第2話

 その後しばらく続いた飲み会は、空が白む前にはお開きになった。三人はいつもの様にじゃんけんで寝る場所を決める。同じくいつもの様にジャンケンで負けたサザが床、カズラとアンゼリカが二人でベッドで寝ることになった。

 サザは多分、この世で一番じゃんけんが弱い。諦めないサザは次こそは、次こそはで勝とうとするがその「次」が永遠に来ないのだ。あれだけの暗殺の腕前を授けられればそれくらい仕方ないというのがカズラとアンゼリカの意見だ。


 サザは酒瓶を端に避けた床で丸まって毛布を被り、既にすぴすぴと寝息を立てている。毛布の茶色がサザの亜麻色の癖毛と調和して、何だか小動物みたいだった。眠る時に枕を抱きしめる癖が幼い頃から変わっていないサザを見て、カズラとアンゼリカは座ったベッドの上から笑い合った。でも、普段城で眠る時にサザが抱きしめているのは枕ではないのかもしれない。天国にいるレティシアならきっと全部を知って笑っているだろう。


 一国の王子妃を床で寝かせるのも正直どうかと思うが、そこで特別扱いしたら逆にサザは疎外感を感じて悲しむ筈だ。三人はこれからもずっと前と同じ関係でやっていきたいと切に願っているし、サザの夫である王子もそれをきちんと理解して認めてくれているのだ。


「でもさあ、王子との夜の話聞きたかったのになあ〜」


 金髪のお下げを解きながら、アンゼリカがベッドの上で大袈裟に唇を突き出した。胡座をかいたカズラが長い黒髪を木の櫛で梳きながら言った。


「サザはああ見えて頑固だし、一度言ったら聞かないからな。もう無理じゃないか? 酒も結構強いから飲ませても饒舌にはならないしな」


「酒……?」


 カズラの言葉を聞いたアンゼリカの目がきらりと光ったのを見てカズラは目をぱちくりさせた。


「あたし、最高にいいこと思いついちゃった〜⭐︎」


 アンゼリカが目を星のように輝かせて満面の笑みを見せ、カズラにぐいっと顔を近づけた。驚いたカズラが櫛を取り落としそうになった。


「いいこと? 何だ?」


「サザが教えてくれないんだったら、王子の方に聞けばいいのよ‼︎」


「王子に? その方が無理じゃ無いか?」


「ふふふ。カズラ、国王陛下と王子がお酒を全く召し上がらないのは知ってる?」


「?……ああ、弱いらしいな。陛下と王子の宴の席の杯の中身は葡萄ジュースだと聞いたぞ。遺伝なんだろうな」


「サザと王子と私とカズラだけで、飲み会を開くの。で、サザは二時間くらい遅刻してくるから、先に始めとくのよ。その間に聞いちゃえばいいわ」


「……なるほど」


 アンゼリカの言葉の含みを察したカズラは顎に手を当て、小さく頷いた。


「今回はサザ抜き。あたしとカズラの二人だけで任務よ。やってくれるわね?」


「……勿論だ。引き受けよう」


 ばちんとウインクするアンゼリカに、カズラは無表情で力強く頷いた。


 夜明け前、二人が密かに結託の拳を突き合わせたのを、傍らですやすやと眠るサザは知る由もなかった。

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