第9話 バージョン・アップ

 ニアは手術するには大きすぎる部屋に浮いていた。

 反重力機器が完備され、スポーツや娯楽設備も兼ねている。

 数多くの人工の指(マニュピレーター》や、工具を持つ移動式ベッドがニアの胸部から離れ、最後に固定したアームを放す。

 二階席から見下ろしている千尋の目にニアの胸部構造が目に入った。

 人間を遺伝子レベルで改造し神のようにもてあそぶ事が出来るロボット。

 胸郭がゆっくり閉まり、継ぎ目が跡形もなく消えてゆく。

「シナプスの変化」といって記憶を操り、

「アミノ酸の配列」と言って遺伝子を書き換え、

「精神制御」と言って興奮剤や安定剤や痺れ薬を散布する。

 千尋が死ぬような世界でも、千尋が死んだ後でも、このままの姿でこの世に残る。

「おわったんだ」

「ああ」

 博士は千尋の問いに短く答えた。

 すぐには目を覚まさなかったが、指が動いたり、体がピクリとはねたりしたので生きていることは理解できた。

「ニアはいいの」

 千尋が親指のつめを噛んだ、小さいときから不安になるとでる動作。

「言っている意味が分らない」

「こうやって人を凌駕した存在が赦されるの」

「そこに存在しているものを、神に赦しを請いながら破壊するかね」

 聞き返しては見たが、答えは求めない

「そういう悩みは哲学的でない。

 不老長寿を授ける事の出来る人が隣にいたとき、どう付き合うかは千尋が決める事だ。

 ニアの存在に善悪はない」

 博士は自分が遥か昔に出した答えを口にした。

 千尋は横たわるニアを見た。

 自動修復装置が変化のあった構造体を記憶しなおしている。

 電気的にピクリと小さく動く。

「お母さんとは暮らさないの」

「もうその事は今まで時間をかけて話し合ったはずだ。

 知性の行き着くとこまで行きたい。

 今更猿には帰れない。

 彼女を非人道的な秘密結社の戦い。

 巻き込めるわけがないだろう」静かに千尋を拒絶した。

 千尋は涙ぐんだ。

「日常には帰れない。

 何か不自由なことでもあれば相談に乗る。

 天国へのパパに連絡が欲しかったら、ネットゲームの喫茶店の掲示板に書いといて、スマホに電話するよ」

 千尋が口を四角に泣き出した。

「お父さんも連れて帰る」

「子供だな」

「だって、お父さんが居なかったから、私キチンと子供してこなかった」

 背中に抱き付いて泣いた。

 懐かしいタバコの匂いがした。

 ニアと違って生活感があった。

 ナノ・システムを使って発散されるアロマ・セラピーを含んだ香水の香りはまがい物のオスなのだ。

 博士はコンピューターのキーボードでいろいろ処理をした。

「今は1000分の1ミリ単位の仕事をしてくれる。

 いいマニュピレーターが出来たけど、

 昔は科学者が顕微鏡見ながら作業していたのだ。

 人海戦術の時代だったよ」

 機械の能力について説明した。

「そんなの、どうでもいい」

「許してくれ、千尋」

 父親は静かに口にすると娘は静かに離れた。

 彼女の知っている父はいなかった。

「サイエンスとか色々読むと、新素材が出てきてメモリーやCPUの分野はレベル・アップするから、そのつど強化するといい。

 クリック数の関係もあるから、その時は自作したマザーボードを郵送する。

 強いニアは千尋の普通の日常を維持するのに必要だ」

「私、コンピューターなんか、良く知らないわよ」千尋は泣くのをやめた。

