第12話 決戦ニアVS柳生連夜

 連夜がこちらに向かっていることを知り、ニアは市内へと一人歩いていた。

「乗れよ」

 柳生連夜があちこちへこんだカローラのドアをあけて、ニアに声をかけた。

 助手席の扉を開けて滑り込む。

「もっと、マシな車ないの」扉を閉めた。

「組織の事情でね、この間の作戦まではヘリを使っていたのに、失敗すればこんなものさ」

 指で窓を開けろと支持する。

「キリギリスマンをいじめていた」

「根性を入れてやったのさ、すねるばかりで、しまいにゃ組織から出て行った。

 それよりどこで戦う。

 オレ個人は西郷隆盛先生が死に場所に選んだ、熊本城がいいけど」

「市内じゃないか、やめろよ、そういうの」

「そう」

 連夜がめんどくさげに片目を細めた。

「阿蘇の熊牧場にしろ、駐車場は夜ガラガラだから」

「明日になればどちらかはこの世にいない、少し語り合わないか」

「この間は問答無用だった」次には沈黙が支配した。

「ローレライについて教えてほしい」

「良く知らないよ、友達じゃないし」

「知っている範囲で構わない」

「人の世界に関心を抱いてはないが、

 人からは聖母やメシヤのように慕われたいと思っている。

 一部には異常に寛大だ。

 詩人であり、宗教も興している」

「化け物の分際で、人間みたいな事するな」

 連夜も少しは考えている。

「神になりたいって言っていた」

「カネならともかく、神をあがめているのは病人か貧乏人だろ」

「身もふたもない事を言うな、彼女は心が綺麗なのさ。

 ヒトが見れば極端でグレイゾーンがないか」

 ニアも開いた窓に肘を乗せ頬杖ついて、髪を風邪に預けた。

「何とか、組織を説得できないの」

「無理だね、組織の衰退が産んだ恐怖だ。

 組織はジャッジメント・システム5センチ四方のプログラムの箱に、人間の歴史は間違っていると言われたくはない。

 オレを倒せば組織は暗殺者を派遣しない、オレより強いやつはいない。

 個人レベルで行動を計りかねる。

 嫌うのもいたが、慕ってくれる味方もいた。

 義理だけど兄貴もいる。

 ただ、オレの所属する組織は手をひくだろう」

「ローレライの語る歴史は後知恵の評価さ。

 廉価版の中に騒ぐ奴はいるが、本体はもう少し物が見えている。

 遺伝子には興味を持って、人体に超能力を付与したいとは思うかもしれないし、その仮定で人類に突然変異が生まれるかもしれない。

 小さな犠牲を見ぬふりすれば、基本的に猿の行動様式に優劣をつけ、瞬間の不平等だけを切り取って騒ぎはしない。

 人間の中にある権利意識が生み出した法律にも、時間的に空間的に距離をとって、哲学的思考をもって疑問を複数持っている」

「組織とはなれたところで、俺も考えた。

 お前たち機械に人の裁きを委ねたりしない。

 どんなに公正であろう、人間はどんなに罪悪感に傷ついても、自分の手で裁かねばならない。

 人は人を教育し、人が人に審判を下す。

 そうであらねばならない」

 連夜は運転中であるが少し目を閉じて言葉を選びながら口にする。

「誤解を恐れずに言えば、人の世の争いは正邪を問わず。

 雄が知恵と力を比べ、過程で殺し合いがあったにしても、雌に自分の子供を孕ませる。

『精子戦争』の名残だ。

 感情も刺激によって起こるプログラムならば、理性による『抑止』と『解決』を求めるプログラマーがいた。

 かつて、存在していた。

 ローレライも生活圏を確保せねばならないから攻撃しているが、本当は宇宙誕生の神秘の方に関心がある。

 賛美や賞賛を受ければ気持ちいいが、地球は誰が支配してもよいと思っている。

 人と違いすぎるから妥協できる」

「だが、役割を与えられた下級プログラムは違うだろう。

 融合と吸収と分裂を繰り返しながら巨大化している。

 プログラムの分際で、『人の歴史は正しくはなかった』『公正なる裁きの下、人類を水平にする』人に作られた造物が、僅かな『公平感』と『正義感』で我々にケンカを売ってきた」

