第10話 ニアVSイエローバード
ニアは連夜との戦いに備えて研究所を後にした。駐車場を通った時、秘密結社から支給されるOL風の濃い青の制服を着たアネゴが立っていた。
「アレ、制服。
変わったの。
僕が出る時は、有名デザイナーがデザインした。
黄色いマフラーのセーラー服ではなかった」
「さすがに、アレでは女幹部が着られないでしょう。
元に戻したのよ」
あの戦闘服を着ていながら、口の端を引っ張って不機嫌そうに答える。
「あはははは。夏服なんか見たときには、心臓がドキドキして、呼吸が止まっていたのに」
ニアがへらへらと笑いながら、冗談を口にする。彼に心臓などない。
「幹部として安全のために一つ聞いておきたいの、私の身体情報どこから手に入れたの、あんな痺れ薬作るなんて」
「最初に道案内してくれたとき、肩にあった髪の毛を静電気で引っ張って口に入れた。
僕は君のお父さんから話を聞きながらCPUに解析させていた。
X線でも、熱感知でも、人闇でないことは分かっていたから、どんな特種能力を持っているか調べた」
「悪知恵だけは回るのね。まさかお父さんの体に、何か仕込んではないでしょうね」
「拒絶反応があるからソフトが勝手にいろいろ検査したけれど、ナノ・システムはある周波数を受ければ毒に変わる、というような複雑な物は作れない」
「信じるわ」アネゴはニアの目を見ずに答えた。
「真面目な話をするの、真面目な顔をして、あなたすぐに茶化すでしょう」
アネゴが赤面させながら叫んだ。ニアは何も言わずに相手の言葉を待った。
「ありがとう」赤面させながら小さく口にした。
「どう致しまして」
「約束、私も守るから、あなたも守ってよ」
「約束」
「馬鹿。柳生連夜に勝てという意味よ」
赤面させながら叫び、ビクトリー号へと乗り込んでいく。
「あーあ。そう言えば、そんな約束したなー」
ニアは小さく吹き出した。
せっかく色々な機能が付いているのに、『ローレライ』とキスしただけで、人生終りでは余りにも寂しい。
色則是空。
色は空しい。
そう言い切れるほど、ニアは経験していない。
この世に未練があり。
ここで死んでは『無念』の二言。
ビクトリー号はジェットエンジンを点火させ垂直に上っていく。
澄んだ青空に吸い込まれていくようだ。
東京に戻っても元気に頑張るだろう。
実害がなければいいけど所在地がばれてしまった。
その時、ニアの目の前で光線が走った。
宇宙戦艦並の大火力に耐えるビクトリー号が爆発炎上する。
頭部のセンサー群で探って見るがレーザーのような波長兵器ではない、
空気を焼く熱線兵器のように周囲を暖めている。
大光量のイオン兵器かもしれないが、ビクトリー号にダメージを与えるだけの出力を維持するにはそれなりの発電能力がいる。
あの兵器なら装甲が直接分解される。
ニアのメモリー上にない新兵器の可能性が高い。
「敵、それも連夜ではない」
ニアが周囲を警戒したとき、爆煙の中から、左右にダッチロールをするビクトリー号が現われた。
片翼を失い、切り口から炎と煙を吹き出していた。
「カチョー」
怪鳥音と供に全身黄色の羽毛に覆われた、黄色のクチバシを持つ男が擾雅に腕組みしながらニアの目の前に下りてくる。
足は猛禽類のように鉤爪になっていたが、上手に着地する。
唯一赤色に輝くモヒカンと、黒くて、厚くて、長くて、太いマユが印象的だった。
「私は鳥人間。イエローバード。ニア、貴様には生け捕り指令がでた」
ニアは無視してビクトリー号へ走り出した。
「恐れよ、怯えよ・・・、アレ。ちょっと、どこに行くの」ニアの背中に声をかけた。
「後で、聞くよ」少し振り向いて口にした。
