第6話 アリンコ四天王
夜の散歩を装って入るが、千尋の姿はカップルからほど遠い所にある。
黄色いドカヘル。
黒い編みあげの安全靴。
USアーミー払い下げの防弾チョッキ。
背中に金属バットケースを斜めに差している。
動くものは千尋たちしかいなかった。
「これで落ち目の政治家なの」千尋が城壁とも呼べる塀を眺めながら聞いてきた。
「金は寂しがり屋だから、ある所に集まる。
昔はキングメーカーとか黒幕とか言われていたけどね。
今は子分の造反や北朝鮮問題で落ち目になっている」
「どこから潜入するの」難しい話に興味がない。千尋は目的だけを聞いてきた。
この辺にしよう、ここの監視用テレビカメラも壊れているし」千尋をヒョイと抱えると、そのままジャンプした。
かわらが敷き詰められた幅のある塀に登ると、すぐ下は池になっている。
「おや」それも高価な錦鯉が多数生息できるほど大きい。
「いっつも。ドジね」
千尋が文句を言うとウインクして答えた。
「ピンチは能力で超える」
池に点在する飛び石までジャンプ。
その後は順順に飛び石を一つ飛ばしでジャンプ。
池の縁にまで到着。
フーと息をついて千尋を下ろした。
「久しぶりね、ニア」
濡れ縁の所に着物姿の若い女中さんが立っていた。
おかっぱ頭で切れ長な目、時代を間違ったかなと思わせるほど古風。
年齢に似つかわしくない髪型ではあるが、肌がものすごくきめ細かくて、パウダーをふりかけたかのように滑らか。
青い服のそばにある白い肌が鮮やかなまでに際立っている。
「アネゴ」
ニアがつぶやいた。
庭に来れば玉石が敷き詰められていて、よほどのバランス感覚の持ち主でもない限り踏ん張り効かないつくりになっている。
「組織を抜け出したからニア様とお呼びするのが妥当かしら。
ニア様、お父様がお待ちです」深く頭を下げた。
ニアの顔をはさんで、千尋は目の前に自分の顔を持ってきた。
「なに考えているのよ。
ここは先祖代々の悪代官の家系でしょうが、第一あんたたち知り合いだったの」
「それはいいだせば、武士なんか朝廷から権力を奪った連中だからきりがない。
アネゴとは組織が同盟関係を結んでいたとき共同作戦を何度か、関東が縄張りだと聞いていたけど政治家の娘だとは気がつかなかった」
千尋はニアが男だと理解している。
娘の涙と、美人には勝てない。
「こちらです」二人のやり取りを見て、微笑みながら案内した。
「この浮気者」がと思いながらもケンカせずに金属バットをケースから抜いて、靴を脱いでから部屋に入った。
骨組みや窓のつくりはともかく、ビロードの絨毯が敷き詰められ洋風に装飾されている。
古時計やレコード盤などの時代がかった舶来物で飾られている。
「この剥製とか動き出したりしないよね」と千尋が馬鹿な会話をしていると木製のドアが開いた。
「久し振りだな、ニア」
すでにかすれて聞き取りにくい声。
皮膚の色が異常なまでに黒ずんでいる、素人にも肝臓を患っていると理解した。
車椅子の上で背もたれに体を預け、ニアを見て媚びるような笑いを浮かべる。
アネゴは若い女中から車椅子の介添えを受け取る。
「君が組織を捨ててから『ローレライ』がこちらに標的をシフトしてきてな。大変苦戦している」老人は杖のような物を持っているが、護身用の武器であることを知っていた。
「僕のせいではない」
「『ローレライ』にとって、お前は人質としての価値もあったようだ。
本体は人工衛星の中で息を潜めている。
我々は第4世代、第5世代に苦戦している。
彼女が人類の悪夢となるのは時間の問題だろう」
移動が終了して呼吸が楽になったのだろう。
聞き取りやすくもあり、覇気もでてきた。
「大袈裟な」
「ニア様は組織の中でも最高傑作。
遺失技術のことを考えたのならば、仮に秘密結社の統合が済んだにしても、同じ性能をその大きさでは期待できない。
帰ってきてほしい」
娘のほうもすがるような態度をしていなかった。
今はただ平和に交渉している時間であり、戦うときが来れば態度を変える用意がある。
「断る、僕も彼女も鈴木博士と会いたい。あなたの病気の治療を条件に住所を教えてくれ」
「彼ならば、阿蘇山のふもとの化学工場にいるよ。
ニアのOSを曲がりなりにも組み込んだ天才技師だからな」ニアの態度にも眉を細めることなく素直に答えた。
「ありがとう。それから親切ついでに、もう一つ教えてくれない。
