそうだ。私はその当事者二人の間にいたというか、限りなく当事者に近い他人というか、争いが起きた時にその場でフルコース堪能していた人だ。肩身が狭い。

 いざとなったら証人になって、と、オトメには言われている。それは有無を言わさぬ調子で、傷ついたり落ち込んだりしているわけではない、いつもの少し傲慢な彼女のままだった。少し、安心した。変わってしまわなくてよかった。少しは私も罪悪感がある。あの席に連れ出したのは私だったような気がする。

それはそれとして、彼女のために証言はしたくないので、いざとなったら断るか逃げるかしようと思う。

 一方、店長は、個人的に頻繁にやりとりする間柄でもなかったので(オトメもそうだが)、店を通じて通知が来た。特別手当があるから休業の手伝い、つまり告知の作業や食品の入荷を止める仕事に少数の立候補者を募っていたので、手を挙げたら採用された。なんだかバイト初日を思い出す。気が付けば私は社員より古株だったし、何なら今の支店のオープニングスタッフでもある。前は数駅隣に働きに出ていた。経営者の子息が、支店を始めるから、どうかと言われて、家から近いからと今の店に来たのだった。最初は内装も何もあったものではなかった。従業員募集の広告や、商品の宣伝文句、メディアへのPRは特にほとんど私が関わっている。臨時休業の今も、HPの更新や、この機に乗じて普段やらない倉庫のシャッターの掃除をしている。

 高崎店長とは時々顔を合わせるけど、特段嫌な顔をされたり、責められたりするようなことはなかった。薄気味悪い程、それはない。ただ、疲れてはいるようで、口数が増えていた。前は意味のない言葉を滅多に吐かない人だった。

 人を作るのは人だと言っていた。人は多くのものを作りすぎたのだとも聞いた。その上で、人工の物に命は無いのか、と改めて言われて、私は何も言えなかった。高崎店長も私の答えを求めてはいないようだった。


 代わり映えのない生活をしている。臨時休業中のバイト先の代わりに、紫蘇の葉を六枚ずつ束ねる内職を始めた。オトメとは少し疎遠になった。彼女の方から私を避けている気がひしひしとする。元々、べったり仲良しというわけでもなかったので、全く問題は無い。学食で好きな物を食べられる。

畜産農家の数が減っているらしい。今、窓に石を投げられながらも動物を育てる人は少なく、使用する畜産物は主に白衣の人達が生み出している。畜産の動物はいずれ無くなるだろうと、誰かが言っていたけれど、私も同じことを思う。動物園でのびのびと過ごすだけの牛や鶏がスタンダードになる。おそらく、乳牛や肉牛は、絶滅することだろう。緩やかに。鶏の卵についてはまだ再現が難しいので、鶏はもう少し長くいるかもしれない。

 植物性のミルクを紅茶に混ぜている。赤茶色の透明の紅茶が、白く濁って透明性は失われる。植物は大量に消費されている。いつか植物も無くなる日が来るのかもしれない。

 しかしそれは今日ではない。

 他人事である。すぐに私の生活の何かが変わることは無い。そもそも関心が薄い。やはり私は料理には向いていないのだと思った。人にも勧められた、広告業に進路を向けようかと思う。いつかその世界で、何かを人に訴えることができるだろうか。考え事をしながらミルクティを飲んだら、まだかなり熱かった。

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ベール 日暮マルタ @higurecosmos

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