「人の主観ではそうなるだろう。

 あなたの判断は正しい。

 僕は別の意見を持っている。

 ローレライも勝ち続けているとはいえ、『感情を交えずに裁く、話し合いの手伝いをしたい』程度にとどめて置くべきだった」

「悪の根は人の根。

 社会を作らなかった生き物の名残。

 確かに最良の選択はしてこなかったかも知れないが、振り返れば『あの時』と言うのもあるが、産まれたてのプログラムに間違っている。

『私の支配を受けよ』『君臨者が機械になれば真の意味で人の平等が実現する』など言われたくはない。

『ジャッジメント』とかぬかす名前自体、気に入らんのだ」

「少し傲慢な名前だな、否定はせん。

 あのプログラムは僕の半分だ。

 僕もプログラムだ。

 僕だけは違うなどと発言はしない。

 僕は向こう側だ、覚えてほしい、僕は人類に違う見識を持っている」

「お前のお姉様達が発言した。

『もう、人類は闘わなくていい』オレは言ったさ。

『舐めるなよ、この女』機械に神を気取らせるつもりはない。

 組織の決定も変わらん。

 それに、お前の融合が終了したとき、ローレライは新しい力を得るという妄想が、組織では支配的だ」

「済まなかった。

 僕はローレライ達の発言は、恥ずかしい事だと思っている。

 人の世の支配は宗教的か道徳でないならば力学だ。

 カネと力で支配権牛耳ろうとする彼女の手法に、対抗するには同質のものだろう」

「それも分かっている。秘密結社は人に似せたプログラムに懲りたのだよ。

『作らねば良かった』『愛さねば良かった』『信じねば良かった』ここらで処分して、最初から無かった事にしたい。

 やられて惨めな気分になっている幹部の本音だろう」

 連夜がもっと感情的に話してくるのかと言えば分析的に話すから、ある程度身構えるのをやめた、知能テストの結果で格闘技関係者の論理力が平均より高めだった。

「たとえ話だけど、ある島にハブ(毒蛇)を捕まえるから、マングースを連れてきて、自然に放した。でも天然記念物のヤンバルクイナも食べるから、かき集めて殺している」

「言わんとすることは分かるよ、人間の都合だけで物をいうな」

「島を生きている一匹のマングースは自然保護のために殺されていいと思わない」

「僕は産まれてきた生命だ。

 どんなに崇高な正義があろうと、どんなに価値のない道具であろうと、秘密結社に殺されていいはずがない。

 そんな事を誰かに決められていいはずがない。

 僕は叫ぶしかない。

 殺されていい生命ではない。

 全てに向かって絶叫するしかない」

 

「僕は生きている」

 