「ふっ、ふっ、ふっ」肩を小さく震わせながら「ここまでコケにされたのは久しぶりだ」大空をにらんでから叫ぶ。
両翼を大きく広げてから、ニアめがけて飛び出した。
「無視するな、俺はガキのころから注目を浴びないと気がすまないたちなのだ」
飛びながら追いかけ、追いつき、そして耳元で叫んだ。
「うるさい」裏拳を顔面に叩き込む。
鳥人間イエローバードは体をくの字に曲げたまま、地面と激突した。
ニアは悪の秘密結社が使用している回線に電語入れた。
ニア個人は電波を使用するのに頭部にあるECM戦(電波妨害)用のアンテナを使用すれば良かった。
秘密結社はニアが足抜けした後も。
電話回線の使用料をNTTに払い続けていた。
情報通信となると『ロ-レライ』の専門分野のために怖くて使用しなかった。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではないし、デジタルのパケット通信なら、ともかく。無線のアナログ回線にハッキングできたとしても、『ローレライ』は話しをするか、FAXを送るぐらいしかニアにたいして出来なかった。
「全員無事ですか」ビクトリー号の内部にニアの声が届いた。
「今の所はだいじょうぶアリ」
「ニアサーン。ビクトリー号はダメアリ」
「くれぐれも組織をよろしくアリ」
スピーカーになってニアの声は全員に届いていた。
それぞれにマイクがついているらしく全員の声が聞こえた。結構混乱している。
「馬鹿野郎。
そんな物、頼まれるわけにはいかん。
俺があきらめてないのに、勝手にあきらめるな」強気で答えた。
「ニア。あなたの気持ちはありがたいけど、重力制御装置は反重力に転じるほどの出力は
あるの」アネゴは幹部を張っているだけあって、落ち着いていた。
「からくりは知らないが、出力の問題ではなく、車のエンジンのギヤのRとNとDの関係に近い、逆転をコントロールするソフトを乗せられるかどうか問題だ」
「400トンの機体を、接触状態にないのに」
反重力機器は近くにある物体ほど出力が少なくて済む、ニアの出力不足と記憶容量不足は結構、秘密結社の間では有名らしい。
「飛ぶ」
「へ」
「飛ぶしかない」
「飛べるの」アネゴは簡単に喜ぶことなく、冷静に聞いてきた。
「理屈じゃない、男にはやらねばならないときがある」
「そういう問題では……」
「博士の話だとイオン放出装置は推進力を持っている。……らしい」
「らしいって、アンタねー。自分の体ではないの」アネゴがあきれる。
「僕が行くまであきらめず、ダッチロールでも続けてくれ」
「分かったアリ」アリ人間が操縦桿を握っているらしい。
こういう所は相変わらず年功序列だな。
とにかくイオン関連で検索を始めれば『FLY』とすぐに見つかる。
「これだ」画面上ですぐにボタンをクリックした。
トンボのような薄い透明の羽が展開された。
左手だけでなく、同時に左足の物質精製装置が起動しているのを感じた。
ニアの背中に柔らかそうな翼が輝いた時、ジェットエンジンの爆風というよりは、周囲の木々を一度だけ押さえ付ける、力の波が周囲を走った。
「アレは、太陽風を常に受けながら加速する夢の光子力電子イオンエンジン。
来るべき宇宙開拓時代をになう、ワープ航法や異空間移動と並ぶ夢の無限加速エンジン。
開発に成功していたとは聞いていたが、こんな所でムダに使われていたのか。
いや無駄と言っては失礼か、もともとは総統の体か」強く打った全身を一度確認した。
イエローバードは、今度は有無を言わさずにニアを捕らえるため上空から鉤爪を広げて襲い掛かった。
しかし力の壁によって再度吹き飛ばされた。
