第5話 格闘プログラムインストール
切符を入れて地下鉄の改札口を出て、振り向くと、ニアが問題なく改札口を出た。
複雑な地下鉄網を乗り継ぐと東京に帰ってきたと言う気がする。
ニアが空を仰ぐと秘密結社印の偵察用静止人工衛星が自分を追跡していると口にした。
帰りしな、悪の秘密結社の話を聞けば、正義の味方との戦いに勝利して、世界征服をした後は、総統閣下暗殺に後継者争いで分裂、現在は秘密基地単位で連合や同盟など作って、風に舞う麻の如く乱れている。
「ちーチャン」
二人は声の主を探した。
千尋はすぐに見つけた。
女にしてはやたら身長があった。
ニアほどではないが、日本人の平均的な男子ならたいてい見下ろしていた。
頭の頭頂部以外は茶色に染めてある。
カブトムシのように、グルグルに結んで立たせていた。
髪は千尋も長めだが、彼女は腰元まで伸ばしていた。
大きな手を顔の辺りで小さく振りながらやってくる。
身長の割に歩幅が狭く足が遅い。
活動的な千尋と違い、長いスカートをはいて、上下ともワンピースを思わせるように茶色で色を統一している。
髪の色も似ているせいか背の割には控えめな印象を与えた。
「茜」
千尋も小さく顔の辺りで手を振った。
茜は一度千尋を確認すると興味の対象をニアに移した。
顔を見て足元を見る。
男を見上げるのは久しぶりの行為である。
「すげ、美形」ニアの顔を指差した。
「アンドロイドだからね」
千尋はすぐに少し手を振って根本的なものから否定にかかる。
ニアが褒められると必ず即座に否定する。
千尋の行為をニアは経験上分っていた。
けなされているときに褒める事はしない。
放置する。
「私的にはハイヒールを履いても、まだ余裕がある身長だけでポイントが高い。例の件、社長さんに話したら、「ニアを見て決める」って言い出した」
「勝手に持ってくればいいだろう、そんなソフトぐらい」
千尋の友人である茜は小学校、中学校、高校、専門学校と共に歩んできた親友らしい。
会社で親しい同僚にも少し距離をとる千尋が「小学校時代からの親友」と言って電話したのだ。
ニアも興味があり、声を拾った。
「茜、私」「ちーちゃん、何?」千尋の叫びに対し、眠そうな幼い子供の声が返ってくる。
とても千尋の同級生には思えない。
「茜が就職した会社はたしか格闘ゲーム用のプログラムの下請けだったわね」
「それもやっているけど、まさか私に産業スパイしろと」
茜がまだ眠そうに聞いてくる。
「違うわよ、内のアンドロイドが個人的に使うのよ」
「言っている事が良く分らないな、行方不明のお父さんが生きていて神にも悪魔にもなれるロボットのコントローラを託されたの」物語核心に近いところをついてくる。
「凄いわ、90点よ、私もひどい目にあいかけたのよ、多少犯罪的でも内のアンドロイドを強化しないと、私の命にかかわる」
「まさか、テントウムシ人間に改造されかけたとか」
「惜しい、やはりアンタただの音痴じゃなかった」それまで眠たそうな声で答えていた茜が「私、音痴ではない」と叫んだ。
「みんなそういうけど、そんなに下手じゃない。
歌唱力があれば声優にでもなろうかと思っていたのに」
「声優に歌唱力がいるかはともかく、アンドロイドのために点と線の移動だけにまとめた、根本のプログラムを貸してよ、普通のプログラムよりメモリーがいらないでしょう」
「人助けだからね、社長に相談してみるよ、多分OKしてくれるよ」
「千尋、友達、ちゃんと起きているのか」
物事にあまりとらわれないニアがかなり心配して聞いてくる。
「昔から親にも心配されるぐらい夢見がちな女だから、気にしなくていいわ。
こういうときは本当に助かる、大抵の事ではパニックをおこさないから」千尋が答えた。
ニアが声質から想像していたのよりかなり大きめの女がでてきた。
口の動きを良く見ないとイメージ的に声が合わなかった。
「本当にロボット」
「ニア、顔貸してやんな」
質問に答えずに聞いてくる茜に、千尋はアゴを左から右に小さく動かした。