「ニア、お前は死ぬのか」

 連夜には『壊れるのか』とは聞けなかった。

「既成概念の中に無い以上、それを決めるのは動かない僕を見た個人の感情だ。

 ただ、僕は生きたよ。

 秘密結社を逃げてからは、ずっと自分の闘いをしている」

 連夜が熊牧場の駐車場にゆっくり車を入れた。

「オレは戦士だ。戦うために生まれてきた」

 車を止めてドアを開けた。

「僕は戦闘用人型ロボットだ。

 生きるために戦う。それ以上は未練であり。

 別の欲望だ。

 まして千尋を改造させるわけにはいかない。

 刺し違えてもお前を討つ」

 ニアは車から降りると屋根の上に顔が出て連夜と視線があったとき、にっこりと微笑んだ。

「女なら気にするな。

 大火力で武装した基地を一人では落とせん。

 頼むからこの戦いに純粋で会ってくれ、余分なものは背負わないでくれ」

 連夜はサングラスをはずして屋根の上に置いた。

「分かった。

 お互いにそうしよう。

 この戦いは僕たち二人のエゴイズムだと決めよう」

 ニアも連夜も同時に駐車場の中央に歩き出した。

 二人はまだ車の幅である2メートルを保っていた。

「はじめよう」

 連夜が目を閉じて静かに口にした。

 ニアが大きく一歩踏み込んで顔面に正拳を放つ。

 瞬間、連夜の両手はニアの腕をねじったようにしか見えない。

 右手を高々と掲げる連夜。

 吹き飛んでいくニア。

「合気だ」連夜が目を開けた。

「全身に殺気をまとっている、通じるとは思っていたよ」

 ニアが地上に落下した。

 すぐに起き上がり構えた。

「フー」連夜は大きく息を吐き、両手をゆっくりと回転させた。

 手首に布のような白い物体をまとわりつかせた。

 ニアが瞳の画面上で検索をかける。『UNKNOWN』と表示された

 連夜は体を低くして腰の辺りで大きな球状にまで成長させた。

『KI』瞳の画面上に表示された。ニアの心が機械の分析を理解できなかった。

「合氣法・太極波」連夜は一歩踏み込んで放射した。

 砂塵を巻き上げながら白いカタマリが突き進む。

 直撃をくらいニアは空中へゆっくりと浮遊する。

「何、波動ケ……ン……」

 ニアはそれだけを口にした。そして、落下して動かなかった。

「氣だ」

 連夜は構えを解いた。

「貴様のDATAが、何をはじきだしたかは知らん。

 万物、全て『氣』が宿る。

 森羅万象、宇宙誕生からの運命なり。

 貴様とて例外ではない」

 動かないニアを見下ろした。

「魂の波動により、すべての機械、ナノ・システムに『氣』を送った。

 いかに緩衝システムと言えど、氣の共振まで止めることはできまい」

 思えば勝利を得ることなどなかった。

 圧倒的な力で勝ち、改造手術を受けてからは弾丸をつかんだ。

 合氣法・太極波など必要ないと認識していた。

 闘いに敗北し、考えを改めた。

 体得せねばならん。

 強敵よ、お前がいたからオレは完成した。

 くるりと背を向けた。

「オレは心を持った機械をアワレに思う。

 同時に心持ったお前を誇りに思う。

『ナムアミダブツ』これしか葬送の言ノ葉を知らん」

 何かが背中で立ち上がった。

「勝手に殺すなよ」

 ニアが笑っていた。

 連夜は顔を横に向け、瞳だけでニアの動きを探った。

「なぜだ」論理的に言葉をつむぐ連夜が珍しく疑問を口にした。

 皮膚装甲ですという答えは受け入れにくかった。

「僕にも分からん。

 今までの世界観・外からの攻撃を僕は耐えた。

 異次元から切られる気分だったよ。

 結果から言えば、重力制御装置が振動を止めた。

 設計者はあなたの攻撃を想定して、振動を打ち消す振動を全身に送り。

 内部の機械が引き裂かれるのを保謹した」

「そこまで聞けば十分だ。

 科学者の名前に心当たりがある。

 ミスター・リーだ。

 しかし、この技は地上で」連也はニアの言葉を思い出した。

「人を生かす執念」そうなのだ。

 攻撃を持つ敵との遭遇確率の問題ではない。

「覚悟」

 ニアの左ジャプ・右ストレート。連夜は引きの早い、高速ジャブを左手で上にはじきとばし、体重の乗ったストレートを右手でつかみ一本背負い。

 ニアが、がら空きのなった連夜の背に膝を叩き込む。

 相手の巻き込む力を利用した古流柔術の『昇龍覇』だが、連夜の知識の中にあった。

 つかんでいたニアの右手を放し、空中へと放り出し、地面を転がってニアの攻撃をかわした。

 空中にあるニアは連夜のイメージ通りの位置に、蹴りを空振りした態勢で存在した。

 低い態勢のため膝は十分に曲がっている。

 体を回転させながらジャンプして蹴りを放つ。

