第4話 柳生 連夜 撤退

 千尋は背中と両膝を両手で抱えられていた。

 ニアは戦闘用アンドロイド、ニッケルを含有する100円玉を紙のように引き裂き、粘土のように丸める事ができる。

 千尋が100キロあったにしても、気にならないだろうが、人間的に信用できないからしがみついた。

「千尋、千尋。目を開けて、皆さん見ているよ」

 目の前には立ち入り禁止のトラロープが張られ、まばらに現れたヤジ馬、整理する警察官、ロープが張られる円周の中心にある、宿泊していたラブホテルを見れば火の手が上がり始めた。

 連夜が火をつけたのかと少し考えたとき、千尋たちが飛び下りた4Fの窓に連夜が現れた、床から60センチの腰壁があるためそこに左足をかけて周囲を見下ろしている。

 ニアは千尋を地上に立たせた。

「見せ物じゃねえ、見るなら火事を見ろ」

 千尋は恥ずかしいからヤジ馬に叫んだが、皆言われなくても連夜を見ていた。

「梯子車でも待っているのかしら」心の中でつぶやき、口を横に大きく広が少し笑いながら見ていた。

 ニアが軽く千尋の背を押し自分との距離を取らせた。

「まさか、突っ込んでくるの」そう思いながら振り返りニアを視界にとらえたとき、連夜が跳び蹴りをしていた。

 車を巻き込みながらビルの壁に激突、さっきの5陪ぐらいパワーがあがっている。

「ニア」

 千尋は始めて名前を呼んだ。

 お父さんは例えロボットでもニアのような存在を番号で呼んだりはしない確信があった。

 壁にめり込んだ変形した車から、鉄を曲げながら脱出をしている作業を中断して千尋を見た。

 それは名前の呼び主を確認する自然な行為だった。

 叫ぶ千尋の正面を連夜は悠々と歩いて横切り、ニアに向かって少し笑いかけた。

「復旧ソフトを電気屋で買ってくる、それまで持ちこたえろ」

 連夜と対時するニアに千尋の応援する声が闘こえた。

「無理ぽ」指をぽきぽき鳴らし、首を左右に動かして、体のリズムを確認しながら近付いてくる連夜を見て、心が急激に萎えてくる。

 復旧ソフトを使い3Dポリゴンの動きを体に覚えさせたにしても、そういう次元で解決する男ではない、ただ千尋の意図は理解できた。

「うわーーーーーーー」

 叫ぶと共に壁を駆けあがった。

「重カコントロール」ニアの体内に内蔵してある重力制御装置で垂直に落下している。

 他人に対してもしかけることができるが、永久機関の出力上限により地面に対して水平歩行では2Gが限界であり、垂直方向では1Gが限度だと組織の幹部から聞いていた。

 昔、悪の組織は王朝に寄生して戦争をやっていたが、科学技術の進歩により破壊力が肥大化して、投下した資本の回収が難しくなり、今では影で怪人達による勢力争いをして、一般社会の生活は経済供給源として傷つけないようにしようという合意がなされた。

 今のニアのオーバーテクノロジーを見せる行為は悪の秘密緒社が持つ、独特の倫理観に反する行為だ。

「人前だぞ、恥を知れ」口に手を当ててニアの背中に叫んだ。

「やかましい、お前に言われたくないわ」ニアが即答した。

 連夜は首をひねって納得はしなかった。

 言っても始まらない、今更やめたところで人々は見ている。

 連夜は懐から黒い50センチのスティックを取り出した。

 先の方の3センチで折ると縞麗に取れた。

 赤いレーザーの紐でつながっている、連夜が小さいほうを投げると赤い糸はどこまでも伸びニアが上っているビルの手すりに絡まると凧糸のように長さを調整してピーンと緊張状態を作る。

 連夜は体重を預けるとニアがのぼる十倍以上のスピードで引き上げられた。

「いくぞ」

 連夜は糸一本で上手にバランスを取り逆立ち状態になると、登る途中でニアを蹴った。

「ぎゃあああ」ニアは悲鳴を上げるが、連夜の足の裏にニアの重心を捕らえた。

 地球の重力とスティックの加速力が相乗効果を発揮し、背中が足に張り付いたようにすくい上げられた。

 屋上を突破すると連夜はニアを放すと、体を延ばしたまま空中で何度か回転し、手すりの上に着地した。

 そしてニアが連夜の目の前に落ちてきた。

 腰胴部にオートジャイロ(自動的にバランスを取る回路)を積んでいるのに、

 頭から落下してコンクリートが二重に張られた上部の断熱用モルタル板(石の入ってないコンクリート、強度はコンクリート半分以下、構造体では使われない)を破壊して落下する。