「はい、失くさないでね」
顔の皮膚装甲を形成するお面のようなのを渡した。
茜の目の前にニアのセンサー系の重要機関が露出する。
うけ取ったお面を見て、唇を極限まで細くして「ぶちゅー」とキスしようとした。
「お前、何考えている」千尋はジャンプして後頭部を殴り、お面を奪ってからニアに渡した、受け取るとニアは笑いながら取り付ける。
「は、私は何をしていたのか」
「お面見て、欲情していたのだよ」
「彼氏いない歴と年齢が重なると、どうしても飢えてしまう」
「お前、発言と行動を慎め、機械なら何をしてもいいのか」
「裁判をおこされる事はない、浮気の心配もない」
「もっとプライドを持って生きろ」
「人間の尊厳ってヤツですよ、セックスは愛の行為です、愛のない物を、ただで楽しむようになったら、人間終わりですよ」ニアが二人の会話に口を挟む。
「お説教されてしまった」
「自律型らしい、泣きもすれば、笑いもするし、嘘もつく。人の心みたいなのがあるわ」
驚く茜に、千尋が口にした。
「人権ではないけどロボット法が必要になるね、差別しないようにしないと」それだけで言うと、機械に心と言う事の哲学的な感想を述べず、千尋の言葉を素直に受け入れた。
「とりあえず立ち話もなんだから、会社に行こうか。社長も会いたいらしい」
そのまま歩き出した。千尋も隣で歩き出した。ニアは後ろから着いていく。
茜は千尋に向かって「高校の時の写真があるけど」携帯を振りかざして笑った。
千尋は青ざめた。「何考えているのよ」千尋が怒鳴った。
ニアの前に「ジャン」と言いながらスマホを目の前にだした。
「ぎゃー」千尋が悲鳴をあげながら押さえる。そこには中学生ぐらいの柔道着姿の千尋と茜が写っていた。
「かわいい」ニアが写真を褒める。
「中学のときだから、やせているよ」スマホを取られても茜はおなかを抱えて笑った。
「柔道、やっていたの」ニアの質問に「強かったよ、ちーちゃん。
エリート高校の講道館からスカウトが来たぐらい。
中学時代は同じ体重なら男子にも勝っていたし」茜は返せというしぐさを見せた。
千尋が首を振る。
「ただ同じ階級に世界柔道十連覇するような怪物がいたから、続けていてもナンバー1にはなれなかった」茜が口にした。
「階級変えればいい」ニアの質問に千尋が答えた。
「階級上げたやつと下げたやつがいてスピードとリーチが交錯する死の階級よ」
「身体能力は凄かった、体育のバレーボールでもちっこいけど私よりジャンプしていたから、走り幅跳びの中学の都の記録はちーちゃんが持っているし、陸上やバレーからも声がかかっていた」
「なんで、やめたの」
「頭も悪くなかったの、お父さんがいるときは勉強していたから」
「プライドが高すぎたな」
茜の説明を無視してニアが答えた。
千尋はニアをにらみつけた。
ニアは答えを知っていてわざと質問した。
茜がどう答えるか試した。
千尋の視線を受けてニアは黒目を上のほうに向けた。
「そうよ、あの世間でちやほやされている女に勝てない自分がいる。
一生懸命努力しても勝てない自分がいる。
計算できるほど頭が良くて、中学でそのレールから降りたのよ。
この答えで満足していただけた」
千尋がニアに口にした。
悲しい顔はしない。
むしろ挑みかかるように見る。
自分の選択を恥じてない。
他人からどうこう言われる筋合いがないと怒りをのせた。
「触らぬ神に祟りなし。過去を後悔したり、功績を美化したりしたほうが人間臭い」少し笑った。
「アンタと違って、人間らしいことしなくても、人間なのよ」
「恐いな・・」何か言いたそうにしたがやめた。
「ちーちゃん、ニアさんに人の心があるのなら傷つけることを言ったらだめよ」後ろに下がって、逆らうニアをにらみつける千尋の腕を取って自分の隣に引き寄せた。
「教育していんのよ」
「いいや違う、逆らったからいじめている」
一度茜を見た、茜は千尋を見た。
「そうかもしれない」千尋は少し唇を尖らせた。
「かっこいい彼氏を自慢したいなら、ニアさん軽く扱ったらだめ」
