第8話 試練

 やたら尻のでかい漆黒のポルシェに乗って熊本方面に走らせた。

 助手席に座る千尋からローレライについて質問を受けた。

 性的な関係はない事から告白する。

 彼女の手引きで組織を脱出して、大阪の方でイブ・ローレライがロボットアームまで完全に支配する工場に来ると、解体されかけた。

 追っ手としてきた蜘蛛男と死闘を繰り広げた。

 その戦いのさなか重傷を負ったローレライを治療して、寝ている間に施設の整った病院に預ける。

 しばらく北海道をウロウロしていた。

 熊本の市内に来ると土地勘が働きだし、郊外に車を向けてしばらく走らせると、色とりどりの小さな花が咲き誇る。

 清潔そうな工場に入ると、ゆっくりと周回したあと、来客用の駐車場に向かい、車を止めた。

「到着」ニアは助首席の千尋にウインクした。

 千尋が降りた目の前に前部が丸く膨らんだ、不格好な飛行機がある。

「ナニアレ」千尋が指差した。

 両翼が地面に対して直角になっている。

 翼からジェットエンジンの噴射口が見える。

 千尋が言いたいのは垂直に降りる超技術の話ではないだろう。

 千尋が必死に指をさしているのは両脇に描かれている、Vサインをした擬人化されたアリンコの絵だろう。

「アリンコ四天王も来ているのだろう。

 向こうは関東で活躍していたから。

 僕はこの辺の人間だったから、でばっても福岡だから。

 あれは地下抵抗組織『正義の味方』が震え上がったビクトリー号だ。

 もう少しビビってやれよ」ニアも車から降りてきた。

「ビビろうにも。

 無免許で高速を飛ばしてきたポルシェよりインパクト薄いし。

 大抵やっても驚かないよ」千尋が笑った。

「千尋がオートマでしか免許取ってないから悪い。

 僕だってゲームでしか運転したことはなかったのに」ニアが住民票などもっているはずないが。

 エンジンのかけ方も分らない千尋よりはマシだし。

 関東で免許は取ったけど渋滞だらけ、地下鉄を利用したほうがいいと計算が働きペーパードライバー。

「ニアさんアリ」黄色いドカヘルをかぶり、機関銃を模したレーザー光線を両手に、アリンコ四天王の一人が近づいて来た。

「四天王さん」ニアは小さく手をあげた。

 気は小さいが基本的におおらかな男である。

 昨日の敵は今日の友。

 それぐらいの度量は見せる。

「良かったアリ。姉御と出会う前に会えて…」。

「何かあったの」

「大アリアリ」

 千尋は漫才している場合かよと思った。

「溺れて入院した奴以外は、ある程度、動員かけたアリ。

 姉御が正常じゃないアリ。

 立ち話も何だから休憩所に行くアリ」千尋とニアはアリ怪人の後ろをついていった。

 休憩室はクーラーがかけられて、戦闘員がゴロゴロして週刊雑誌、漫画、スマホをしながら過ごしていた。

 一人だけチラリと目をあげた。

 しかし無言のまま漫画を読みだす。

「ヘルメットにプリクラを貼っているアリ」棚の中からヘルメットを一つ取り出した。

「オレ、バイトです」スねたように答えた。

「構成員であろうとバイトであろうと関係ない。

 内は、茶髪禁止、ピアス禁止、備品に落書きは禁止、ちゃんと剥いでおくアリ」

 ヘルメットを渡して小言をいった。

「今から、お客さんと話があるから、別の休憩所に移動するアリ」

 みんなゾロゾロ黙ったままでていく。

「ヘルメットは命アリ。

 武器は必ず携帯するアリ、外に出るときは戦場と思い、体を緊張させるアリ。