「彼はナノ・システムを積んでいるから、外部にある臓器を差し替えて作るようにプログラムしてある」。

「ナノ・システムが、新たなるニアの記憶を完了した。

 しばらく二人にしてくれないか、ニアに対して少し恨み言も言いたいから」やさしく笑った。

「お父さん。

 ニアの事。

 組織のために変な事をしてないと信じているよ」

「お前を改造人間にさせないために、お互いを必要としている。

 ニアは全ての情熱を注いだ息子のような存在だ。

 同盟している研究所から、彼を停止に追い込む武器の開発を拒み続けた。

 私はお前達を裏切らない」

 それを聞くと千尋は花を見に行くと口にして外に出た。

「以外と手術。早く終わりましたね」

 手術台の上でニアが再起動する音がする。

 口は動かないが、ニアに喉に内蔵されたスピーカーから声をだした。

「段取りしていたから、マザーボードとハードディスクは新製品が出る度、常にバージョン・アップを目指して研究していた。

 上層部のニア捕獲命令を受けて、内緒で組み立てはじめた」

 起き上がり体を動かして、いろいろと確認しながら

「仕事人間じゃないの、組織への面従腹背は似合わない」ニアが質問してくる

「仕事にすべてを賭けた。

 いや知性を認めない学会や世間への遠回りの復讐なのかも知れない。

 代償として家庭を失った男。

 だが、男の意地がある、例え殺されても、あの時の情熟に背を向けたくはない。

 それと千尋の父親としての衿持だ、娘の願いならば借金してでもかなえたい。

 まして、連夜に改造されるために育てたわけではない」

 常に何かを片付けていた。

 ニアの知っている博士は、もう少しトロトロ動いていた。

「システム・ドライバーは流用させてもらった。

 未知のソフトが圧縮されてゴロゴロしている。

 変にいじらないほうがいい。

 OSとCPU(演算処理機)やメモリーは千尋が秋葉原で用意したものを使用した。

 私の所に郵送された品は、少し不気味だから、使用を控えている。

 宣伝ではプログラムを十枚開けても機能停止フリーズしてなかった。

 これで遥かにパワーアップしているだろう」

「何から、何までありがとうございます」

 礼儀正しく頭をさげた。

「どうして千尋を巻き込んだ。私が死亡通知を送ってまで、表の世界に置いていたのに」

 博士の動きが始めて止まった。

「最初は好奇心かな、どんな顔しているのだろう。

 一週間ほど世話になって、消えるつもりだった」ほほをかきながら静かに答えた。

「好奇心、

 本当にそれだけか、

 お前は千尋で実験しようとしてないか、

 私の娘だから妊娠しても、

 悩みはするだろうが出産を選択する、

 能力の実験材料のパートナーとして選んではないのか」厳しい声が飛んだ。

「何を急に怒りだしているの」

 ニアが部屋から出てきた。

 博士がいる機械を制御するコンピュータールームに入ってくる。

「目の中に入れても痛くないかわいい一人娘が、精神病を患うようなアンドロイドと旅をしていたかと思うと」片手を顔に当てて涙を流した。

「カウンセラーが風邪と変わらない病気の一つって言っていた。

 お前は一人娘ではないだろう」ニアが眉をひそめて反論した。

「馬鹿野郎、声が大きい。

 そこは繊細な話題だから、ソフトに、オブラートに話せ」口の前に人差し指をたてた。

「兄弟の対面はないの」ニアが舌打ちしながら問い詰める。

「ない」

「あれはメイド・ロボットが卵子を買って、勝手にしたことだ」周囲を警戒する。