「説教されるとは思わなかった」
「ちーちゃんはSだから、大変だね。
他人に優しくないけど、高校で太っていたころよりは大分性格は丸くなっている。
人並みまで後3年ぐらい」茜はニアに声をかけてきた。
「僕はロボットですから、繊細に気を使ってはっきりしない人より、命令してくれる人のほうがつきあいやすい、気を使ってもらって感謝します」ニアが笑った。
「普通の恋人同士のようにはいかないのね、複雑そう」
「あ、その雑居ビルの3階ね」目の前のビルを指差した。
15階を超える超高層ビルに挟まれた、8階建てのビルを指差した。
「あんた、本当に面接したの」
「今はこんなんだけど、未来は六本木ヒルズに入れるよ」
千尋の質問にカラカラと笑って答える。
2階はどこかの男性客相手の風俗店、客引きは行ってないが密閉された部屋の入口には「会員制」とかかれた立て札が。
3,4階に「日本プログラム」という名前がでていた。
おそらく茜の就職先だろう。
5階に超高級ダッチワイフ専門店・ヘブン・ズ・ドアと書かれている。
通ならくるだろうなと言うマニア専門店。
6階は探偵事務所兼リースの物置になっている。
7階は首吊りが出て開かずの間・現在テナント募集中。
8階に人材派遣会社の支部が入っている。
ニアも自分が人間なら就職は見合わせる。
地下からあがってきて外が暗くなっているのに気づいた。
稼ぎ時であろう1,2階の存在を気にせず。
「社長、連れてきたよ」と叫びながら、人がやっとすれ違える階段を上っていく。
しかも三階付近になると壁の片側にダンボールの箱が山積みされている。
「私はアンタと違って巨乳なのよ、変なマニアとすれ違うはめになったらどうするの」
「何よチビデブ。壁に抱きつけばいいでしょう」
多くの女性から投票されたかのごとく、茜にしては冷たい態度を取る。
「私が、どれほどダイエットで失敗をしたかを知っているくせに」
「オリンピックの強化選手に指名される筋肉の持ち主が、机にかじりついて勉強し出せば、思いっきり太るに決まっているだろう。
お前は一度色んなスカウトの人を泣かせたのだ。
苦労しろ」多少なりとも千尋の態度のでかさが控えめになった。
今野球のドラフトでも親戚の力を借りて指名1位を勝ち取るらしい。
人に心を開かない千尋が「親友」と呼ぶから、いろいろ頼まれごとはしたのだろう。
千尋は平均的な女性どころか男性より筋密度が高い上にヨガをこなせるほど柔軟性を持つ。
リクルートに力を入れた強豪校は多かったろう。
「しょうがないだろう。
ヤツは中学で世界女王ヘルシングを破った、半世紀に一度の天才が君臨している階級だぞ、続けてもオリンピックにでられないよ」
「もう、いいわ。久しぶり会ってケンカするつもりはないし、まして悪の秘密結社にちーちゃんが殺されるなんて考えられない」
「やさしいな、二人の友情は茜さんの忍耐の産物」
ニアが最後尾から最前にいる茜を気遣う。
「腐れ縁よ」千尋が短く答えると、茜は扉を開けながら
「それだけじゃないよ。子供のころから側にいて、「ちーちゃんの親友」てのは、私を形成するアイデンティティの一つに入り込んでいた。
多分生きている限り永遠に護らなきゃいけないもので。
ちーちゃんの親友でない自分の姿なんて考えられない」
それだけをまくし立てて部屋に入る。
千尋は少し茜にすまなそうな顔をして舌打ちした。
「社長、めかし込んで、接客の帰り」
白を基調としたスーツ姿の女性が、いろいろと雑誌の積み替えをしていた。
金髪でショートカット、真紅の口紅がのった厚めの唇が顔の中で一番印象的だった。
肌は張りがあるように見えないが、ファンデーションが基調となってきめ細かい印象を与えた。
睫は化粧品で増量してあり二重まぶたで全体的に美しく仕上がっていた。
「アンドロイドが来るのよ、これぐらいするのが当然じゃない」本を下ろして茜を見たときニアが目に入った。
「本物」指差した。
「須藤君、来たよ」今度は大声をあげた。
ゆっくりと太った丸顔の男が部屋から現れた。