あなたが『ニア』について、知っていること全部」千尋は金属バットを背中のケースにしまった。
「忠告しよう。
好奇心だけならば、知り過ぎることは、君個人にとって災いにしかならない」悪に秘密結社の幹部とは思えないほど穏やかだった。
「攻撃は最大の防御。
敵を知り、己を知らずんば百戦危うからず。
私も望んだわけではないけど、深いところまで巻き込まれたの」干尋は腕を組み、鼻の穴を大きくして答えた。
「たいしたお嬢さんだ。
度胸だけならばニアよりあるな」車椅子の幹部が答えた。
「褒め言葉ではないがたいした者だ。
私も治療を受けねばならない身の上、組織に害にならないのなら幾らでもサービスしよう、『ニア』は『IT』と最初に呼ばれた。
これはプログラム『ローレライ』が『THAT』と呼ばれていた。
次に『ゴースト』と呼ばれだし、『ローレライ』になった。
彼女が女性方のボイスを好んで使っていたから。
たぶん、『ニア』が『
『ローレライ』開発未熟状態から、そういう気の利いたことをした。
女形ゆえに女の幽霊の名を取った」
「ちょっと待ってよ、ニアには誰の精子が貯蔵されているの」びっくりして千尋が聞いた。
「入っていない、誰のも入ってない」びっくりしてニアが答えた。
「そうなのですか、てっきり総統の物が貯蔵されているのかと思った」娘が答えた。
「ハードとして、その痕跡すらない。
女性の卵子の遺伝子を補完するクローン製造用の極めてアミノ酸(遺伝子物質)に近いナノ・システムが保管されている。
要するに千尋の中に、千尋のクローンを作り上げることはできる。
完全に左右対称になるから厳密な意味でクローンではない。
ただメモリー上に遺伝情報を掲載出来たならば、そこから精子を作るソフトをシステム・ドライバーの中に持っている。
理論上は髪の毛一本あれば、精子の製造ができる。
もっと怖い表現をするならば、卵細胞のアミノ酸(遺伝子)の配列を書き替えるレトロウイルスを同時に挿入することが可能だ。
女性に気付かせることなく、クローンを妊娠させて代理母にすることができる。
血液型不適合とかあるから、理屈ほど簡単にはいかない」
ニアが考えながら答えた。
「アンタ美形だけど、お尻の穴でも情報は取れるわけ」千尋が笑って聞いてきた。
「茜の部屋にBL本いっぱい持っていた。喜びそう」ニアが語る言葉が愛の証や神の摂理に挑戦するような行き過ぎた科学の冒涜的行為だが千尋は気にしてなかった
「なに馬鹿な事を言っているのですか。
口でしか取れませんよ。
僕のお尻は飾りですからね。
何かつっこんだらジャイロコンパスに当たって怪我するだけですよ」ニアが赤面させて答えた。
「そう言えば、遺伝子組替え商品の味が分かると言っていたわね。
ニアが、ちょっと美形だから変な事を聞いてしまった」
二人を無視して老人は話を続けた。
「生化学はそこまで進化したか。
当時は違ったのだ。
君の体は秘密結社総統のために用意されていたのだ。
文字通り当時の最高知力や、古典的なロスト・テクノロジーまで導入された。
多くの独裁者がそうであるように、彼も不老不死を望んだのだ。
永久機関を要する肉体は脳が求める42度以下を維持することが困難であることが判明した」
ニアが聞いた時が流れすぎて脳移植できない。
「なるほど。それで女性を喜ばせるシステムを付属しているわけだ」
千尋が露骨に嫌な顔をする。
「恋人に若かりし日の恋人を永遠に生ませ続ける。
ハーレムを夢見た。
そりゃ、滅ぶはずだ」ニアに責任があることではないけど、振動を加える事が出来ると言った。
「ワーハハハハッ、それは知らなかった。
総統閣下が、そんなにネクラだったとは。
あのお方の名誉のために言わせてもらえば、乗っ取りを考えた奴がいるかも。
君の体は私の知る当時より、かなり後の技術で作られている。
その過程で色々な人間の思惑が絡んできている。
熱が問題ならば
研究すればいい。
だが細胞の寿命をつかさどるテロメアの研究や、神経細胞すら修復するiPS細胞がでてくれば、不老不死など、金銭の間題だ。
詳しく知る人は脳の寿命を口にするかもしれないが、癌細胞の研究が進み脳の増量が可能になればクリアできる問題だろう」
遺伝子では笑って話が聞けた千尋も不老不死になると顔をしかめた。
科学が暴走して完全に倫理を置き去りにしている。