「不様」

 腕を組み、コンクリートの破片にまみれたニアを見下ろした。

 ニアには深刻な事態が訪れていた。

 重カコントロールなど複数のプログラムを同時に進行させたため、CPUの演算能力が追いつかず左手がフリーズ(機能衝突によって周辺機器が動作しなくなること)をおこしていた。

 ニアは無表情で見下ろしていた。

 事態が余りにも計算外の方向に進み途方に暮れ、表情を作るボタンを押してない。

 ニアは無表情で沈黙していた。

 これが人の求めるロボットの顔で今までが表情があり過ぎた。

 恐らく計算能力が限界に近くバランスも上手には取れないだろう。

 優秀なCPUが積んでいれば足から着地できた。

 膝を曲げてから小さくジャンプするとニアの側に立った。

 髪をつかんで、頭を持ち上げた。

「やー」

 ニアは表情を取り戻し、ニッコリほほ笑んだ。

「なぜだ、その体、本来なら総統閣下がお入りになられるはずだった」

「永久機関の関係で生身と相性が悪いと聞いていますが、永久機関に内蔵されているタービンは時が流れる力を利用して発電しているため、老化とか別にしても栄養や酸素の消費力の関係だけで、そばにあれば不規則な時の流れに巻き込まれて、計算が成り立たないと聞いています、脳は栄養素を蓄えて必要に応じて消費する能力はない」

「つまらん、運命か、情熱か、伝統か、命令か、お前が存在する動機はなんだ」

「説明書とか読まないタイプでしょう」

 痛くないのかつるされたまま笑っている。

 存在の動機など問われてもエゴむきだしの答えにしかならないだろう。

 作られているから存在している。

 だが目の前の男は違う、強い魂がある方向に進む仮定で肉を持ったにすぎない。

「人格を司るCPUは胸部だったか」

 みじかくニアに確認してくる。いきなり胸部を3度ほど殴った。

「堅い」

 手が痛いわけではないが、超力とも呼べる強化人間である連夜のパワーを持ってしてもヒビ一つはいらない。

 電気的に理想物質エニグマが結合している皮膚装甲、外部からの衝撃があれば表皮の上を走らせて、内部の重要機関を守る構造。

 連続で叩けば演算能力の関係で処理できずヒビがはいるかと考えたが、ニアがわざとらしく咳をしていたがるが、人間らしい行動を取るときは余裕があるとき。

 本当の危機なら、もっと無表情になって計算を始める。

 手詰まりになって舌打ちをしたとき、連夜の手に髪の毛を残して、ニアは距離を取り。

 すぐにしたことは動く右手で生やした髪を整えた。

 ニアは明らかに連夜の息遣いを計算にいれて、意識が充実してない瞬間を見計らってアクションを起こす。

 頭部にある高度に発達したセンサーは生体電流さえ読むのかもしれない。

 大脳は細かく使用する分野が別れていて、どこを働かせているかによって、ある程度考えていることが読める。

 思考の手順や記憶など読めなくても、意識が運動を司る小脳を離れ大脳が働き始めたのをすぐに理解できるセンサーは内蔵されている。

「頭部にはセンサー群、熱、電磁波を感知解析できるだけではなく、本格的な電子戦に対応できる。

 目はサーチライト、レーザー、原子の配列がみられる霞子顕微鏡から、月のクレーターがみえる望遠をこなす。

 耳は音を聞いて当たり前、指向的にある音だけ取り出すこともできれば、電波さえ聞くことが可能。

 口は食べ物の遺伝子レベルまで解析し、電気的に分解してエニグマヘと変換する。

 超音波兵器にもなれば、パノラマ音声で特定の人だけ聞こえるように出来るし、声紋パターンのコピーもできる。

 胸部のジャッジメント・システムはボロにしても。

 右足には重力制御装置、あらゆる力に反力を生じさせる、力制御装置と呼ぶほうが機械の性質を正しく言い現している。

 左足には物質精製装置は超伝導性を持つ理想物質エニグマを作り、すべての物質の元になる神話世界の原初エニグマと約される物質、そして数々のイオンを付与し自然界にないプルトンまで重くできる。