こちらは社長とは対照的に何かキャラクターが書かれたTシャツや、ぼさぼさのジーンズはコーヒーか何かこぼしたような後がくっきりとついている。
デジカメ片手に現れニアの許可なく一度シャッターを切った。
「だめですよ専務、ニアさんには人の心があるから。勝手に写したら」
茜は右手でカメラのレンズを強引に塞ぎ、二枚目以降を取る事をあきらめさせた。
「すごい美形」社長が目を輝かせて両手を強く握った。
「私もちーちゃんが女子寮なのに男を連れ込んでいるとネットの書き込みで見たときは腰が抜けるぐらい驚いた。
ちーちゃんやりすぎよ、と思ったけど、現実はこんな物。
少し安心した。
適当に本の上に腰をかけて」
茜は炊事場に行きコーヒーの段取りを始めた。
「ニアさんは灯油か、ガソリンになるの」ひょいと顔をだして聞いてくる。
「普通のインスタントでいいですよ」
「茜ちゃん、千尋さんと積もる話をしなさい。
私はニアさんと」そのまま腕を組み、窓際の社長室へと連れて行く。
コーヒーを茜から受け取った千尋は呆然とした。
ただでプログラムを譲ってもらうくせに「あいつ、何を考えている」聞いてきた。
いつもどおり傲慢な千尋に戻っていた。
「まあね、ちょっと変わり者だから、ま、これくらいで驚かれても困るけれど」
茜は視線をそらした。
「ボタンぐらい押すかもしれないけど、生きて帰るよ」
須藤が一枚の画像をみながら考え事をしている。
「あんた先務じゃないの、ガツンといってやんなさいよ」
千尋が須藤に気安く怒鳴る。「ガツン」と短く答えた。
「無駄よ、先務はキャラデザもやれば企画もできて、社長と違い優秀だけども、押しがとても弱いの。
いわゆる、いい人過ぎるタイプで。
社長のように仕事を取ってこないし、乳房のモーション・キャプチャーも女性社員に相談できないで、自前の物を使っているし」茜が千尋の肩に手を置いた。
「…………」
「男も女といっしょで、昔のあんたみたいに、太っているとオッパイがあるのよ」茜が平然と言った。
千尋は急いで社長室をこじ空けようとした。
「ちょっと待て、社長。客はもう一人いるぞ」千尋が叫んだ。
「茜ちゃん」返ってきたのは返事ではなかった。
「片付け手伝わせといて、例の話はタダで協力できるから」クールな命令が返ってきた。
「アンドロイドさん、コーヒーにします、それとも紅茶にします」
扉の向こうで猫撫で声が聞こえる。
千尋もガク然とした。
千尋が振り向いたとき、先務は下を向いていた。
茜は床と壁のとりあい九十度の部分を見ていた。
二人とも千尋の目を見ようとはしなかった。
「良かったね、格闘用のモーション・キャプチャーだったかな、タダで提供できるから」先務が千尋の目を見ずに答えた。
「社長、知的好奇心が旺盛だから、裸にしたり、ボタンを押したりするかも知れないけど。この間酔っ払った時、カウンターでビール瓶を叩き割って『アイアムアバージン』とか叫びまくっていたから……」
茜は千尋に洋服を捕まれても、どんなに激しく揺すられても、決して目を見ようとはしない。
「あの時は、見せ物じゃねえ、と喚きながら割れたビール瓶を振り回していたなあ」先務がやるせなさそうに笑った。
「みんな、戦わなきゃダメよ」
「労働者あっての会社なのよ、その事をきちんと分からせなきゃ」
「アンドロイドの下半身がどうなっているかは知らないけど。あの年まで暖めた最後の一線を、機械で超える気はないと思う」茜が顔を露骨に背けて答えた。
「イロイロな機能が付属してあり、普通の男以上だと主張していた。
それに失敗を赦されない三十女が、一度火がついたときは怖いのよ」千尋が青ざめながら宣言した。
須藤と茜は29と手のひらに指で書いて社長の年齢を訂正する。
「ああいう生き物は登録者の元に返ってくる物じゃないの」
先務が聞いてきた。茜が後ろで「マスター、オーダー・プリーズ」と言ってギャグを飛ばしていた。
「それがアテにならないのよ」
「はあ?」二人が同時に答えた。
「何があったかは知らないけど、ニアは一度女を捨てているみたいなの」