「はっきり言えば、頑丈な兵士の肉体など総統は必要とされない。
当時も今もそうだが、組織は完全な縦割り状態で、脳の記憶を写しとるブラックボックスの研究も行われていた。
ノーリッジ・ボックス。
ニアのジャッジメント・システムと同じ大きさだ。
組織の一部は暴走をしていた。
総統の記憶を写した5センチの箱は完成したのだ。
君の体にジャッジメント・システムが乗ったのは偶然だった。
我々の迷走は、総統が不老不死を望んだ段階で決められていた宿命だった。
機械の利点は放射線がはしっても、壊される遺伝子がないことだ。
君の持つ陽電子システムは臨界中の核エネルギーすら安定させること出来る。
できあがった安定した物質は重い放射線物質。
無害とはいかないまでも、熱エネルギーの放射は防げたのだよ。
脳ミソに変わる遺伝子破壊をおこさない機械の箱。
君達のような命令を発する箱が、クローン技術の未熟段階では必要だった。
我々は古い人間は義手義足の進化、機械人間の方が早いと見ていた。
生化学によるクローンの方が先にきた」
「人だけが特別ではなかった。人参のクローンと変わらない技術」ニアが答えた。
千尋は感じた。
ニアが人間を知っている。
憧れも軽蔑も抱いてない。
知識の中に存在している。
「ニュートロン理論による核抑止力の消減と同時に、我々の争いは激化し、若き思考形態を維持した機械総統に加えて、別部門からクローン総統まで現れ、混迷を深める始末。
『ブラック・ティア』は頼みにならないと各地で反乱が起きるが、内輪もめに忙しくて誰も反乱を止めることができない」
車椅子の上で少し震えていた。
こんなはずではなかった。
悪の秘密繕社は永遠に繁栄をつづけ、総理大臣になっていたのだ。
なっているはずだった。
「あんたら幾つぐらいに別れているの」千尋が思わず聞いた。
「各研究所は独立精算制だったから、研究所の数だけ別れています。
近くの結社に忠誠を誓っていますが、主人の旗色が悪くなれば、流れをうって別の勢力の傘下に入る。
戦国時代。
数ははっきりしません」アネゴが答えた。
「はあ」千尋がため息をついた。
「かくして科学者の一人が君にジャッジメント・システムを導入した。
その頃には『ローレライ』に操られる、狂人だったのかもしれない。
書類としては上層部まであがったのだが、意味する所も考えず、兵器として使えれば何でも良かった。
ニアはこの場に立っている」
「OSを開発する暇もなければ、研究している部門もなかったというわけか」
「有り合わせのガラクタな訳ね」
ニアと千尋がためいきをついた。
「なぜ、僕が急に狙われだしたのだ」
「我々が説明しよう」
ずぶ濡れのアリ人間達がゾロゾロと四人ほど扉を開けて入ってきた。
「あなた達、どこにいたの」アネゴが叫んだ。
「済みません、姉さん。
てっきり大広間で、障子を開けて、池を見ながら話をする物だと思っていたから。
池の中からカッコ良く現れようと、皆で話あっていたのです」頭をかきながら答えた。
「姉さんと呼ぶな、お嬉様と呼べ」
アネゴが悲鳴をあげた。
けっこう最初の印象よりひょうきんな人だ。
「アンタ池の上を通って、気づかなかったの」千尋が聞いた。
「そんな、例の戦闘プログラムをメモリー上に乗せているから、レーダーを使用するソフトなんて乗せてないですよ」ニアは汗をかきながら言い訳した。
「ワッハッハッハッハ。
システム・ドライバーのソフトは圧縮されているから。
メモリーに乗せないと、直接周辺機器を反応させることが出来ないのか」老人が大笑いした。
「もうそろそろ、よろしいですか」アリ人間の一人が聞いてくる。
「ええ、構いません。ただ、説明だけにしておきなさい。
戦闘前に肝臓の治療をしていただきますから」アネゴが答えた。
「アントー、アントー」体を震わせながら、アリ人間が叫んだ。
「ひえー、なに、なに」千尋がニアに抱きついた。
「これをやらないと調子がでないアリ、いい感触アリ」一人のアリ人間が天井に吠えた。
「それでは、コホン。ニアよ。良く聞くアリ」昆虫顔でおどろおどろ話してくる。
「『ローレライ』の活躍により、われわれ大ピンチアリ。
秘密結社の一部は危険性を知ったアリ。
ジャッジメント・システムは諸刃の刃アリ。
弟分のお前も排除するアリ」
「僕には関係ないだろう。
話したことがないとは言わないが、『ローレライ』は友達ではないよ」