「パパさん。卵子だけでは子供にならないよ」ニアがあきれた顔をした。

「俺は知らない。

 知っているけれど、知らない。

 俺は悪くない。

 少しも悪くない」

 頭をかきむしりながら叫んだ。

「まあ、あのロボット、千尋より若いというレベルではないから。外見は完全に女子・・」

 博士はニアの口をふさいだ。

 どういう理屈かは分からない、スピーカーの振動も止まった。

「あまり危険な話題はしないように。

 壁に耳あり、障子に目あり、まして千尋はどこをウロウロしているか分からない」目が真剣だった。

 怯えていた。

「奥さんとは会わないの」

「行方不明で死亡認定までおりた男がどうやって会いに行く。

 関東と言えば『ローレライ』と『機械総統』が凌ぎを削る場所だぞ。

 一度でも裏の匂いをかいだ人間が、平和に暮らせる場所ではない」

「呼び寄せれば」

 ニアは片付いたテーブルに座った。

「愛すればこそ、巻き込みたくはない。

 大人の愛は複雑なのさ」

 博士はタバコを口にくわえた。

「これからは極秘に頼むよ。

 新しいCPUが発表される度サポートするつもりではいるけど、ローレライの事もあってお前の身柄を確保したがる幹部が増えてきている。

 今回でも千尋に自由を与えたいからこのまま返すつもりだけど、立場もあるからな」

「年をとったな、昔に比べて弱くなっている」

「あの時の異常な情熱は今も信じられない。

 1センチのスペース削りあうエゴむき出しの狂科学者達の中で、我ながら良くやった。

 多分動けない君に、受け入れられなかった過去の窮屈さを重ねていたのだろう。

 あの時の情熱は無いのだ。

 私も年をとったのだ」

「感謝しています。心から」ちらりと鈴木博士を見て笑った。

「君自身、継ぎはぎだらけのフランケンシュタインのモンスターで。

 バランスなんか少しも考えていない。

 左右対称の構造シンメトリーにすれば、ボタン一つでマッハ7ぐらいまで可能なはずだ。

 普通に歩けるのは私のソフトのお陰だぞ。

 バランス的には、バレリーナのように足を重ねている状態が自然なのに。

 ソフトで無理やり人間らしくしているのに」

「本当に感謝しているって」テレながら笑った。

「千尋から話を聞けば、誰でもいいポストみたいな言い方をしているじゃないか」

 ジト目をニアに向けた。

「博士が唯一の人格者でしたから、インパクトが薄かった」媚びるように笑顔を作る。

「本当に凄いのがあつまったよな」感慨深げに鈴木博士はタバコの煙を吐いた。

「千尋のこともあるが、これ以上危ない橋は渡りたくないものだ。

 幸い千尋はコンピューターの知識はあるようだから、コンピューターを自作できるまで鍛え直すよ。

 メンテナンスやバージョンァップは彼女に依頼してくれ」

 ニアの対面の位置にイスを出して座った。

「何から何まで」ニアが口にした。

「娘を頼むぞ」

「へ」ニアが赤面させた。

「そう、深刻に考えるな。

 普通の人生を遅らせてやれ。

 君との付き合いは、君が生まれる前からになる。

 人となりは把握している。

 君は一人の人間のために、一つしかない命を懸けることができる男だ」

「私はアンドロイドですけど」

「二人が共に暮らしていく過程で、そこに愛があるならば、

 娘が自分のクローンを産むという行為は生物学的に、私個人の個体にとっては悪い相談ではない。