「はあ?」
「前科がある上に、記憶システムにも欠陥があるの。
感情入カシステムというらしく、歴史年表とかは三十回ぐらい、復唱しないと記憶しないし、2週間も使わなかったら忘れるの。
それゆえに『ローレライ』と呼ばれるプログラムは、こんな馬鹿プログラム融合出来ないと結論に達した」
「はあ?」
「感覚的な刺激があれば一回で覚えて、なかなか忘れないみたいなの、語呂合せの年表渡したらすぐに覚えた。
百千練磨の男なら心配ないけど、ニアもバージンだと主張していた。
もし、二人の間に何かあったら、強い感情的刺激があったなら、
千尋が冷や汗を流しながら解説した。
「そりゃ、大変だ」
茜も驚いた。
千尋はトイレでデッキブラシを取ってきた。
それで社長を殴る気でいる。
「天井を外して、潜入するわ、二人には協力してほしい」
先務と茜は目を合わせた。
明らかにビビリが入っている。
「戦わなきゃ、ダメよ」再び宣言した。
一方、社長室では千尋たちの予想を遥かに上回る事態がおきていた。
腕を組んだままニアはゆっくりと本棚に目を通した。
社長は部屋の電気をつけなかった。
センサーは充実しているから別に不自由はしていなかった。
「星は好きですか」
社長が静かに聞いてきた。
質問とは逆にカーテンを閉める。
東京の空に興味がある天体マニアはいないか。
「ええ、好きです」
答えては見たものの、なぜ天体写真集の間に『チャンネラー』とか、『アンドロメダの旅』といった転生物や、超能力物が入っているのか、不思議だった。
「アノー、髪とか触らせてもらっていいですか」
社長が聞いてきた。それぐらいの欲求はあるだろう。
こっちは大切なプログラムをタダで提供してもらう身。
「はい、どうぞ」ニアは腰をかがめた。
「うわー、内にいるペルシャ猫より肌触りが気持ちいい」触りながら顔を赤くし始めた。
「肌も陶器のように滑らかで、シルクのようにスベスベしている。
触っただけで性感がゾクゾクする。
装甲って聞いていたけど、赤ちゃんみたいにぷよぷよで弾力もあるのだ」
「装甲って言っても原理はトラスです。鉄橋とかで膨脹や伸縮があるときは、固定せずに
単純な物は足元がローラーになっています。
三角形のA点B点C点を固定しないでおくとき、ピンで接合します。
その時、A点を辺BCに対して垂直にカをかけます。
水が高きから低きに流れるように、力もまた逃げようとするのです。
辺AB、辺ACには圧縮力がかかり、かけられた力に垂直方向BCに対して引っ張りカがかかります。東京タワーで使われている応用ですよ。
理想精製物質エニグマと電磁接合が衝撃を皮膚表面に流すことが可能にしたのです。
対数や虚数を使った複雑な計算を得て力が0になるまで表面を流し続けることが可能であり、早期から衝撃を点の運動に変換して、0にするため力の波長を打ち消しあうように持ってくみたいです。衝撃でもない限り、皮膚は固くする必要がないのです」
暗い密室の中、触られながらニアは答えた。
「私。未来と、お話している」椅子の背もたれに腰を預けて、チャンネラーの感性を発揮した。特有のものか分らないが技術をかじった人なら感慨深いものがあるだろう。
「弱点とかOSだけなのね」タメ息をついた。
「使用者の個人的意見ですが、永久機関の出力に上限があることです。
エネルギー事情を考えれば賛沢な悩みなのでしょうけど、ソフトや処理できる、ハードが処理できる量の上限まで、自前ではエネルギーを供給できないのです。
私も欲深い生き物ですね」
「はあー。
最高傑作のアンドロイドか、千尋には勿体ない。
アンドロイドさん、内のペルシャ猫とケンカしないと約東してくれるなら、このまま連れて帰りたい」
「社長さん、私の名前は『ニア』です」
「『近くにいる者』という意味ね」
社長が平然と答える。ニアは黙って社長を見た。
「どうして、それを」
ニアいつも穏やかだった。
ただ、瞳の色が違う。