 電気的に色々な色彩を帯びさせることができるが、かなり光に近い軽い物質。

 質量や大きさもかなり小さいため、強い強度が出せる

 旧約聖書であらゆる物の起源となった『原初エニグマ、光あり』と呼ばれる。

 右手には運動ヱネルギー発生装置、物質に運動エネルギーを与え、溶解蒸発さたり、マイナス270度まで冷却させたりする。電気的に磁石を帯びさせたりできる。

 左手には量子・イオン調整装置、核融合させ、エニグマかすべての物質を精製する装置、臨界に達した核爆発を一挙に安定させ、重イオンの放射で木星の引火が可能。

 腹部は永久機関、出力上限こそあるが燃料がいらない。

 腰胴部はオートジャィロ全身のバランスを取り、二足歩行どころか走り、スキップできる。

 肝臓部にナノ・システム製造装置は、無機物の修理だけではなく、有機物の分解や治療、脳に入れば記憶操作もできる、なぜなら記憶はシナプスと呼ばれ化学物質がつかさどる神経の網にすぎない。

 肝臓と対になるすい臓部付近の位置に空間歪曲装置、異世界に廃熱としてだけ使われている。潜在的には小形のプラックホールに接続でき、4次元の方向から3次元空間をねじ曲げて物質の移動が可能だ」