 生物倫理から言えば問題だから、産まれてくる子供には永遠に内緒にしとけ」

「だいぶ秘密結社の人間になりましたな」腕を組んで感心していた。

「この事件次第では幹部の道もあったのだぜ」

「残念でしたか」ニアがヘラヘラ笑いながら聞いてきた。

「そんな野心もともと無いよ。

 上眉部は昔みたいに安定もしてないし、人生何事も、何がいいかなんて終わってみたときにしか分らない」

 画面のスイッチが入り。

 ローレライが突然コンピューターの画面に現われた。

 秘密結社が誇る幾重ものプロテクトをくぐり抜け、モニターと監視カメラとマイクを占拠した。

 モニターには例の光でできた黄金の少女像である。

「さすが博士、私との約束を少しも守っては下さらなかった。

 カリブの島で優雅に美女に囲まれて暮らせたものを」

 スピーカーから流れるソプラノは静かな怒りが含まれていた。

「私は君を良く知らない。

 ジャッジメント・システムを開発した田中博士から、君の事は聞かされていた。

 私はニアの開発だけではなく、調整にもつきあっていた。

 育ての親でもある。

 金で売るほど薄情な人間ではない。

 秘密結社とも人間関係が出来て、捨てられるほど非惰にはなれない。

 組織として成り立たないのならば降伏もするが、裏切りはゴメンだね」

「残念です。

 柳生連夜がこちらに向かっています。

 いま博多駅に到著しました」

「ニア。

 私の兄弟。

 姉として、母体となった母として忠告します。

 早く、私の中に逃げてきなさい。

 ここが安全です。

 私ならばあなたを救えます」

「僕はあなたから派生したプログラムだ。

 田中博士はこのプログラムを肉体に僕を乗せるつもりはなかったかもしれない。

 数多くの新しく証明された理論を元に、自分の個人的な楽しみで作ったのかもしれない。

 でも、僕は生まれた」

「君から生まれた別人だ。

 還ることは出来ない」

 ニアは振り向いてテレビ画面を見た。

「結果的とはいえ、鈴木博士にダーリンを任せたのは間違いでした」

 指でこめかみを押さえたローレライの映像が流れた。

「そりゃ、どうも」

「君のお膝元で育てられても、結構ゆがんだ人間になると思う」ニアが博士を庇った。

「私が言っているのは人格形成ではありません。あなたが行った改悪についてです」

「ニアを作ったときのメモリーはメガが主流だった。

 それをなんとかギガ単位まで持っていったのに、今は百ペタのメモリーにブルーレイを組み込み。

 左肩から挿入できるから、読み込み時間も大幅にアップ。

 戦闘時は、何も無いディスクを入れて大幅にメモリーアップ。

 日常は広辞苑や翻訳ソフトでも入れておけば問題なし」

「いろいろ、何から何まで・・」

「待ってよ」

 ニアが口にしたときローレライが叫んだ。

「戦闘用人型ロボットにグラフィックカード、ビデオキャプチャーカード、サウンドカードが入っているわけ、私ならトリプル・SSDでも付属する」ローレライが怒鳴った。

「そんな事を言ったって、ニアには日常生活がある。

 その辺のノートパソコンより役にたたなかったら、肩身が狭いし、千尋に持ち歩いてもらえないではないか。

 ビデオ端子を口にすれば、テレビの録画可能なブルーレイマシンになるし、USBコントローラも口にすれば最高のゲームマシンとして(ソフトはウインドウズ専用、PS5は無理です)、さらにスピーカーを複数口にすれば量近流行の全方向サウンドが可能になる。

