第3話
「いつも通りターゲットを入念に調べちゃったけど、これ……調べない方が良かったかしら……」
「こんなケースは初めてだな……」
仕事終わりにアンゼリカとカズラはアンゼリカの家に集まって床に座って話し合い、頭を抱えていた。
やると決まれば話は早い、ということでアンゼリカとカズラは二人は仕事後に毎夜サザ抜きで集まって情報交換しながら、今一度、ユタカ・イスパリア王子の事を入念に調べ上げた。
目的を確実に達成するためには暗殺者としての知見を存分に活かすべきだと二人は考えたのだ。
しかし、調べ上げた二人がユタカに抱いた感想は「何だこの人は? 何かのおとぎ話か?」というものだった。
調べたことが事が逆に作戦の実行を阻むことになるとは流石の二人も思いもしなかったのだ。
「王子がいい人すぎて……罪悪感が芽生えるなんて……」
床に座ったまま大きく項垂れたアンゼリカの呟きに、カズラがこめかみに手を当ててため息をついた。
王子本人がどこまで認識しているかは不明だが、このイスパハル王国の新しい王子は控えめに言ってめちゃくちゃ人気がある。
孤児から英雄、その後あろうことに王子にまでなってしまったという特異性。類まれな剣の腕。如何にも美青年と言う顔立ちではないが、まるで少年の様な笑顔と父譲りの笑窪。それに背も高いし。
一般的に女性に人気があるとされているのはブロンドの髪にブルーの瞳の男性だが、王子の場合は黒髪に黒い瞳の素朴さが性格と相まって良さに変換され、逆に加点になっているようだ。
そして、そんな王子が女性にだけではなく、老若男女問わず好かれているのは、生来の性格の真っ直ぐさよってそれらを全く鼻にかけないところにあるらしかった。
孤児院育ちという若干陰のあるバックグラウンド。そして、それ故に王子なのに炊事洗濯掃除などの家事全般がこなせるという。しかもアップルパイを一人で焼くことすら出来るというのは、実際にそれを食べたことがあるというイーサの孤児院の子供達から得られた情報だ。
売ったら普通のアップルパイの百倍くらいの値が付きそうだ。アンゼリカは思わずそろばんを弾きそうになった。
調べるほどに「いい人すぎてやりにくくなる」と思ったカズラとアンゼリカは、途中から重点的に王子の弱みを調べる方向にシフトした。恥ずかしい話題でもあれば罪悪感が薄れると思ったからだ。
そんな中、王子と軍の同期であるアイノ・キルカス大佐は聞き取りをしたイスパハルの国民で唯一、王子に対しての罵詈雑言を口にしていた人物だ。
二人はここぞと期待して大佐に入念にヒアリングしたが、よくよく話を聞けば大佐の話は深い信頼の裏返しだ。しかし、冷静にそう伝えると魔術で燃やされる様な気がした二人は黙っておくことにした。
その中で二人が辛うじて見つけ出した王子の弱みは、
①幼い頃シャイで女の子にすごい奥手で泣き虫だった
②サザが疲れでちょっと寝込んだだけなのにめちゃくちゃ心配して仕事を切り上げて帰った
③サザが犬ぞり用の犬とじゃれてたら犬に喰われてると勘違いして犬を斬ろうとした
の三つだった。本人は知られたく無いかもしれないが、これも今の王子にとっては正直加点にしかならない。
ユタカ・イスパリア王子はイスパハルの歴史に残る好男子だった。
そしてさらに驚くべきは、その歴史的好男子の妻になったサザをやっかむ声が皆無だったことである。
器量良しでも名家の出でも、イスパハル出身ですら無い、孤児で暗殺者のサザをイスパハルの人々はちゃんと王子妃として受け入れ、彼女の成し遂げたことを誇りに思ってくれていたのだ。
カズラとアンゼリカはその事がまるで自分のことの様に嬉しくて嬉しくて、サザを誉めて抱きしめやりたくなった。
「でも、私達は一番大事なことを忘れちゃいけないわ! 任務の達成よ! そうよね、カズラ!」
「ああ、アンゼリカ。重要なのはこれらのことと今回の任務とそれは全く関係ないということだ」
「今まで調べた王子とサザのこと、全部忘れるわよ」
「うむ」
そう言ってアンゼリカが新しい葡萄酒の栓を開ける。カズラは無言でコップを差し出した。
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