 組織のマッドサイエンティストが熱を帯びて語るのを聞かされた、どれぐらい凄いのか分からないが、ニアの体をローレライの渡してはならないのは確かだ。

「お前、どれだけできる」

「トリセツ(取扱説明書)読んで無いから、知らない」

「結社(悪の秘密結社)抜けて、日頃何している」

「スロット(パチンコの一種)」

「馬鹿か」

「日本で2番」

「一番目は」

「まだ会ったことはないが、誰かいるだろう」

「左手は治るのか」

「ただの機能衝突ですから、5分ほどいただければスイッチを一度オフにしてから、再起動させますが」

「駄目だ、終りにする」

「どうやって」

 初めてニアが質問した。

 皮膚装甲に絶対の自信があるのか、両肩を派手にあげるジェスチャーを見せた。

「頑丈だな」

「神に感謝している」

「信じているのか」

「ローレライ程ではないがね」

 連夜はビルの屋上に設置してある貯水庫を指差した。

 ニアは一度見て不思議そうに首をひねった。

 連夜の意図を読めなかった。

「お前の装甲はプログラムらしいな、電気磁石でつながっているから、力が簡単に横に分散できる、果たして水の中でも可能なのか」

 ニアも青ざめて屋上に設置してある貯水庫を見た。

「やめろ、話し合おう」ニアは二歩下がった。

「話し合いは終った、オレが望まない」

 ゆっくり連夜が動く、ニアの心がその動きに憤れたとき、連夜は視界から消えた。

 突然変化する動きのギアチェンジにニアの心はついていけない。

 側面から背中を利用した体当たりを受ける。

 地上を横に吹き飛ぶが重力制御装置が徐々にニア本体を減速する。

 ぶつかる前に地上に着陸できるという計算が成り立った時、連夜がすぐ側まで走り込み、ニアの顔面をつかむと貯水庫に後頭部からぶち込んだ。

「さらばだ、家電製品」

 ニアから激しいプラズマが放射される。

 連夜は小さく声を上げて距離を取った。

 ニアがおこした漏電は連夜が考えていた以上の物だった。

 それでもショートによる小さな光群は小さくなり消えた。

「戦いとは分からん物だ、最後の放電が一番効いた」シビれた手を振りながら、少し長い溜め息をはくとスマホを取り出した。

「俺だ、ニアを無力化した。運搬を任せる」居場所を知らせる発信機がわりにGPS付きスマホをニアの足下に放り込んだ。

 視界に入るニアは良くできた美しい人形だった。

 連夜も少し心を動かした。

 ローレライは公正な裁きを行うために、田中博士に作られたプログラムだ。

 数多くの前例を検索して、相手の立場を思いやり。

 その仮定で「人はどこからきてどこに行くのだろう」というような哲学的思考も行う。

 人の世は矛盾に満ちている。

 彼女が求める美しい世界を実現しようとすれば、文化や文明や伝統と衝突するだろう。

 ローレライが電話回線を使い、外の世界に逃げるのは、運命の皮肉ではあるが必然だった。

 ニアは違う。

 彼は目的を伴わない、田中博士の趣味的プログラム。

「単細胞生物であるアメーバが、自分が住んでいるコップの水に酸をたらすと狂ったように暴れてから死ぬ。

 原始的生命体であるから、食べて大きくなり分裂する以外習性のない動物だから、何もせぬまま破裂してもいいのではないか、それなのに暴れてから死んでいく。

 こうすることによって移動力があがり生存の可能性があがったのか、かれらは死の観念がないけれども、「恐怖」しているのではないか、喜怒哀楽と呼ばれる感情の中で、最初に育った感情。

 アメーバ達は自らを破壊する暴力からのがれるために『恐怖』している。

 生命が持った最初の感情。

 もともとは移動、または逃亡を促すための指令。

 ニアのプログラムは「Be afraid(恐怖せよ)」を軸に作られている。

「Justice and Fear(判決と公正)」を軸に作られた。

 当時はジャッジメント・システムと呼ばれていたが、ニアはローレライをベースに作られたとはいえ、方向性がここまで違えばジャッジメント・システムと一括りにするのは無知だろう。

「趣味的に作ったプログラムだ、この世は恐かったろう」連夜は口にしたとき、必要以上に感情移入している自分に気付いた。

 それだけ自分の命を割り切った連中と殺し合をしたのだ。

 人間臭い逃げ回る敵など年に2,3回しか会わない。

 自らを守ろうとしない切り捨て用の戦闘用プログラムより、哀れに思う。

 ギイイイイ。

 屋上の扉が大きな音を立てて開いた。

 肩で息をする千尋が、片手にメモリーの復旧用ソフトを手にして現れた。

 息が整わないまま壁に背中をつけて、ゆっくりとしゃがみ込む。

 連夜は千尋を見た。

 千尋はニアが行動不能に落ちていることを知った。

 受け入れて、計算を始めた。

 でも何もできることはなかった。

「死んだの」

 千尋の問いに、「ああ」短く返事をした。

 千尋は額に手をあてて、一筋の涙を流した。

 逃げ惑う人の群れをかきわけ、警察の制止を振り切って、ここまでかけあがってきた。

 息は整っていないが鳴咽を漏らしている分けではない。

 目を閉じるともう一筋の涙がこぼれた。

 一滴だけ、コンクリートの地面に落ちた。

 ゆっくりと立ち上がると右足を前にだし、両手を広げて構えた。

「うおおお」短い叫びと共に連夜の所に走り込み、右手で襟を取った。

 千尋は背負い投げをしかけるが、連夜は不動のまま少しも動かない。

「チェスト」柔道の戦術の中に『背負い投げ』をふん張られたとき、相手の重心が後ろ体重になっているため、『内股』で相手の足を刈りながら後ろに倒す。

 オーソドックスな戦術を駆使したが、連夜は樹齢500年を越す大木のように動かない。

 前後が駄目なら横があるとばかりに、『大外刈り』をかけに行くため、体を回転させたとき、フワリと体が浮いた。

 伝説の必殺技『空気投げ』かどうか分からないが、千尋は襟にかけた手をねじりながら小さく引かれた。

 全身のバランスを崩され、千尋は自分の力でジャンプし、背中から落ちた。

「強い」地面に大の字になったまま、感想をもらした。

 ニアの敵討ちができるレベルではない。

 笑えるぐらい実力に差がある。

 背中に激痛が走り、立ち上がることができない。

 連夜のサングラスを上目使いに睨みつける

「冥途の土産に教えてよ、ローレライって何者なの」

「殺すつもりはないが、我々の存在を知られた以上、一緒にきてもらう」

「監禁して、レイプでもするの」

「我々にはアイドルを模倣したセックス専用のロボットがいるから、君が心配するようなことにはならない」

「ブスで助かったわ」

「最近、怪人不足だから、改造手術を受けてもらう」

「何それ、カナリヤか何かと合体でもするの」

「在庫次第だが、モグラセットが余っていた」

「死んでやる」

「洗脳も同時に行うから、そういう心配はしてないのだが、君が踏み込んでしまった世界は、君自身が強者であるか、君を守る組織にでも所属しない限り、選択の自由など有り得ない。