 それから廊下では、くわえタバコは禁止アリ」

 一番後の奴がアゴを突き出した。

 返事をしているつもりらしい。

「最近の若い奴はアイサツもろくにできないアリ」

 ブツブツ文句言いながら、紙コップにコーヒーを入れた。

「あっしが若い頃『中卒は金の卵』と言われていたのに、みんな怪人に憧れたアリ。

 今はバイトの中から使えそうな奴、探さなきゃいけないアリ。

 見所のある奴はわずかな才能を鼻にかけて改造手術を受けた後は転職トラバーユして、独立してから好き勝手に任務を請け負っているアリ。

 本当に必要なときは腹が痛くなったとかいって休むアリ。

 何かに感謝した事のない人間アリ」コーヒーを配った。

「そう言うなよ。昔とは育った環境が違うんだ。若い奴等なりに一生懸命やっている」

 ニアが若者を庇った。千尋は話に参加しにくい、彼女自身が問題児だったからだ。

「そうですか。あっしには少しも一生懸命に見えないアリ」コーヒーを手にして座った。

「僕もね、働き始めて2年目でね。

 ちょっとノイローゼになってね。

 余剰メモリーがあるのに、目が見えなくなってね」ニアは受け取ったコーヒーを眺めた。

「エッ、アリ、そうなのですかアリ」

 アリ人間が鷲いて口からコーヒーを放した。

 千尋は診察した奴が凄いと思った。

「あの隣の棟の2階にカウンセリングルームがあってね。

 カウンセラーの人に2か月程度カリキュラムを組んでもらったことがある。

 僕らの年代は空襲があった頃のように、人の生死を経験してないから。

 なかなか馴れなくてね」

 ニアは部屋を指さした。

 千尋は考えるのをやめて、さされた部屋をながめた。

「期待された優等生はつらいアリ。

 あっしの若い頃なんざ現場の行き帰りはコレばっかりアリ」ひづめのような手でクイクイと器用にマージャンの牌をめくるしぐさをした。

 戦後ノンポリと言うか、政治活動しなかった連中の間で流行していた。

「昔の人はタフだから」ニアが過去を思い溜め息をついた。

「うたれ弱いと言えば、姉御もアリ。

 大将が生きている頃は戦闘員に気配りされていたけど、柳生連也に殺されてから、復讐の鬼になってしまったアリ」

 グッとコーヒーを飲み干した。

「こんな所で柳生連夜なんかに関わるよりは、地元で『ローレライ』のアンドロイドに備えるべきアリ」クシャリと紙コップを握りつぶす

「大将が死んでつらいのは、自分だけだと思っているアリ」少し涙ぐんでいた。

「ここだけの話アリ。

 あっしから聞いたことは内緒アリ。

 姉御、大将との間にできた受精卵を冷凍貯蔵しているアリ」

「エッ」ニアも口につけたコーヒーを放した。

「産む気が無いのなら、代理母でも雇えばいいアリ。

 改造だって腹部の筋肉の鉄線抜いてから、緩められるようになっているアリ。

 強がって刺し違えると言っているけど、本当は産みたいアリ」アリ人間は鼻水まですすりだした。

 人のいいニアは真剣に考え始めた。

「何を悩む」千尋は口にしなかった。

 組織論には詳しくないが、こんなに上下がバラバラでいいのか、

 総理大臣になれるはずだった車椅子の老幹部、

 恋人を殺され復讐鬼となった娘、

 昔を懐かしむ中間管理職の怪人、

 ヒョロヒョロした掴み所のない戦闘員、

 独立採算制を標榜する完全に縦割り社会の研究所。

 攻撃を受けているけど、長くはないだろう。

「説得してみるよ」ニアが口にしたとき、千尋は天を仰いだ。「自分から手椥足椥をして、どうするつもりだ」心で叫んだ。