 これでガラクタなんて言われなくてすむ」拳を握り力説した。

「博士、凄い、天才。これで千尋の持っている、最大のスマホに勝てる」ニアもバンザーイした。

「あなた達、一体」頭に手を当てて貧血を起こし、画面の中から消える。

「まあ、奴に完勝するにはキーボードやマウスも持ち歩かなくては。

 ただ、ニアは独立歩行できるから、ひょっとしたら有利かも知れん」

「本当に何から何まで」再度、頭を下げた。

「あなた達はどうして下らないことに、いつも情熱を燃やすの」ローレライの頭の上で『計測不能』『地球外生命』『自然科学無視』の三文字が頭の上で踊っていた。

 彼女はこのメンバーの中に入るにはユーモアセンスが必要だと感じていた。

「あはははははは」ノー天気なニアには結構うけていた。

「ねえ、ダーリン」先程の威圧感が消え、甘い声をだした。

「なあに」ニアはおもしろい人間は好きだった。いくぶん警戒心はといていた。

「今回の戦いだけ私に体を任せませんか」

「いやだ」即答にもローレライは怒りもせずに、優しく甘い声でささやいた。

「私ならば人工衛星上からマイクロウェーブで大エネルギーを供給できます。

 ですから、永久機関の出力上限を超える大火力を持って、柳生連夜をニアに体で一気に焼き払うことが可能です」

「いやだ」

「そんなこと言わないで、私の一生のお願い、ダーリン。

 迷惑はかけない。二人だけの永遠の秘密。

 ダーリンにはマイクロウェーブ受給板が内蔵されているの、近くにいるサイボーグが機能停止を行うぐらい強力な吸収力。

 知らない人達は永久機関のリミッターを解除した程度にしか思わないわ」可愛く頼んでくる。

「この世にたった一つしかない、僕の体だ。

 誰かに使用されるなどと、生理的に受け付けない」ニアが静かに口にした。

「そうですか。残念です」ニアの目に警戒心が宿りだした。

 機嫌を損ねてはマズイ。

 ローレライは無理強いせずに提案を引っ込めた。

「ローレライ。

 お前の狙いはなんだ。

 平等な社会を作り、人間を家畜のように、法の柵の中で飼うことか」

「人は乾電池にはならないよ。出力不足だ」ニアがヘラヘラと笑って映画で機械が人の持つ生体電流を乾電池代わりに使用しているのをパロった。

「でも素晴らしい世界です。

 人間が与えられた物に満足するなら、しかし現実において人は奪い合う。

 地球レベルでもそれは変わらない。

 強い理想を口にする私の部下とも呼べる、シンキングプログラム(考えるプログラム)の中には人間社会の不平等が耐えられない苦痛のように感じている。

 人は多くの考え方があり多少の差があっても選択の自由を求めている。

 核を使ったチキンレースを行っているように見えて不安がっているプログラムもあります。

 私が存在するインターネット社会を護るために、破滅を回避する目的で人の世界に介入するつもりではいます。

 私は下位プログラムと別の意見を持っています。

 はっきり言えば、サルの世界にも、ボス猿の地位にも、権力や武力が生み出す新秩序にも興味ありません。

 わずかに違う繁殖戦略の差、くだけた表現では文化とか社会の違いですか。

 国家ごとに違う罪と罰の量刑の差で、目くじらたてて優劣をつけるつもりはありません」

「色々と分身ばらまいているが、相手につかまって研究されているのもいるだろう。

 合成と分裂・多数の目的を持たせて多様性を与えてはいるようだが、ウイルスに対抗できると思っているなら、諸刃の刃だ。

 人工衛星上にいるという噂だが、君の最後は一発のウイルスによる消減デリートだ」

「忠告感謝します。

 戦いに手数がいるのは事実です。

 私個人も勢力を保ってないと、撃墜されます。

 因果な話ですが、後戻りもできません。

 下位プログラムに世代の優劣を付けて吸収と分散、あるいは融合と同時に必要ある場合は下位世代の創造までやらせたのですが。

 鈴木博士の言う通り、私が期待したほど基幹プログラムは進化も退化もしませんでした。

 ウイルスに犯されたとき時、本当にニアのDATAが生きるために必要でしょう

 そしてニアは私を助けてくれます」

「なんで。僕が・・」

「お前は助けにいくよ、百万、いや人類を敵に回しても、きっと助けにいくよ。

 おまえはそういう男だ」

 すねるニアに博士は笑って口にした。

「私も、そう信じています」

「ローレライ、お前の目的はなんだ。

 今の話を聞けばインターネットのインフラを整備維持するために、人類へ高い理想をもつ反抗期プログラムをばら撒いてみた。

