第20話 支度
「『
口元に笑みを含ませる
「はい、芳緋夫人............」
その侍官は、少し震えの感じさせる声で芳緋夫人に頷くばかり。その表情から見るに、その震えも緊張からではなく歓喜からきているものだと、この男には察せられた。
「芳緋夫人、もしかしてこれは、自作自演なのではないですか??わざわざ国の最高権力者を貶めるような
その言葉を聞いた芳緋夫人は、驚いたように目を瞬かせた。それから殊更甘ったるく目尻を和らげると、目につくその真っ赤な唇を弧の形に描いた。
「あら、あなた。なかなか良い頭を持っているではございませんこと?..........ふふ。気に入ったわ。」
芳緋夫人は発言した侍官に繊手を伸ばすと、今度は柔らかく、尚且つねっとりとした手つきで、とろりと表情を崩すその侍官の頭を撫で始めた。
その様子を見た他の侍官達が、我こそがとばかりに芳緋夫人の側へと擦り寄っていく。
この男──
「景月??」
芳緋夫人に名前を呼ばれた景月は、そのアクなく整った顔に害意のかけらもない純朴な笑顔を貼り付け、彼女の前に跪いた。
「芳緋夫人、私に貴女さまのお役に立てることは何かございませんか??」
「えぇ。もちろんありますよ、私の愛しの景月♡」
芳緋夫人はそこで一旦区切ると、アイラインのくっきりと引かれた目元をきつく吊り上げた忌々しそうな表情ではありつつも、それを打ち消すように、甘えるような猫撫で声で言った。
「あの
血の色の口元で囁かれた言葉に景月は、表情を変えることなく相変わらずの笑顔で答えた。
「おまかせください、我が愛しの
その頃──────
州境に位置する山脈の奥地に、都への出発を控えた二人の人物がいた。
「
「おう、そうじゃ。ご苦労であったのぉ
立派な白い髭をたくわえ、珂令と呼ばれたしわがれた老人は、すっかり"堅すぎる男"になってしまった彼の孫にそう答えた。
───昔はあんなに可愛げがあったのにのぉ。
隙さえあれば悪戯、つまみ食いは日常茶飯事。家にいる時は怒涛のようにひとりで喋り続け、外に出れば険しい山々を駆けずり回り、日ごとに増えるかすり傷のせいで身体中絆創膏だらけ。
当時、どれだけ悠李の将来を案じたことか。
だがそんな悠李も、机の前にいることがほとんどの几帳面で寡黙な面白みのない男に育ってしまった。
子供は本当に、どう育つか分からない。
「あの
この旅の目的地である都に、珂令は思いを馳せた。
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