 ニアの首に足首でひっかけ、ギロチンのように後頭部を地面に叩き付けた。

『強い』ニアは感じながら、地面を回転して距離をとり起きようとしたときは、低い体勢の連夜がそばにいて、ニアの体重の乗った足をはらった。

 このまま寝技で勝負を決める決意。

 連夜の皮膚が熱を感じる。

 目でニアの瞳を確認すると真紅に染まっている。

 背中を反らして、ギリギリでレーザー光線をかわした。

 ニアは両手で地面を叩き、飛び起きた。

 連夜も距離をとって構え直す。

「奥義が破られて、消沈しないのか」

「技に執着して、己を見失いはしない。

 千の技に、一の技で対決したい。

 そういう欲望は確かにあるが、肉片も残らぬ致死の攻撃が飛び交う世界では、賢明な行為ではない」

「………」

「有利さに溺れる事なく、積み上げた積み木をもう一度、0から積み直すことが勇気だと思っている。

 太極波は連続技に組み込めばよし、何度でも仕切り直す事が人間力だと信じている」連夜は右手の人差し指をクイクイと曲げて挑発したが、ニアは一歩も動けなかった。

 これが本当の恐怖だった。

 負けられない、強すぎる。

 二つの思いが交錯する。

「ゆくぞ」

 連夜がニアの目に手裏剣を放った。

 ニアが左手で叩き落とした。左手が目を通過する一瞬に連夜は視界から消えていた。

 保証プログラムが発動、超音波センサーが探信音を放ち、連夜が頭上にいることを知らせた。

 左横に飛んだ。

 目の前を弾丸のような蹴りが飛び地面をえぐる。

「うおおお」

 着地した連夜に襲いかかった。

 周辺アスファルトを砕いておきながら、完全にバランスを保っており、ニアの拳を回避して懐に入り込み、肘をアゴに当ててカウンターを取った。

 皮膚装甲が緩衝システムとしても、物理的なアゴの跳ね返りが存在する。

 ニアのアゴが跳ね上がり後頭部は後ろにそれる。頭部をねじ切りやすくした。

「目を頂く」

 連夜は左手でニアのアゴをもって頭上で逆立ちした。

 右手で髪を持つと飛び上がった勢いのままで回転を始めた。

 同時にニアも同一回転を行い首がもぎ取れるのを守った。

『目を頂く』とはセンサーが集中している頭部のことだ。

 ニアは回転の中心めがけて手刀を放つ。

 連也は髪を放し、回転の中心を変えてよけた。

 左手の引き力だけで全身に縦回転を加え、ニアに蹴りを放ち距雌をとった。

「どういう事だ、弱くなっているぞ」

 連夜が怒鳴った。

「確かに早くはなっているが、技が素直すぎる。

 前よりカウンターが取りやすい」

 構え直したニアは何も口にすることはできなかった。

「短い時間で覚え過ぎ。

 まるで工夫がない。

 自分の物にしていない」

 ニアには答えられない。

 連夜が正しい。

 連夜はダッシュして、ニアの両の手首を握り、強引に腰のあたりまで下げた。

 綺麗な構えだがスキだらけ。

 構えに魂が入ってないとき、攻撃意欲が半減しているとき、既成概念外にある野蛮な行為に反応できない。

 がら空きの顔面に連夜は頭突きを行う。

 ニアは腰を中心に回転した。

 連夜は右の脇でニアの右足を奪いにはさんだ。

 どういうエネルギー効率かは不明だが、連夜のパワーは永久機関の出力を超える事なく、外骨格の電気による吸着力は、皮膚装甲に破壊の兆候さえあらわれない。

 ニアは外骨格の強さにまかせて、右膝を曲げて左足で顔面を襲った。

 連夜は攻撃力を殺すために、右足を放して、そのまま吹き飛ばされた。

「当たったぞ」

 立ち上がりながらニアが口にした。

「素人は怖い」

 連也が血糊を拭きながら立つ。

 ニアはローレライが作ったアンドロイドと違って、間接がない。

 それらのアンドロイドはマイクロウェーブによる、エネルギーの供給があるから、強力な内臓火器を使うが駆動系の周辺部は繊細というよりお粗末。

 ニアはどんなに曲げてあっても、どんなに伸びた状態でも、外骨格を形成する粉末パウダーの濃度を調整するため、いつでも力を等しく分散できる。

 完全外骨格な上に、内部の駆動式ではなく、マグネットの力で外部から、内部を動かしていた。

 内部機関を守るために、磁石的に体全体を動かす事が可能。

 指一本をちぎる困難さは、胴を引き裂く困難さと同じレベルになるまで分散させた。

「汗、かいているぜ」

 ニアが口にした。

 合気法・太極波による生体エネルギーの消耗がジワジワときいてくる。

 やはり、不発は痛かったのだ。

「違う」

 連夜が心をよぎる疲れを否定した

「ナノ・システムか。貴様、毒を散布したな」

「毒なんて人聞きの悪い、しびれ薬だ。