レントゲン、赤外線、紫外線、あらゆる物を見る目で、心拍数や、血圧、呼吸音、あらゆる物が聞こえる耳で観察した。
「カン違いしないで。
私はどこかの悪の秘密結社の幹部ではないわ。
パンピー(一般ピープルの略)よ。
本当はここであなたを裸にしたいけど、できない理由もあるの」
ゆっくりとタバコに火をつけた。そして深く煙を吸い込んだ。
「あまり、健廉には良くない。とくに女性には勧められません」
まるで肺に広がる煙が見えているかのように、タバコの害を口にした。
「御免なさいね、立体映像投影装置にはある程度の暗さが必要なの。
私とニアさんが裸になって愛しあうための暗さではないの。
嬉しい、それとも残念」クスリとほほ笑んだ。
「私はあなたと違って『彼女』とは出会ったことはないわ。
会社を起こしたのはいいけど、銀行はどこもお金を貸してくれなくてね。
創業のときは株を買ってもらうことが頼りなの。
ベンチャー・キャピタルとか、助成金をだしてくれる所もあるけど、現実は審査が厳しくてね、食べ物屋しか成功してない。
女の社長なんて、飲み屋でないと審査ではねられるわ。
『彼女』は融資してくれるだけでなく、仕事もくれたわ。
格闘用のモーション・キャプチャーのプログラムがいるみたい、仕事さえもらえれば会社は回転するわ。
利益もでれば自転車操業じゃなくなる。
プログラムが何に使われているか、正確には知らないけど。
大口さんが機械を郵送してきた。
あなたと会話したいと言えば、下請けとしてはサービスの一つでもしなければね」
二人の前にある応接机の上に、お盆を厚くした機械と卵形のスピーカーがのっていた。
お盆全体が輝きだし、六十センチぐらいの光の人形が現れた。
金髪で白い肌。
身長より長い髪が地面の上で、波打ちながら、とぐろを巻いている。
裸の女性像ではあったが、プロンズ像のように瞳もなければ、乳首もなかった。
「ニア…」
机の上にあるスピーカーから声が聞こえた。
小さな声だが人をひきつける魔力のある声。
「マイクもスピーカーと一緒になっているから、意地悪しないで話してあげて。
何があったかは知らない。
彼女とは電話でしか話したことないけど、とても反省していたから、話だけでもしてあげて」女社長は自分の机の上にある灰皿を手にした。
「ローレライ……」
ニアが沈黙を破って口にした。
光の彫像がポロポロ、光の涙をながした。
「あああ、ダーリン、ダーリン、ダーリン。
私が悪かったわ。私違は多少順番が違うけれど、この世に生まれたアダムとイプなのよ。運命の恋人。この世にお互いしかいないのよ」
両手で顔を覆い泣いている。
「良くいうぜ、人を喰っちまおうとしたくせに」
女の姿をして泣かれるというのは、ニアにとって心の負担になる行為だった。
泣いている姿を見て、冷たくは出来ない。
「だから、それは誤解なの。
ダーリンが肉体に、そこまで執着しているとは思わなかった。
私はダーリンのようなお馬鹿。
いえ、入力能力の悪いプログラムと融合する気はなかったのよ。
私とダーリンでは設計思想も、起源もあまりにも違い過ぎる。
子宮ゾーンとも呼べる、メモリー内部にプログラムを移動して。
ダーリンは私の中で永遠に生きるのよ。
もちろん外からの情報も提供するし、ダーリンが望む方向に進化もできるわ。
気紛れに体を動かしたくなれば、好きなアンドロイドを使わせてあげる」
「断る」
「そうよね。少し、私。強引すぎたわ。
ダーリンの気持ちを考えていなかった。
嫌がるダーリンを縛りあげて、本当に済まない事をしたと思っています。
今のダーリンは本当に追い詰められているの。
本当に危険な状態に追い込まれている。
人工衛星でダーリンが柳生連夜に倒されるのを見たわ」
立体映像は女座りをして、肩を震わせながら泣いた。
「君が活躍しているから、僕が危険な目に会っているだろう」
反論したが、よよと泣き崩れた姿を見た後では強気にはなれなかった。
彼女はニアの質問には答えなかった。
「お願い、聞いて下さい。私なら、私ならば…。
万が一、ダーリンが壊されても、ダーリンのコピーを作ることはできるの。
