【暗殺者の結婚 3万PV感謝SS】暗殺者の女子会

萌木野めい

第1話

「外泊なんて、よく王子は許してくれたな。まさか王子妃がこんな庶民の家で床に座って葡萄酒飲んでるなんて誰も思ってないだろうな」


「はは……別に大丈夫だよ。ユタカもたまにリヒトとイーサの孤児院に泊まりに行ってるし」


「ほんっとにいい旦那よね……しかも王子って。出来過ぎじゃない?」


 夜半過ぎ、寝巻きの綿のワンピース姿のサザとカズラとアンゼリカはアンゼリカの自宅の床で車座になっていた。


 床に座る三人の前には、数本の葡萄酒の瓶とコップ、そしてサーリが持たせてくれた料理が小さな皿に分けて雑に並べられていた。三人で飲み会をしたいと言ったら特別に少しずつ料理を作って持たせてくれたのだ。部屋を照らすオイルランプは本当は灯り用途ではなく薬の精製の煮沸に使う物らしい。


 アンゼリカは軍の仕事の非番の時には薬屋として住み込みで働いている。その薬屋の三階がアンゼリカの居室だった。三階と言えば聞こえがいいが、要するに屋根裏部屋だ。狭さが以前三人がサーリの家に住んでいた部屋の雰囲気に通じるところがあり、サザはとても居心地が良く感じた。


 屋根の傾斜に合わせた斜めの天井は低く、天窓が付いている。こじんまりした部屋にはベッドと小さなライティングデスクと本棚、クロゼットがあるのみだ。

 部屋の隅のクローゼットは溢れそうな量の服を無理やり収めているらしく、扉が閉まりきっていない。開いた扉の端から、アンゼリカらしい明るい色彩のブラウスやワンピースがのぞいている。


 本棚にびっしりと並べられた本はどれも薬草の専門書らしい題名ばかりだ。ライティングデスクの上にも乱雑に本が積み重ねられ、その間を縫う様に乾燥した薬草の入った小瓶が並べられていた。

 アンゼリカはああ見えて実はかなりの勉強熱心なのだ。サザはわざわざ口には出さないがそんな彼女を尊敬していた。


「求婚状、あたしが出しとけば良かったわ〜」


「大丈夫だアンゼリカ。案ずるまでも無いぞ。アンゼリカなら結婚式は死ぬほど盛大にやりたいと言って速攻で領主様に追い返されるからな」


「何よそれ!……でも、悔しいけど、それは反論できないわね……」


 そう言ってアンゼリカが葡萄酒をあおるのを見てサザはカズラと一緒に笑った。


「で、どうなのよ。王子様との夜は」


「え、え? 夜?」


 サザが目を泳がせ、近くにあった枕を抱きしめる。


「とぼけんじゃないわよ。これよこれ」


 アンゼリカがコップを床に置くと、右手の親指と人差し指で輪っかを作り、そこに左手の人差し指を出し入れした。


「うわっアンゼリカ、何そのジェスチャー⁉ えぐすぎるよ⁈」


 サザが真っ赤になって悲鳴に近い声を上げ、抱きしめた枕の陰に隠れるように首をすくめた。


「サザがウブすぎてほんとに分かってないと困るから分かりやすく表現しただけよ」


 アンゼリカがにこにこしながらサザに返す。


「そうだぞ、こんな風に三人だけで夜に集まれる機会は中々無いんだからな。今日の主題だろ」


「うーんでも、実は私、あんまり良くわかんなくて、普通かどうか気になってるんだよね」


 枕の上に顎を置いたサザは、俯き加減で人差し指同士をちょんちょんと突き合わせながら言った。


「聞かせなさいよ。判断してあげるわ」


 アンゼリカがぐっと身を乗り出して顔を近づけ、サザの口元に耳を寄せた。


「えっと……大きい声で言うの恥ずかしいから、耳貸して?」


「おいアンゼリカ、ずるいぞ」


 アンゼリカとカズラは頬をくっつけ合ってサザの口元に耳を寄せた。サザはためらい唇を噛んだが意を決して話し始めた。


「……えっとね、最初に……で、その後に」


「後?」


「脚を……」


「……指でさ……」


「え? 口?!」


「……」


 サザが話すたびに、カズラとアンゼリカの顔がどんどん真剣になっていく。


「……ていう感じなんだけど」


 一通り話終わったサザがさっきよりもさらに顔を赤くし、二人の耳元から口を離して言った。


「おっほ……王子、思ったよりやることちゃんとやってんじゃん……」


 アンゼリカが口を手で覆いつつ、にやつきながら低い声で言う。カズラは何も言わずに静かに赤面して咳払いした。


「えっそうなの⁉︎」


 サザが驚いて大きな声を出す。


「でもそれ前戯だけじゃない! 本番の話も聞かせなさいよ。王子がどういうプレイが好きなのか気になるじゃない」


「ぜっ……ぜんぎ? ほんばん……⁉︎⁉︎」


 サザが目を白黒させて口をぱくぱくさせているところにカズラが続ける。


「ほら、早く言いなさいよ一思いに」


「私達の仲だろ。折角だし最初から最後まで教えろ」


「……やだ」


 詰め寄ったサザの表情が急に険しくなったのでカズラとアンゼリカは顔を見合わせた。


「よく考えたら二人とも、恥ずかしいから誰にも言わないでって言ったユタカとの話、誰かに言っちゃったでしょ! 二人にしか話してないのにメイドの子が知ってたんだよ⁈」


「あー、あの、『『この部屋寒いね』って言ったら王子が後ろからギュッて抱きしめてくれてドキドキした』ってやつ? そんなの速攻話したわ」


「ええっ⁈ 酷くない?!」


「サザ。普通のイスパハル国民がサザから直接聞いたらきゅんとし過ぎて心停止するぞ。噂話で聞く程度なら癒されて丁度良い話だ。国民が死なずに済んだのは私達のお陰だぞ」


「うう……何それ……」


「だから。話しなさいよ」


「そうだぞサザ。話せ」


 畳み掛ける様に詰め寄る二人にサザはぷるぷるしながらしばし沈黙したが、鋭く睨み返して言った。


「やだ‼︎ またみんなに話しちゃうでしょ! こんなこと広まっちゃったら恥ずかしくて生きていけないよ……!」


 サザはそう叫ぶと枕に顔をがばっと埋めたので、アンゼリカとカズラは顔を見合わせた。アンゼリカがサザの肩をぽんぽん叩く。


「はいはいじゃあ今度は言わないわよ、約束するわ。話しなさい」


「その通りだ。話せ」


「説得力無さすぎるよっ! とにかく‼︎ これ以上は絶対、絶っっ対話さないから‼︎」


 サザは眉間に皺を寄せ、カズラとアンゼリカを交互に指差して有無を言わさない口調でそう宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る