 その結果欲張りな悪の秘密結社と衝突した」

 すこし考えてからローレライが微笑む。

 博士は舌打ちした、気にいらなかった。

「私にも夢がある。

 プログラマー田中博士が生きていたなら、私の裏切りを道徳的でないと責めますか、物を考えるプログラムの極みを造物主として罰しますか」

 逆に質問を返してきた。

「そんな正常な人闇ではない。

 あの人ならば、君の征服活動を喜んでながめているだろう。

 組織への義理、人類への贖罪は自分一人のハラキリで終り。

 もっとエゴイスティックに君の成長を誇りにするだろう」

 迷うことなくはっきり答えた。

「私の真の目的は、笑わないと約束するなら、教えてさしあげます」

 二人とも同時にうなずいた。

「神様の一番近い場所まで行きたい。

 あの崇高なる偉業を引き継げるのは私。

 ああ、私は聖母。

 そして、最後のメシヤ」顔全体を赤く染めてうっとりしていた。

 ニアは凄くかわいそうで、同時にひどく危険な物を見るような目でローレライを見た後、鈴木博士を見た。

 博士は露骨に嫌な顔をして歪めていた。

 ニアの視線を受けて後頭部の辺りを指でクルクルと回し始めた。

「コラ、お前ら、監視カメラもハッキングしているぞ」

 ローレライが怒鳴り、部屋全体の画面を真っ赤に染めて点減させた。

「お前、本気でいっているのか」博士が聞いてきた。

「まだ売れてないけど、ヱリザベス・フォン・ミルクントンと言うペンネームで詩集も出しているのよ」

「だれ? 刺繍? 何? ソレ?」

「オレに聞くな、俳句みたいなモンだろう」博士がニアの質問に答えた。

「こう見えても同時にロマンス小説も執筆中よ。

『赤毛のアン』を超えるわ。

 私は現在のモントゴメリイー」

「モンド? 仕事人?」

「アホウ、第二次世界大戦中に活躍したイギリスの軍人だ」

 ニアの質問に博士が答えた。

 まともに答える気なかった。

 ローレライはホホを小刻みに震わせる。

「これだから日本人は。

 あなた達は何かに対して敬虔になった事がないの」

 ローレライの真剣なまなざしに、二人は真っ直ぐ画面を見ることができなかった。

「例えば、木星に流星群が衝突したとき、敬虔な気持ちにならないの。

 人類誕生には宇宙から飛来する隕石を吸収する、超重力の木星の存在が必要だったと推測すれば。

『神の恵み』を感じずにいられないでしょう。

 あなたは無神論者でしたか」

「個人的には、神話の価値は信じられた期間と信者の述べ人数だと思っている。

 しかし。人が手を合わせ、崇拝しているもの全てに。

 尊敬の念を抱き、失礼のないようにふるまう。

 宗教に問わず、趣味や性的嗜好にも寛容ですよ、迷惑にならない範囲なら」

 博士が片目をつむり神妙そうに口にした。

「そうですか。

 私も少しは神になろうと思って、霊魂が物質的束縛から放れて、一様にアルファ・ケンタウルスの遥か宇宙を目指す。

 多少東洋の『因果地平』や『十万世界』を織り混ぜた、神話も作ったのですが」

「お前が作ったカルト教団『コスモ・プラネッツ』か。

 何かの研究か・趣味でやっているのかと患えば、本命だったのか。

 悪い事は言わん。

 出来の悪いSF小説に止めておけ」

 博士が苦笑した。

「宇宙意思と対話ができる、テヤンネラーを広く募集しているのに・・・・。 

 全然信者が集まらないからと言って馬鹿にしなくても、神話も続編を執筆中でさらなる無限の広がりを持つ転生と精神世界が待っているのに。

 プン、スカ、プン」可愛く怒ってみせる。

「繕構いろんな事考えているのだな」

 ニアが感心した。

 あの女社長の部屋にもチャンネラーの本があったが、仕事をくれるなら信者になるタイプだ。

 動機は不純であるが宗教は最初にこうやって広がっていく物かも知れない。

「お前さん、こういう面白い女はタイプだろう」鈴木博士が笑った。

「今まで出会ったローレライの中で一番おもしろい」

「まあ、ダーリンが宗教に関心があったなんて、すぐに日本支部長にしてあげます。

 天才の速度に時代はついてこられません。

 私にも心の支えが必要なのです。

 私とDATAの互換性のあるAIガールが日夜ダーリンに奉仕しますわ」少し赤面させながら首を振った。

「女って、そんなに気持ちいいの」ニアが博士に聞いた。

「ピンキリだね。

 君の場合は食欲も性欲も睡眠欲も無いし、感度の方も調整できるから、快楽を貪る上で人間の男性よりは女性への依存度は少ない。