「向こうはアンタに気がある見たいだけど」千尋がジト目をしながら答えた。
「と言うわけで、我々と勝負するアリ、勝てば好きな所に行くアリ、負ければ『ローレライ』戦の人質になるがいいアリ。女は・・」四人とも赤面させて、尻尾を左右にバタバタ震わせた。
「姉さんのような強化人間になるか、それとも女王アリとして、我々の卵を産み続けるアリ」三人が「キャー」といって赤面させた。
干尋は黙ってニアを見た。
その瞳は死んでも勝てと訴えた。
「中庭で待っているアリ」
それだけ言うと四人とも外に出ていった。
「それでは治療にかかりますか」
ニアが老人と向き直った。
髪の毛がゆっくりと伸び始めた。
ゆっくりといっても、目で見て分かるぐらいのスピードでは動いている。
そのほとんどが独立した動きをして、頭部の毛髪から侵入し始めた。
彼の頭部の髪は、光ファイバーにもなれば、超伝導物質にもなれば、ナノ・システムを送り出す経路にもなる。
不浄細胞を破壊したり、アミノ酸を書き替えたりして、アンモニアや老廃物に変え、ナノ・システムにより正常な細胞を提供したり、電気やレーザーで幹部を直接治療したり、マッサージをした。
2時間後に全て終了する。
「脳内血管にも血栓ができていました。
一応散らしておきましたし、血管も再構築しておきました。
一週間もすれば歩けるようになりますが、政界の引退を求めますね。
ストレスが一番の原因ですよ。
全身の2割のテロメアを復旧しておきましたが、5年以上の延命をお望みならば改造することをお勧めします」
「楽になったよ、ニア。
まるで天国にいる気持ちだ。
生体肝移植をせずに済むとは、さすがはニアだな。
ありがとう」老人の顔色は目で見て良くなった。
ニアはのびた髪を無造作に束ねると、きれいに切れて、いつもの髪形になった。
伸びた髪は空気中に消えていく、跡形も残らない。
猫よりも感触が気持ちいい、伝説のエンジェル・ヘアーのように消えた。
「後方支援をしていたとは聞いていたけど、治療をしていたの」千尋が聞いた。
「ああ、そうだよ。
このソフトは容量をくわない。
スイッチ一つで診察を始めて、画面に処理方法が出てくるんだ。
僕自身は、その中から時間の短いのを選んでいるだけ」
「治療したのだから、裏口から出してもらうわけにはいかないの」
「奴等に悪い、せっかく待っているのだ。いってあげなきゃ」
それだけ言うと、ゆっくりと中庭に向かった、干尋も金属バットを抜いてついていく。
中庭に降りたとき誰もいなかった、さすがのニアも途方に暮れていた時だった。
「ふっふっふっ。逃げ出さなかったのは褒めてやるアリ」
一人が大部屋から降りてきた。残りの三人はマージャン台を片付けている。
「四人がかりではないのか」ニアが笑いながら聞いてくる。
「男には美学(哲学)が必要アリ。
男にはセンス(カッコ良さへの共感)がいるアリ。
男はスタイル(生き方)を持っているアリ」
「おおおおおお」思わずニアがうなりをあげた。
「ケンカと恋愛は昔からタイマン勝負と決まっているアリ」
三人もゾロゾロとやってきた。
「アリンコ界、きっての怪力を見せてやれ」
三人はゴザを敷いてヤンヤ、ヤンヤと座り込んで、はやしたてている。
「アントー」一際大きい雄叫びをあげた。
右のパンチを放った。
ニアは髪一発でよけて、右のカウンターを叩き込む。
アリ人間は空中を舞う。
「アリイイイイイイイイ」落下、そして腹部に瓦割りを叩き込む。
「ぎゃあああああ………アリ…」
泡を吹いて気絶した。
三人のアリ人間達が硬直した。
「点数の一番少ない奴からだっけアリ」右端のアリ人間が聞いてきた。
「多い奴アリ」残り二人がはもった。
多少嫌そうではあるが心を決めて右端の奴が立ち上がった。
「俺はアリンコ四天王の中で、一番格闘通で知られているアリ」
ファイティング・ポーズをとったままゆっくりと近づいてくる。
ニアはダッシュしてファイティング・ポーズをするアリ人間の両手を取って、足をかけながら全身を肩口から浴びせるように体当たりをした。
格闘技通というだけあって、腰を引いて耐えた。
その瞬間、ニアは一本背負いに変えた。
変化についていくことが出来ずに、弧を描いて投げられた。
腰を引くという態勢はタックルや押しには強いが、一本背負いや引き落としには弱くなる、今度は腰を突き出して耐えねばならなかった。