コレはジェットエンジンから発するソニックブームと違い、見えないガラス張りの力の壁が激突したと表現する方が正しかった。
「きゃー、止めてー」悲鳴と共にニアがビクトリー号に激突した。
ゴンという鈍い音がコックピットまで聞こえた。
「ウワー、アリ」径人達が悲鳴をあげるほどの加速がおきた。
結社の誇る超合金の装甲にくっきりとニアの顔を刻んだ。
そのままビクトリー号が上昇する。
「何、考えているの、上昇しているわよ」アネゴが電話を手にして叫んだ。
「止めて」ニアの情けない声が聞こえてくる。
「出力を落とせ」アネゴが的確な指示を出す。
「使い方が分からない」
完全にパニックになっているニアの悲鳴がコックピットいっぱいに響く。
「落ち着きなさい、操作はウインドウズでしょ」
「はい」
「ウインドウズと言えば、大抵左隅のツールバーに、音声や出力の調整があるでしょう」
「本当だ」その返事が完全に終わらないうちに、再度自由落下を始める。
「何考えているの。落ちているわよ」
一度一息入れて座ろうとしたが、また立ち上がる。
「画面が急に切り替わる。微調整ができない」
「ソフトの基準値がアンタの体重になっているか、それとも、ある程度での重量で勝手に単位を切り替えるかするのよ。環境を変えなさい」
さすがは女幹部。怪人達よりはコンピューターの仕組みが分かっていた。
「環境。
この場合ビクトリー号の窓際に行けばいいの、それとも、翼のほうに行けばいいの」
ニアから惚けた返事が帰ってきた。
度し難いほどの馬鹿を一度でも信じた自分が馬鹿なのだろうかアネゴが自問した
「設定を変えるのよ。今度は左の上をいじりなさい」
怒りを抑えてどこまでも冷静に声をかけた。
「設定、設定、設定、わっ、いろいろ出てきて分からない、しかも日本語ではない」
ニアが悲鳴を上げた。ニアを作ったメンバーにはドイツ人やイタリア人も多かった。
「おまえなー。
今日び、独立開業した怪人なら、エクセルを使って『幼稚園児バス誘拐作戦』の見積もりと成功確立、今週の侵略目標指数に対する割合%と、貴・秘密繕社の利益率をインターネットで提出してくるぞ」
ニアに文句を言った。
しかし、事熊は少しも好転しない。
落ちたり、上ったり。
落ちたり、上ったり。
戦闘員は落ちる度、遊園地の要領で、黙って両手を上げていた。
「良くもおれ様を無視したなー」鳥人間・イエローバードが現れた。
「食らえ。羽手裏剣」
空中浮遊すると両腕の翼を左右に激しく振った。無数の羽手裏剣がニアに刺さって、爆発したが、強力な皮膚装甲を前に、少しも有効打にあたえていない。
「ぬう。これ以上放てば、俺が裸になってしまう」太いマユを吊り上げて自制した。
「アイツの羽手裏剣って爆弾なのか、体に爆弾巻いて飛んでいるアリ」
「なかなか、男気のある鳥アリ」
「アレは鳥類の王、サンダー○Oアリ」
ヤンヤ・ヤンヤと勝手な事を言いながら、アリ人間達が言う事を聞かなくなった操縦桿を右左と移動させてバランスをとろうとしていた。
「ニア。一度落下して1メートル手前で加速を止めて、私たちを放り出しなさい。
結社の誇る飛行繊。
多少のむち打ちの人間は出ても誘爆はない」
1メートル前で止まる事も出来ず自然落下した場合は派手に爆発する可能性もある。
「はい」ニアが出力を0にした。
「選択はこれしかなかった、他に選択肢はなかった」
アネゴが目をつぶり、自由落下を始めたビクトリー号の艦長席にしがみつき自問した。
「うわー、地面が見えるアリ」
「ホントにコレ、止まるアリか」
「馬(競馬)と一緒アリ。信じて信じぬいて追い続ければ万馬券アリ」