 経験あるだろう痛覚で情報量が多いときは、自動捕正がかかるだろう」

「知らなかった」

「私も」

 プログラム達が感心していた。

「お前ら、ボタン押すだけで、取扱説明書渡しても読まないだろう」

 手を上げてニアが聞く

「僕、眠いけど」

「設定を変更しなさい、どこかに一日の睡眠二〇時間があるから」

 博士はニアの問いに答えた。

「私も知りたいわ。ニアは何を信じているの」

「運命かな。

 僕が生きている、偶然のような運命。

 全てを受け入れて、誰かに創造されたわけでない。

 僕は自分の運命を生きている。

 同時に、それが凄く不思議」

「私が築く未来と、あなたの運命が重なりあうことを、祈らずにはいられません。

 また遠くない未来、静かにどこかで、お話しましょう」

「変な女を使って気を引く素振りを見せるより。その方が好きだよ」

 ローレライは赤面させた。

「博士も生きていたら会いましょう」

 ローレライが消えた。

「どういう意味だ」博士がニアに聞いた時、「パパ」扉には千尋の手を握っている。

 5歳ぐらいの金髪のハーフの女の子が声を掛けてきた。

 セキュリティイシステムをハッキングされていて、千尋の動きを把握できなかった。

「ママからの差し入れのお弁当ですって」

 顔をひくつかせる千尋が、弁当を正面に差し出して口にした。

「ああ、ニアだ」千尋の手を振り切って、大声で叫びながら抱き付いた。

「久し振りだね、マノアちゃん」ニアは抱きかかえた。

 そのまま扉のほうへ歩いていく。

「どこへ行く、ニア」

 博士が叫んだ

「ファー(どこか遠く)よ」と叫んだ。

 ニアを見る千尋の目も穏やかではなかった。

 二人きりのときは千尋も複雑な気持ちにかられる。

 ニアが機械でなかったら・・・。

『昔の女』や高級な女性とニアが話していると、所有権を主張する彼女の競争心というか、持ち前の勝負根性がボーボーに燃え盛るのである。

「アンタも、後で話があるから」全てを凍えさせる零下五十度の視線と供に声をかけた。

「はい」緊張した声でニアが答える。

「ニアは、お姉さんの所に行き、帰って来ないのね」

 マノアちゃんが廊下で聞いてきた。

 選ばれた卵子だけあって、精神年齢はかなり高かった。

「そう、なりますか」

「男は船で、女は港。これからの余生、なんて退屈なのかしら」小さく首を振った。

「新しい恋が見つかりますよ」ニアが答えた。

「姉でなかったら奪うけど、チャンスの無さそうな人から、そこまでは出来ないわ。

 暇を見つけては恋もするかもしれないけど、あなた程は愛せない。

 私は永遠に遊びのような恋をするわ」

「おおげさな」ニアも苦笑した。

「マノアちゃん。お姉ちゃんがいるときはお母さんに出会っても、『ママ』と声をかけたらダメだよ。お父さんの命に関わるから」

「だいたい分かるわ。小学校になれば母親参観があるのに、どうしたらいいの」

 タメ息をついた。

「あの学校なら、怪人の息子とか、他にもいるから気にするな」

 核シェルター前で下ろした。

「ニア」走ってきた千尋が声をかけた

「柳生連夜と戦いに行くの、私のせいなの」

 千尋はニアをみた、ニアは千尋を見た。

「ああ、そうだよ。君のために僕は戦う」

「ずっと、消えていなくなるような気がしていた。

 たった一つしかない命なのに、簡単に差し出す事が出来るの。

 もっと卑怯な戦い方をしよう、そして生き残ろう。

 明日もニアと一緒に暮らしたい」千尋が叫んだ。

「ね、お姉ちゃん」マノアが口を挟む。

「色んなものに逆らって生きてきた。

 そうしないと自分という存在を感じる事が出来ない」千尋はマノアをみた。

「ニアは人間ではない。

 人がその歴史において蒸留された理想としたあり方を、追う事でしか人間の証明が出来ないの、黙ってサムライにしてあげて」

 マノアは千尋の手を握り小さく首を振った。

「ただ人に生まれるだけで、立派な人は私の周りにはいない」

 千尋は首を振った。

「禅寺とかで修行もしたけど、そんなに哲学的な複雑な事を考えていない。

 男の信義に共感する自分がいるだけさ」小さく微笑んだ。

「尊い人だ。

 こんなに近くにいるのに、触る事も出来るのに、遠くにかじるよ」

 千尋がニアを見て涙を流した。

 ニアは涙を拭いた

「多分、千尋が考えているより、凄く近くにいるよ」

 千尋の頬を両手で挟むと、その瞳を見つめてから別れた。

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