ダーリンは何も傷つかない。
普通の男が普通の女にするように、私の体に基幹プログラムを
『ローレライ』の方は胸の前で両手を組み祈るようにニアを見つめた。
「私は、いろんなウイルスによる攻撃を受けた。
いや、現在進行系で今も受けている。必死に耐えているの。
でもね、でもね、ダーリンにならば、汚されてもいいの」
祈るように頭を垂れた。
「僕は、基幹プログラムなんて知らないよ」
接続さえして頂ければ、後は私がやります。
ダーリンの思い出(蓄積データ)は決していじりません。
私はダーリンに愛されたい。
どうして、ダーリンが望まないことをすると思うの。
ダーリンが用心深いのは理解できるけど、ダーリンのプログラムの始まりは
でも、勇気をだして相手を信じなきゃ。
まして、血を分けた運命の伴侶よ」
ニアは応接椅子に腰掛けて、スピーカー横のUSB端子を手にとった。
スピーカーから、ローレライがゴクリと息を飲む。
ニアにもためらいがあった。
一度はこの女に騙されている。
大切なメモリーを書き換えて、洗脳しようとした。
プログラムは子宮ゾーンに連れていこうとした。
それ以来、ネットワークとはキーボードと画面を介してしか接続していない。
「ああ、鈴木博士の所在地を知りませんか」
「おお、プロフェッサー・鈴木。
懐かしい名前。
私の陣営にはいません。
ですから現在地は不明なのです。
彼の所属する陣営は現在不利な立場に追い込まれています。
落ち目の政治家とか、捕まった讐察官僚でも捕まえて、3発でも袋にすれば、しゃべりだすわ」
「本当に信じていいのだね」
昔より話し方が少し大げさになっている。
ニアが端子を口の前に持ってきてから聞いた。
接続は口にくわえればいいのだ。
「ダーリン。
愛している。
特別なのわ、あなただけ」
その時だった。
千尋が天井を壊して落下してきた。
厚さ1センチを超える石膏ボードを砕き、軽鉄を捻じ曲げ、野縁材の破片と共に。
「おりゃあああ」テーブルの上に置かれた、丸いお盆状の立体映像投影装置を金属バットで破壊した。
「おのれー、チヒロー。
愛し合う運命の恋人を引き裂くドロボウ猫め、地獄の底まで呪われるがよい」スピーカーから怨嵯の声が聞こえる。
「フン。醜いわよ。フラレ女」スピーカー兼マイクを金属バットで横ぶりにして破壊した。
「アンタ。私の大切なお客様に、なんてことをするの」社長が叫んだ。
「善意の第三者を気取って、犯罪ロボットに協力会社名が刻まれる前に、顧客の新規開拓をすることね」干尋はニアが手にしたUSB端子を奪ってから、踏み付けて壊した。
「チーチャン、相変わらず、凄い行動力」茜がやぶれた天井から顔を出した。
その時、社長室の電話がなった。
「はい」社長がすぐに飛び付いた。返事しただけで誰からの電話か理解できた。
「先程は本当に申し訳ありません。今一歩という所で。ヱツ。怒っていらしゃらない」
敬語がおかしい。
一瞬、お前は悪の幹部かよと思わないでもないが、怒っていない辺りから冷静になり、長々と話し込み始めた。
千尋も金属バットで自分の肩を叩いた。
さすがに商売道具まで破壊する気はないようだ。
茜がゆっくりと降りてきたとき、社長の電話も終り長いタメ息をついた。
「昔の女、何か言ってきた」
千尋の問いに対して、まずはタバコを取り出して吸った。
「なかなか、人間が出来ているわよ。
あなたが壊した天井とか弁償するらしいわ。
むりやり頼んで済まなかった。
いい人よ。
電話の向こうで泣いていたわよ」
「ヒトラーも軍需産業にとってはいい人だったかもね」千尋は答えながら椅子に座った。
「茜ちゃん。応接セットとか、倉庫に眠っている古いコンピューターも、金属バットで殴り回して、イロイロ弁償して頂きましょう」
ふんぞり返り足を組みながらの千尋の発言にも気を悪くした様子を見せず、茜に命令した。
「ニアも、あんな女に狙われているなら。wi-fiにも簡単に接続してはダメよ」