「本当ですかアリ」アリ人間の顔が輝いた。

「ああ、乗りかかった船だ」いつ乗ったのか分らない。

 ニアが簡単に仕事を請け負う。

「こっちアリ」アリ人間が立ち上がり案内しようとした。

「待ってよ。お父さんに先に合わせて」さすがに千尋が吠えた。

「こちらの欲求を拒んだ分けではないアリ。

 ニアさんの体に爆弾を仕掛ける話ですが、『メモリーがプツプツ』と専門的な話をして、

 ノラリクラリと時間を稼いでいるアリ。

 研究室で何かしているけど、専門的なことはさっぱりアリ。

 姉御もイライラしていたアリ」

 ニアも複雑な顔をする、自爆する役目を背負わせる気らしい。

「先に会わせてよ、改造の方すませたいから」千尋が断固とした口調で言った。

「こりゃあ、気が利かなかったアリ」アリ人間が後頭部をかきながら答えた。

「先に案内しますね」研究所棟に先に向かうことになった。

「殺された大将の名前は、ケイ子さん(アネゴ)の婚約者の名前は」

 ニアがアリ人間の後ろから歩きながら聞いた。さっきから一人で考え事をしている。

「一度作戦で一緒に活動したろう。マナブアリ」

 幹部だったのだろう、少し怒って答えが帰ってきた。

 ニアはアゴの辺りに拳を当てて一人で真剣に考えている。

 研究所の前の戦闘員二人がタバコを吸っていた。

「コラ、タバコは喫煙所だけアリ。

 ワイドショー・マスコミや住民パワーで、閉鎖された研究所もあるアリ。

 少しは末端のことも考えるアリ。

 政治家の先生の力も弱くなったアリ。

 マスコミ株はローレライに持っていかれたアリ。

 一致団結して、スキのないように、

 笑顔で工場周囲の清掃もしているアリ。

 バカモンアリ。

 全部台無しにする気か、アリ」コツン、コツン。

 二人とも殴った。

「すみません」小さいが返事が帰ってきた。言い訳しなかっただけに見所があるか。

「鈴木博士は中にいるアリ」

「いいえ」

「飯でも食いにいったアリ」

「姉御が連れていきましたよ、縛っていましたから何かあったと思います」

 三人とも静かにお互いの顔を見合わせた。

「どこに連れて言ったアリ」

「体育館ですかね、地下は東京と一緒でトレーニングセンターになっているのかな」

 くだらない話をしてくる

「そんな事知らないアリ。体育館アリ。急ぐアリ」

 アリ怪人を先頭に三人が走って、体育館の扉にはりついた。

 映画でも上映しているかのように2階の窓まで黒いカーテンがひかれている。

「おりやー」

 千尋が蝶番やカギを強引に引き千切りながら両開きの扉を最大限開放する。

 暗黒の体育館の中、まぶしすぎる光と千尋の人型の影と同時に明りがさした。

「お父さん」千尋が叫んだ。

 その瞬間ステージのライトがつき、椅子に縛られた鈴木博士の姿があった。

 口にはガムテープをしっかりはめられ、首を左右に激しく振るが声を発することは出来ない。

 両脇は四天王の残り二人が立っている。

 恐れることなく千尋は駆け出す。ニアは千尋の右手に、案内してくれたアリ人間を左側に率いる形になった。

「動くな」

 アネゴの声が響いたとき、ニア達は体育館の中央でピタリと止まる。

 ステージの右側にスポットライトがあたると、乳房だけを隠した赤い革制の防具をはめ、太ももが完全に露出したジーンズを履き、へその下の留め金ははずれピンクのパンティがワンポイントで覗かせていた。