 こちらにトリガーを引く時間があったにせよ、光線をよける男だからな、戦う前から髪に仕込んでいた。効いているとは思わなかった」

 連夜にとって想像外の攻撃だった。

 息を深く静かに吸い。新陳代謝を高め発汗により毒を体外に排出した。

 センサーを通してニアにも状況が伝わる。

 ニアが膝で、肩で、目でフェイントをおり混ぜながら向かってきた。

 嘘・嘘・嘘・嘘・嘘・実。

 連也は知っているかのごとく、右の上段蹴りだけを正確に受けた。

 二人の間に変化が訪れた。

 連也はニアの力を受け止め切れず、片膝を地面についた。

 強大な瞬発力を手にいれるため、膨大な筋力増強は持久力を奪っていた。

 短期間の再改造による調整ミスも感じる。

 ここぞとばかり、ニアは右のストレートを放った。

 連也はニアの攻撃を右手で左方向に反らし、上半身を右にずらして頭部を守った。

 左手をニアの腹部に軽くそえた。

「鎧通し」

 人体を水と考え、鉄の鎧を貫通して背中を爆発させた衝撃もニアには通じなかった。

 目鼻口耳からの『七穴墳血』とはいかないが、ニアは後ろに吹き飛んだ。

 これは望まなかった効果。

 本来なら背中が爆発して、相手は前のめりに倒れて絶命せねばならなかった。

 ニアの装甲は鉄の鎧と違い、この力を受けた。

 そして内部に伝えずに吹き飛んだ。

 発汗による疲労も感じる。

「オレの体はオレが一番良く分かる」科学者の説明を何回も無視続けた。

 死を恐れない心理の罠。

 後3回しか最高速で動けない。

 スピードは力の代用になるが、パワーはスピードの代用にはならない。

「勝っている気がしない」

 ニアの持つセンサー群が連夜の体内におこった異常を感知した。

 調整係を務める科学者と連夜のコミュニケーションが上手くいってない。

「負ける気がしない」

 連夜は立ち上がり構えた。

 連夜はもっと簡単に関節技で四肢をもぎ取れると計算していた。

「ニアの持つ装甲力やパワーを計算するのは事実上不可能だ」組織の科学者が口にした。

 連夜も対決前に調査はしていた。

「簡単なモーターでもコイルの数でパワーが違う上に、ニアの場合は超伝導物質による無発熱の磁カパワー。

 永久機関の上限より遇か少ない出力で、君のパワーに対抗できるかもしれない。

 装甲を維持するための計算力を超える手数とスピードのみがニアを倒せる。

 単純な方向牲を持つだけのパワーならば、核の熱エネルギーの中を、涼しい顔して歩くかも知れん」

 それでも連夜はスピード・パワー・スキルで四肢を奪えるように錯覚した。

 ニアがあまりにも人に近かった。

「行くぞ」

 ニアの右の手刀を野球選手のように振り下ろした。

 足サバキで外側によけた。

 既成概念外の攻撃。

 意識外の攻撃。

 ニアが工夫を始めてきている。

 連夜の耳はニアの手刀が電子レンジのように電子的浮遊物質をまとわりつかせた。

 連夜の皮膚を通過して感覚をしびれさせている。

 だが、悪くない。

 好みだぜ、そういう男。

 時間はニアの味方をする。

 コレが最後だ。

 連夜は生命体である。

 動く以上は酸素を必要としていた。

 脳味噌が酸欠起こすまで、科学者の言うように連続技を叩き込む。

「色則是空」

 連夜は目を閉じて額にある第三の目と呼ばれる精神の目を開いた。

 形ある物、いつかは壊れる。

 ゆえに執着することは全て空しい。

 技ノ極ミ虚無ナリ。

 覇業一代ノ夢ナリ。

 心を決めろ、覚悟完了』短い呼吸を終え連夜は両目を開けた。

 ニアの手刀を避けている。

 無意識の自分がいた。

 右の脇に左のカウンター・フック。

 掌底によるアゴヘのアッパー。

 浮き始めた支持力の無い足に叩き落とすようなローキック。

 浮き上がる頭都、沈む足。

 連也は自分の足が地面に付くと同時に、がら空き腹部に腰を落としながら正拳を叩き込む。

 ニアの体は、くの字に曲がる。

 後頭部の首のつけ根に手刀。

 落ちてくる顔面に膝。

 ふらつきながらニアは一歩下がる。

 腹部へのストレート。

 ニアは腕をクロスさせて受けた。

 ニアの頭部のセンサー群は連夜の動きを正確には捕らえていない。

 瞳が踊っている。

 それでも受けたと言う事は攻撃のリズムとパターンを読まれた。

『自分を変えなくては』連夜は戦士の本能的に、肉体の反射的に、長年の経験的に瞬間理解した。

 ニアのがら空きの頭部に左のハイキック。

 そして、空中で腰動部を回転させて、ゆれる頭部に右のハイキック。

 右手で腕を取り、投げるふりをする。

 腰を落とし、腹都を突き出して踏ん張ろうとするニアの胸部正中線に肘。