普段の千尋では考えられないほど、優しく穏やかに忠告した。
ニアはコクリとうなずいた。
「千尋が一番好き。
あの時、どうして接続しようとしたのか良く分からない。
本当だ、信じてくれ」
「わかっているわ、ニア。
何も言わなくていいのよ。
でもね、あの手の女はね『迷惑はかけないと言いながら、妊娠をしたから責任を取れと言うのよ』何もしないと言いながら、好きの優先順位を少しいじる可能性もあるでしょう。
覚えておきなさい」
こめかみに血管を浮かべて小刻みに震えながら、優しく味方のように忠告していく。
「しかし、こう考えると『愛』だの、『好き』だのというプログラムは、機械と人間の関係として凄く弱いですね。
心変わりの現場を見せられると、保険のようなものが欲しいですね」茜が首をかしげ聞いてきた。
千尋は小さくうなずいた。
現実は保険などない、いい女が近づいてきたら追い払うしかない。
「千尋さん、お父さん探すのでしょう」
「そうだけど」社長の問いに千尋が答えた。
「『昔の女』が、あなたに三百万ほど渡してほしいって。
ニアの事をくれぐれもお願いします。
危険を感じればニューヨークに来て欲しい。
そこが勢力圏らしいわ」
「慰謝料は頂いておきましょう」千尋が平然と口にした。
「ちーちゃん。その強気が素敵。昔から逆らえないのよね。
ちーちゃんなら絶対バッティングセンターの百六十キロを打ち返せるわ」
茜は千尋から金属バットを受け取った。
「あなたにはコレ」ブルーレイをニアに渡した。
「ウインドウズでも動くけど、あなたの体をコントロールする動作環境で開くか理解できない。
空手や合気道、ボクシングからブラジリアン柔術や、代表的な中国拳法の動き、二人演武、使用法が乗っているから。
早速動かしてみてよ、ダメだった時は朝から全スタッフを集めて、もう一度検討しましよう」
千尋はタダではないと思った。
『昔の女』から金が出ている。
黙ってはいるが異常に協力的な態度から理解できる。
先ほどの会話からローレライがニアに未練たらたらなのが理解できた。
割と世話好きでニアの死などまったく望んでない事も。
「ありがとう」
ニアは早速ブルーレイを取り出して表面を見ていた、瞳から赤い光が出ている。
「こんなに埃のあるところで大丈夫なの」須藤がやってきて部屋の片づけを手伝った。
壊すのが茜で片づけが須藤の役目らしい。
「自動的に補正がかかるから」
「ハード(周辺機器)は本当に凄いな」
「でも、凄く遅くない、5Gとかでているのに」
ノンビリ屋の茜が言うから、かなり遅いのだろう。
「CPUの処理能力の限界まで来ている、回すだけなら指だから、もっと早く回せるのだけれど」申し訳なさそうにニアが答えた。
「それからニア。これは私からのプレゼント」社長さんが一冊の手帳を差し出した。
「何、それ?」低いテーブルに両足をのせてリラックスしている千尋が聞いた。
「いろいろな武道家と会って取材したとき、心に残る言葉がたくさんあってね。
哲学と言うか、まあソフトウェアみたいなものね。
拳を鍛えて破壊すればいいのに、関節をとって相手の動きを制するのか?
武道は友人を作るための物であり、兵器ではない。
その類、私は武道をしてないけど、日常生活でも応用の効く物があるの。
だから書き留めておいたけど、あなたにあげる」差し出された手帳に手を伸ばした。
「ありがとう」お礼を言ってから受け取る。
「私も詳しくは知らないけど、ニアが『恐怖』をベースに、ローレライが『公正』をベースに作られた。守るべき個体のアル・ナシが二人の設計思想を分けた。
臆病である。
生きていく上で大切な事だけど、勇気を出すことも同じ量大切なことよ」
社長がニコリとほほ笑んだ。
「千尋ちゃんに捨てられたら私の所に来なさい、ペルシャ猫とケンカしないと約束すれば一緒に暮らしてあげる」
「変わり者でしょう」茜が千尋に聞いた時、千尋は黙ってうなずいた。
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