 我々は君が思っている以上に「漢」だ。

 鈴木博士が家族を平和な世界に置いておきたいと望むなら、「男の信義」にかけて別勢力である私だって協力を惜しまない」

「………」

「だが、君の場合は自分の足でこちらの世界に踏み込んできた。

 力無きものは容赦のない仕打ちを受ける」

「好きにしろ、ローレライはどんな女、質問に答えてない」

「あの世に送るつもりはないが、知っている範囲で答えよう。

 彼女は判断を下すため、多くの情報を検索して哲学するプログラムだ。

 ジャッジメント・システムと呼ばれていた。

 戦闘状態に置いて想定外のことが起こったときプログラムは判断できず、優秀なロボット達は鉄の塊になる。

 そこで自律型の兵器ロボット運用ソフトが必要になり。

 田中博士によって実験のために制作された。

 我々の思惑とは別に、必ずしも人間や組織の立場に立たない。

 彼女は電語回線を利用して母体となるプログラムをインターネットのどこかのメモリーに移送させた。

 脱出する間際になると、皮肉を言い、相手の立場どころか、求めている答えまで聞いてくる。

 答えに合わせて論理を展開させる。

 披女は正義を求めはしなかった。

 ソフトとしてデータベースの中にあったニアを起動することになった。

 総統閣下の暗殺によって悪の秘密結社ブラック・ティアは分裂し、後継者争いのどさくさのとき、ニアは眠っていた機械の体に内蔵された。兵器として運用する予定だった。

 同時にローレライはニアを恋人と呼び、それまでバス・バリトン・ソプラノといった7人の声を同時に流し、性別のない言葉遣いをした、今の一つのソプラノの声に落ち着いた。

 かつて船乗りを誘惑し霊界へと招き入れた『妖精・ローレライ』の声で。

 そして彼氏と思われる人形が、手の届かないプログラムである霊的存在のローレライに対してニア(近くにいる者)と呼ばれた」

「そうか、それでニアなのだ」千尋は大の字になったまま目を閉じた。

「俺が知っているのは、それくらい。ニアは別の組織に所属していたから、逃亡したという噂を闘いた」

「有名人なの」

 千尋の真上にヘリが現れた。

 千尋に運命にあがらう力も、頼るべき組織もなかった。

 連夜は懐からイヤホンを取り出して耳に差した。

「俺だ、荷物が増え・・」連夜が報告するより、ヘリからの叫びが闘こえる。

「隊長、それはもぬけの殻です、ニアを構成する重要機関は含まれていません」

 千尋の目の前で連夜の首が霊のような見えない存在に締め上げられた。

 首は挟まれるように歪み、連夜は何かを解こうとした。

「逃げろ」

 ニアの声が聞こえた。

 千尋は力を振り絞って立ち上がると、強く打った肩を押さえながら、ゆっくりと入ってきた扉に向かう。

「生きていたのか」呼吸できるようになり、連夜が叫んだ。

「お喋りだな」背中に足でしがみついたニアが、動かない左腕を右手で握り、連夜の首を締め上げた。

 ニアの持つ特殊な装甲は背中に映る光景を自身の全面に写しだすことは、あのハードがあれば簡単なソフトで機能させられる。

 千載一遇のチャンス。

 背中から刺す。これが基本よ。

「腕がちぎれても、放さんぞ」

 気合いを入れては見たものの少しずつだが回していた腕を、連夜は指の力だけでさげだしてきた。

「防水してあったのか」連夜が少し笑った。

 そう言えばニアは総統閣下が入る予定だった。

 戦前玉砕戦法が取られる中、パイロットをいかに生かすかを考えて、兵器を開発した知能集団があった。

 パイロットの教育期間及び費用など考えれば当然の結果だ。

 太平洋戦争中は主流派になれなかったが、その思想は建築などの分野に生かされている。

 建物が崩壊するとき、いかなる壊し方が中の人間の生存率を高めるか、床が抜け落ちる前に柱を横に倒す構造計算が生存を高める。

 そうした科学者が防水をプログラムに依存するだろうか、もっと周辺機器ハードの反射で安全を計るのではと、不安はあった。

「分子レベルで、してあるみたい」

 自分の体なのに自信なげに答えた。ニアはそういう男だ、連夜は設計者達と戦わなければならなかった。

「防水」というキーワードはニアにヒントを与えた。