 社長椅子に腰かけて、ふくらはぎまで完全に覆った革靴の足を組んでいた。

 昨晩ニアがしびれ薬を使った政治家の娘である。

「久し振りね、ニア。昨日会ったとは思えないほど、昔のように思えてくるわ」

 手にしたムチを左右に引っ張った。

 乾いた音が体育館をオンサのように響いた

「姉御」

 力のない声だがはっきりと響いた

「お嬢様と呼べ」

 今までの全ての人間関係を否定するかのように、はっきりと口にする

「お、お嬢様。

 これは一体、何のマネアリ。

 博士は身内の人間アリ。

 傷つけあって、どうするアリ」昆虫仕様の複眼から一筋の涙を流した。

 その涙を否定するかのように抵抗できない鈴木博士にムチをふるった。

 博士はイスごともんどりを打って倒れた。

 胸ははだけて一筋の赤い痕が走り、一筋の血が流れる。

 博士のガムテープの下の呼吸はちぢ乱れ、頬は紅色に染まり、股をきつくしめて、自由にならぬ体を小刻みに動かし必死に耐えていた。

「なんか、うれしそう」ニアが千尋に聞こえないぐらいの小さな声で口にした。

「私に意見とは偉くなったわね」優しく口にした後「17号」と怒鳴りつける。

 その後はドクター・スズキの両脇にいるアリ人間を見た。

 左のアリ人間が左手をあげた。

「上司の命令は絶対服従アリ」

 右のアリ人間が左手をあげた。

「怪人は意見を持つべからずアリ」

 ほくそ笑みながら17号に視線を戻した。

「こら、コスプレ女。お父さんを返せ」ニアの背中隠れて叫んだ。

 千尋も知恵がまわる。

 自分より強い事が分かっているパラノイアと正面きって戦う気にはなれなかった。

「変わられたアリ」

 流れた涙を拭いた、そして乾いた。

「昔のあなたは、決してそんな事言わなかったアリ」

 小さく首を振るが、全ての関係を戻そうとしている。

「時代が変わったのよ」視線が遠くにあるように見えない。

 もっと近く、自分の心の中、一つの感情を満足させるために、判断と行動を正当化させている。

「生き方を時代のせいにしてはイケナイ。

 時の流れにあがらうのも、大切な人間の条件アリ」

 多くのもの赦した事のある人が、世の中の構造ではなく、人の心に語りかけた。

「何を青臭い事を言っているの」

 アネゴは始めて視線をそらした。

「あっしは人生の達人にならなくていいアリ。

 生きるのが下手だとイケナイ。

 これは良くない。

 でも不器用なのは調度いい。

 このくらいで調度いいアリ」静かに笑った。

 鈴木博士の左脇にいたアリ人間が、女幹部の正面までいくと涙を流して土下座をした。

「姉御アリ。

 元に戻って下さいアリ。

 オヤジは総理大臣になれないと分かった今、すっかり気落ちして、病気にまでなってしまったアリ。

 大将も死んで、姉御までおかしくなったら、戦前からある由緒正しい組織が持たないアリ。

 柳生連夜はニアに任せるアリ」

 大きな体を小さくしてから震わせて、我慢できなくなった大粒の涙をこぼれる。

「黙れ。姉御と言うな、お嬢様と呼べ」

 叫びながら立ちあがり、うずくまった怪人に鞭をふるった、そして、今度は電流が流れた。

「ぎゃああああ、アリ」

 暫く骨と光が交錯した後、ゴロゴロと転がって動かなくなった。

 シューと煙をあげている。

「酷い、仲間だろう」

 千尋がニアの前から一歩足を踏み出した。

 アネゴの瞳の中で黒目の部分が小さくなり、千尋を眼中にとらえた。

 自分の言う事を聞かない人間がいる。

 千尋もその中の一人だった。

「お前に何が分かる」短い問いを聞き、千尋はニアの背中に隠れた。

「いつもの威勢は」ニアに問われると「ちょっと、モノホンすぎるぞ」と答えた。

 煙の出る仲間に駆け寄った。

 右に立っていたアリ人間が天に慟哭した。

「大将の下で最初に指揮を取ったとき、怪我をしたあっしの右腕の包帯すら、自分の手で巻いてくれたアリ。

 至らない所があれば教えてくれ言ったのは嘘だったアリかー」

 アネゴは叫びをあげたアリ怪人の顔を見た。

 振り向きアネゴの顔を見て涙を流しながら口を四角に大きくあけて、叫びや嗚咽が涸れていく。

「あの頃の自分の瞳を、今のあなたは真っ直ぐ見つめ返すことができるアリか」傷ついた仲間を抱き上げると、残った丸っこい手で指差した。

「ああ、なんて目をしているのだい」アリ怪人か、昔の自分が口にしたものかわからないが、かすれた声が心にまで響く。

「黙れ」アネゴは目をつぶったまま鞭をふりあげた。

「やめろ」

 始めてニアが叫んだ。

 アネゴも自分を取り戻したかのごとく、ムチをあげた手を下ろすとステージ上からニアを見下ろした。

「僕の挑戦を受けろー。