「強いアリー」ガクッ。白目をむいて気絶した。
「にいちゃん、御免アリ」一人が急に走り出した。
「どこに行くアリー」残されたほうも叫んだ。逃げた方向には千尋がいた。
「退くアリー」叫んだが、千尋は悠然とバットを構え、近づいてくる相手を睨み付けた。
「愚か物」
一歩踏み込んでバットで殴り付けた。
さすが怪人、死にはしないがヨロヨロと倒れた。
「恥を知れ」千尋が怒鳴りつけた。
「何をするアリ」立ちあがり千尋に抗議した。
千尋は倒れている二人を、黙ったままバットで指差した。
アリ人闘は指差された所を見た。
一人は泡を吹いて倒れていた。
一人は目を白黒させていた。
そして千尋を見た。
その瞳の中に、燃え盛る炎が確かにあった。
「あの生き様を見て、君は何も思わないのか、一生逃げられるのか。
心の闇から逃げ切れるのか」瞳の炎は無言で多くの物を語っていた。
「うっ」返事につまった。
「ニア、勝負アリ。
一寸の虫にも五分の魂アリ。
アリンコ魂を見せてやるアリ」
クルリとニアの方を向いた。千尋はバットを杖にして、満足そうに大きくうなずいた。
「大車輸パンチ・アリー」腕をグルグル回しながらニアに向かっていく、ニアは巧みにかわして背中をとった。
バック・ドロップ。
へその上にのったアリ人間は後頭部から落下した。
「にいちゃん、俺はやったんだアリ。オレ、強かったよなアリ」
舌をだして気絶した。
ニアはムクリと起き上がった。
最後の一人に向き直った。
「こんな事もあろうかと思い」池からランドセルを取り出した。
さらにランドセルはスケッチブックが出てきて、クレヨンで書かれた五枚程の絵を取り出して並べた。
ニアは構えを解いて黙って見ていた。
さらに蓄音機を取り出して、右手でグルグル回し始める。
「兎おいしい、あの山」懐かしい童謡が流れる。
「ニアよ、悪い事ばかりでなかったアリ。
左からお前が誕生した日アリ。
始めて襲撃した日アリ。
新入社員歓迎会、
あの日は二次会まで参加したなアリ」涙を流しながら、語り始めた。
「ニアよ。帰って来いアリ。みんな、お前のことを心配しているアリ」
「嫌だ」ニアは腹の辺りを蹴り飛ばして、池に突き落とした。
ドボーン。
水柱が上った。さすがの千尋も柱に寄り掛からないと立っていられなかった。
「勝てる、これならば柳生連夜に勝てる」
ニアは拳を握った。千尋が何か言いかけたときだ。
「柳生連也は婚約者のカタキ、それに、今のあなたでは勝てない。パワーはともかく、飛ぶ弾丸を無造作につかむスピードは見切れるものではない」
千尋の横に現れたアネゴがはっきりと口にした。
「柳生連也は私が倒します、私もあなたがたに同行します」
「ダメだ」ニアが笑いながらであるが、即答した。
「連也の強さは、怪人はおろか、四天王の比ではありません」
「お前は連夜の側まで行き、子宮の中に仕込んであるダイナマイトのスイッチを入れさえすれば満足だろう。
千尋はどうなる。
半径五百メートルにいない保証はない」
ニアは高圧的にモノを言った「えつ」千尋は思わずおなかの辺りを見た。
特別にふくれてはいない。
だが、ニアの持つセンサー群ははっきり理解している。
アネゴは沈黙で答えた。
それは千尋が死のうが生きようが復讐を成し遂げればいい。
エゴむき出しの答えだった。
「僕達は鈴木博士に生きるために会いに行く。あなたの同行は拒否する」
アネゴが決意を込めて千尋の腕を握った。
その手にニアの髪の毛が刺さった。
人間の千尋が自分で振りほどける程、強化されたはずの手に握力はなくなっていた。
「その髪には、あなたの体質に合わせた痺れ薬が精製してある。
二時間後には自動的に切れるから」
千尋がニアの所まで走ったときには、アネゴは立っていられなくなっていた。
二アは千尋を抱き上げると、池の飛び石を飛んで入ってきた場所から脱出した。
「ねえ、ニア。私の疑問、聞いて頂ける」千尋が真顔で尋ねた。
「あなた、自分が脱走した所を覚えてないのは、どうして」
「メモリーに限界があって、トコロ天のように押しだされたからだよ」千尋の想像通りの答えだった。「私の事は忘れないでね」不安になった。
それ以前にどこか信用できなかった。
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