 ニアの頭から股間に流れる中心線に踏み込み、腕を引き込みながらの背中による体当たり。

「グー」

 ニアが悲鳴をあげた。

 BIOSのプログラム達がニアを守るために余剰メモリーを食い出した。

 衝撃を早く消すため体の皮膚装甲上で、衝撃力を回していたが、十字受けを含めてどの衝撃も0になってはいなかった。

 避けるならともかく、受けるという行為はプログラムを助けはしなかった。

 追加の裏拳がニアの顔面に入る。

 ニアは連夜に握られた腕を高周波させた。

 掴んでいる手のひらが血で赤く染まる。

 連夜には都合のいい事態だ。

 高周波は下手な攻撃より、皮膚装甲プログラムの計算に負担をかける。

 皮膚をこするように蹴りあげ、ニアの体に何の効果も表さないが、切断効果があるほど鋭い、そして、切断させまいとプログラムは計算する。

 頭頂部への踵落し。

 ニアの動きが鈍くなる。

 処理落ちが始まる。

 内股に蹴り。

 ニアの意識を下に持っていく。

 ニアの頭上で逆立ちして、首をねじりながら背中に移動する。

 関節技はかけない。

 力の方向を一定にしてはならない。

 首はねじりを与えるだけ、計算にできるだけ負担を与える。

 両足で踏ん張り、正拳七段突きを背骨に打ち込む。

 ゆっくりと浮かび上がる。

 ニアは振り向き、目からのレーザー光線で左右をなぎ払う。

 連夜の腹部を焼き、そして焦がすが、彼の突進を止めるだけの効果はない。

 腹部にアッパーを叩き込み、ニアを落下させずに後ろに歩かせるように浮かせた。

 レーザーを発する目を封じるために顔面を横殴りした。

「ぎゃあああああああ」

 ニアが悲鳴を上げながら横を向く。

 プログラム違がいよいよ、ニアが普通に生活するためのセンサー関係からメモリーを奪い始めた。

 苦痛ではなく暗黒に向かう、恐怖の悲鳴だった。

 オートジャイロによるバランスを失い始めたニアの胸部に両手をゆっくりと当てた。

「鎧通し」

「ピイイイイイイイイ」

 後ろにはじけるニアの口から漏れた奇妙な音。

 それは終りを告げるブザーに近い、弔いの鎖の音だった。

 瞳からガラスの破片がはじき出される。

 トラス構造である以上、一辺を失えば力の拡散は終了する。

 東京タワーも根元の一本が

 無くなれば崩壊する。

 シャン。

 ガラスが割れるような音と共に、ニアの全身に微細な己裂が走った。

 エーテル物質で精製された洋服も含めて、プランクトン状の破片が溶けながらキラキラと散っていく。

「最終究極奥義・合気法・太極波」

 だが突き出した腕からは何もでなかった。

 激しい発汗。

 連夜も限界を超えていた。

 折れた指で拳を握り、動けぬ体を精神力で動かした。

 苦しみを殺し、魂を体から分離させた。

 強力な肉体は肉体強化の調整失敗による死を、連夜に伝えてはいなかった。

 もう、生体エネルギーは尽きていた。

 心臓は止まっているのだ。

 切られても血は吹き出さない。

「永久機関リミッター解除。

 優先事項第一により、使用者保謹のため戦闘モードに移行します。

 第一隔壁の損傷確認、バリヤーを展開。

 完全復活まで残り五分」

 ニアのパーツが空中に浮き、規則正しくならんでいた。

 女の声を模したマシンボイスが響く。

「ゆるさんぞ」

 連夜は左手を自らの胸部に突っ込み、心臓を無理やり動かした、傷口から血が吹き出す。

 警告します。敵対行動と疑わしきときは、優先事項第三により、攻撃を加えます」

 アナウンスが流れる。

「ニア」

 叫びながら一歩踏み出した。

「そんなのでいいのかー」

 右手を突き出すが、見えない壁のバリヤーに接触する度、白い稲妻や輝きではじきとばされる。複数のシステムによるバリヤーではばまれた。

 むき出しの陽電子制御装置から放たれ重イオンの光線が連也の左手と心臓を奪う。

 連也が血を吐き、膝をおったとき、バリヤーの反重力性質が彼を吹き飛ばす。

 連夜が十メートル向こうを転がり、目を開けたまま絶命した。

 修理を終えたニアが連夜の側に立った。

「アンタの勝ちだ」

 ニアが連夜の目を閉じたとき、再び開いた。何度やっても開いた。

 死んでも目を閉じず、乾いた瞳はニアをにらんだ。

「僕はただの機械だった。人のふりした、魂のない人形だった」

 側に膝を落とした。

「もともとオレもオマエも。意地のある、ただの男さ、人間じゃねえ」

 死んだ連夜の唇が動いた。

「お休み」ポツリポツリと涙を流した。

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