「死んで」

 連夜の体に電流を流し込んだ。

 心臓停止をおこすほどヤワな体をしてないが、このままであれば、神経や筋肉の繊維をズタズタに焼き切るのは時間の問題である。

「家電製品が、貴様もしびれな」と叫びながらニアの頭をにぎった。

「防水も、放電も完壁みたい」

 ニアは自分の努力でないため申し訳なさそうに口にした。

 水に濡れた時、ひらめいて演技をしただけである。

 人間の皮膚ですら水漏れしないのに、もっと高度な分子結合でできている装甲である。

 漏電するヤワな構造はしてない。

 連夜が考えるようなソフトでの処理はしてないため、演算処理上でメモリーを食うこともない。

『何かしらないが勝てそう、永久機関からの電圧に出力上限があるとはいえ、あと5分でこんがりローストビーフが出来上がる』思わずにへら、とほほ笑んだとき。

 連夜は千尋が逃げた方向に走りだした。

 扉を開けたときには、痛い足を引きずりながら歩く千尋が、まだ階段の踊り場を歩いている。

「足、遅い」薄情なロボットが心の中で感想を述べた。

 部屋に取り付けてある電球が過電流を起こしはじけだす。

 千尋をみれば、「シビビビ」と一度跳ねてからレントゲンのように骨が透ける明滅した後、クルクル3度、その場で回ってから、樽のように階段を転がり落ちる。

 ニアは電源を切った。

 放電現象はおさまる。

 瞬間、連夜は頭の関節を外して脱出した。

 ニアは壁に投げ飛ばされてめり込む、距離を取れた連夜は頭蓋を元に戻した。

 ニヤリと笑う。

「お前、脳味噌とか大丈夫か」ニアもめり込んだ壁から抜け出した。

「お前は勝っていたぞ、なぜ攻撃の手を緩めた」

「千尋を死なせるわけにはいかない」

 ニアはホコリをはたきながら当然そうに答えた。

「ニア、この勝負預けるぞ、この圧倒的な筋肉を支えるだけのパワーしかない。その装甲を破壊するだけの力はない」

「なんで力より、技でしょう」うれしそうに反対した。

「オレは勝利を盗まない、電撃対策をしてくる、お前も強くなれ」

「永遠に預ける訳にはいきませんか」

「漢の意地がある」それだけ言うと、扉をあけて屋上に帰っていく。

 ヘリを使うのだろう、連夜もニアの情報を取っていたように、ニアも連夜の事を聞いたことがある。

 ニンジャの子孫と聞いていたが、やることが結構派手だ。

 これじゃ組織の主流派になれん。

 階段を下りていくと千尋が必死にしびれる体を起こそうとしていた。

 千尋に指先を向けた、彼女に帯電してある電圧を除去する。

 千尋のからだがやっと楽になり、尻もちをついたように床に座りニアを見た。

「何しにきたの」

 このままでは戦えぬと復旧ソフトを持って駆け込んだ千尋に、動かないニアを見て涙を流した千尋に、巨大な敵・連夜にドンキホーテの如く復讐戦を挑んだ千尋に、ニアの言葉はあまりにも冷たかった。

「ほっときゃ、勝っていたのに」

 千尋の側にくると一度しゃがみ込んで、肩口と膝の裏に袖を通して抱き上げた。

「私が、どんな思いで」

 頭にきて髪の毛をつかんだ。それ以上言葉が出ない。

 ニアが勝利を捨て、自由を捨て、敵に追われたのは事実だ。

 すべては千尋のためにしている。

「巻き込んでゴメン」千尋が少し強気の姿勢を見せると、ニアはすぐに謝った。

 黙って手を離した。「君の日常が守れるぐらい、強い男になりたい」ニアはのんびりと答えた。

 そこに激しい決意があるように見えない。

 この世が平和でありますようにと願望を述べたように優しげだった。

「会いに行くしかないだろう」千尋の下が普通に回りだした。

「鈴木博士に」

「そうだ、MZ80KCでは勝負にならない」

「なんだか、だまされている気分だ」

「他に選択があるの、あいつは電気が効かなくなるのでしょう」

「確かに、久し振りに会いたくなったよ。でも、千尋。彼は変わってしまったけど、おどろかないでね」

「分かっている、全て受け入れる。ニア」

 最後に自然な呼び方で名前を口にして、意識が遠くにいった。

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