コックピットでは余裕のある会話が続く。
基本的にニアと怪人は誘爆が起きても死なないだろう。
「私が馬鹿だった。私が馬鹿だった」
目をつぶり、椅子にしがみつくアネゴは、強化人間である、五分の確立で死ぬだろう。
もともと戦車や変形ロボットを運ぶのに使われていた貨物室に、寿司詰めになっている戦闘員は百パーセント死ぬだろう。
すすり泣く声がする。
彼等の名誉のために、聞こえてくる言葉は表記しない。
ニアは地面がスレスレで、土がえぐられる程のイオンエンジンによる加速を見せた。
一瞬で自由落下が止まり、艦内は空中浮遊状態に入った。
作戦は成功した
「あいつの中にも計算機が積んであったのか」アネゴが安堵の息をした。
「ニア様、バンザイ」戦闘員達が口々に絶叫する。
「御免ね」
ニアが自分の体が上昇を行い始めたとき、ビクトリー号のポイ捨てを行った。
さすがは秘密結社が誇るビクトリー号、それぐらいでは誘爆を起こさない。
怪人や戦闘員がゾロゾロとハッチをあけて出てくる。
この程度の危機は『正義の味方』との戦いでもあったのだろう。
慣れているらしく、怪人は落ちている翼を拾いに、戦闘員は消火に当たった。
そして、アネゴは何もしない。
このヒエラルキーの徹底さは、中小企業の社長がみたら感涙物である。
「大回転クロスチョップ」
鳥人間イエローバードは両の翼でバッテンを作り錐揉み回転しながらニアに激突した。
体内にダメージはないだろうけど、ニアは吹き飛んだ。
木に激突したときは、背中に生やした翼が簡単に折れた。
その事で苦痛に感じなかったようで、服をチョイチョイと直すと、残った翼もすべて消した。
「無視すんじゃね」
「忙しかったの」
「オレの名を言ってみろ!」
「検索中、検索中、検索中」
「やっぱり知らない」
「だ、ダチョウマン」
ニアも凄く自身なさそうに口にした。
「てめえだけはゆるさねえ」任務の事をすっかり忘れて鳥人間が飛び上がった。
「カチョー」
怪鳥音と共にイエローバードは飛び上がった。
上空に飛び上がるとキリモミしながら鈎爪で襲いかかってくる。
ニアはイエローバードの足首を握って回転を止めると、野球のピッチャーのようなフォームで地面に叩き付けた。
「カチョー」
悲鳴をあげた。クルリと体を半回転させると同じ野球の要領で足首を離さずに投げた。足首を軸に頭の部分は160キロを超えて半円を描き、地面にめり込む。
「いい加減にしろ」握られてないほうの鉤爪でニアの手首を攻撃するが。
ニアにも手は2本あり、足首を握った。バンザイの要領で背中に投げた。
イエローバードの自慢のモヒカンが崩れ、後頭部が地面の中につっこむ。
「痛いじゃないかこの野郎。
放すなよ。
大空の戦場まで連れてってやる」1分間に160回羽ばたきするハチドリのように全力で羽ばたいた。
「おおおおおおおおお」
黄色い顔が酸欠で赤くなった時、ニアの足元がフワリと浮き出した。
「重カコントロール装置作動、3G」
鳥人間は凄い落下をし、地面の上で大の字になった。
「やっぱり、放して頂けませんか」
イエローバードは申し訳なさそうに口にした。
「飛べない鳥は」
ニアは放したが、逃げないように胴体を踏み付けた。
「飛べない鳥は」
鳥人間イエローバードが小さく語尾を上げて聞いてくる。
ニアは燃える拳を大きくふりかぶった。
「鶏だ」顔面を殴った。「コケコッコー」それが最後の言葉だった。
「鳥類の王かと思ったら、ただの名古屋コーチンアリ」近くにいたアリ人間が感想をもらした。
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