 あなたが勝てば好きにするがいい。

 連夜と供に僕が自爆してやるよ。

 でも、僕が勝ったのなら、東京に帰って、冷凍貯蔵してある、マナブさんとの受精卵を自分の子宮で産め」ニアがはっきり指差して叫んだ。

「なにー」さすがにアネゴは少し混乱した。

「どうして、それを。そんな事、部外者に命令される言われはない」

 アネゴは赤面させながら叫んだ。

 先程とは、うってかわって年相応の女性に戻っていた。

「わ、は、は、は、アリ」

 煙をだしているアリ人間が起き上がった。

「笑止! アリ! 挑戦を受けて尻込みするなど、お嬢様は臆病者アリ」

 ニアの背中で千尋は思った。

 人情が死んだわけでないと知ると、少しはうれしくなった。

「我らは敵を選んでこの地位にいるのではないアリ。

 逆らう全てを叩きのめして、力で地位を分捕っているアリ。

 臆病者に指導者の資格などない」

 堂々と叫んだ。

 介抱していた仲間が「大丈夫か」と気を使えば「かすり傷だ」と答えた。

「ニア」叫ぶとアネゴはステージから飛び下りた。

 臆病者と呼ばれるわけにはいかない。

 彼女の矜持が決断させた。

「お前の挑戦受けてやる」

 ほほを上気させながら叫んだ。

「おおおおおお」

 アリ人間達がうなりをあげた。

「千尋、入り口まで離れていろ」

 千尋はスタタタタ走って入り口に向かった。

 ニアは左足前で猫足立ちにり、軽く体をゆすって動きを確認した。

「700ボルトだ。ショートしな」

 鞭をふるってニアの左手に巻きつけた。

 電流はニアの左手まで流れたが、アースの方は完璧で彼女が期待した効果はあらわれなかった。

 ニアが縛られた左手をギュンと動かした。

「きゃああああ」悲鳴をあげてアネゴはニアに激突する。

 ニアはポリポリと人差し指でほほをかいた。

 女を殴るわけにはいかないし、困った事になった。

 両手を女の背中に回して抱き締めた。

「な」扉の影から頭を出している千尋が悲鳴をあげた。

 抱き締められたアネゴのほうは赤面させた。

「なにをやっているのだ、セクハラロボット」千尋が叫んだ。

「離しなさい」ニアに命令調で叫んだ。

 力でロボットに勝てない。

「悪いけど秘密結社は退職しているから、言う事は聞かない」

 アネゴもサバ折りをかけられている訳ではないからダメージを受けている訳でない、赤面させたまま複雑な顔をしている。

「なめるな」腰にあるヒートサーベルを抜いてニアの足に刺した。

 摂氏700度の熱を発する刀身のない刃だが、ニアの足は切断することは出来なかった。

 刀身上に陽炎のようなゆらぎ、ヒートサーベルの見えない刃渡り六十センチはニアの体内に二割ほど入るのだが、その後は磁石の斥力が働いているかのように侵入を拒み、安定して持っておくこともままならない。

 皮膚装甲が僅かにピンク色になっている。

 廃熱磯ジヱネレーターが動いているのが理解できて、この攻撃はニアにとって致命的ではない。

 腕のしびれがきてサーベルがどこかにとんでいった。

「離せ」

 アネゴはニアの手を持って暴れだした。

 何も言わずにじっと耐えた。

 腹部を殴られ、股間を蹴られたが、ニアは黙って耐えた。

 力でスペースを作り逃れようとするが、ニアをさらに強く抱き締めさせるだけだった。

「私は負けるわけにはいかない、私は負けるわけにはいかない」

 呪文のように叫ぶが疲労が襲ってくる。

 アネゴは最初のようには力をだせなくなっていた。

 厚い胸板に押さえつけられるだけだった。

「頼む、負けてくれ」

 ニアの静かな声を聞いたとき、アネゴはうっすらと目に涙をためた。

 ニアはアネゴの後頭部を持って服に押し当てた。

 涙が見られないように配慮した。

「私は」それだけを言うと、何も言わなかった。

 3人のアリ人間達がポロポロともらい泣きをした。

 そして時は静かに人の心の重りを少し洗い流した。

 抵抗するアネゴはいなかった。

「ニア」

「はい」

 小さい声に、小さく答える

「勝てよ、柳生連夜に」

「そのために、ここまで来たのだから」

 ニアが目を開けたとき、アリ人間達が後ろ、後ろとジェスチャーしていた。

 後ろを見ると千尋がすぐ側に立っていた。

「キャー」

 ニアが悲鳴をあげて女から離れた。

「良かった、気付いてくれて、キスだけは妨害しようと思っていたから」

 ガタガタ椅子を振るわせる、鈴木博士の姿があった。

「ああ、肝心なのを忘れていた」

 千尋が父親のほうに走り出した。

「一つこれは私の分」

 千尋の声がしたとき全員が顔を覆った。

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