第442話 最後の魔法

 今一番キツいのは、レーヴァテインの火がチャクラを焼いていることだ。


 第二の瞳、アジナーチャクラ。これが焼かれている以上、俺はロキの現実改変能力に抵抗する手段がない。


 だが、俺には仲間が居る。心強い、頼もしい仲間が。


「サンドラ、来てくれ」


「来た」


 どこで耳を傾けていたのか、サンドラがテュポーンから飛び出し、電気の残滓を残して俺たちの下に辿り着く。それからロキを見つけて「あちょー」と構えを取る。


 あちょーなんて、今まで言ったことないだろお前。


「サンドラ、ロキは幻覚を見せてから、その幻覚を現実に変える魔術が使える。幻覚で殺されるとそれが現実にされるから、攻撃を食らう前に、怪しいと思ったらアジナーチャクラを使ってくれ」


「目が潰されるけど」


「何とか耐えてくれ。俺もどうにか戦うから」


「分かった。ウェイドを信じる」


 そんな話をしている隙に、アイスが俺から離れて、氷兵にトキシィを背負わせて逃げていく。ただ一羽だけ、氷鳥が俺の肩にとまった。補助はしてくれるという事だろう。


 ロキはアイスたちに興味がないらしく、それを見過ごした。まんじりともせず、俺を見つめている。


「……本当に楽しむのは止めちゃうつもりなんだ~。じゃなきゃ、みんなのことは頼らないもんね~……」


「ああ。勝ちにかかるつもりだからな」


「ふ~ん……どんな手でくるつもりなのかは知らないけど~、ロキのすることは変わらないよ~♡」


 ロキはレーヴァテインを振るう。


「まずご主人様を殺す。終わったらみんなを殺す。みんな魔人にして、家族になってハッピーエンド♡」


「はは、俺が負けたら好きにしろ。そうならないからな」


 俺は煽り返して、呪文を唱える。


 さぁ、行くぞ。魔力の限りを尽くせ。


「オブジェクトポイントチェンジ」


 俺の言葉を皮切りに、魔王城下街のすべての瓦礫が、魔王城上空にのぼっていく。


「……なに、してるの?」


 その光景が異様で、ロキは強張った顔で俺に問いかけてくる。俺は肩を竦め、皮肉っぽく笑った。


「さぁな。当ててみろよ」


 言いながら、俺は体を捻った。間髪入れず、こう叫ぶ。


「全員ッ! 頭下げろ!」


 その言葉に味方が屈む。一方テュポーンだけは、その言葉と共にジャンプした。


 俺はデュランダルを伸ばし、一閃する。


 俺がデュランダルに命じた、第二の喉ヴィシュッダチャクラによる能力拡張効果。それがまだ残っていたから、俺は限界を超えてデュランダルを伸縮させ、城下街のすべてを薙ぎ払う。


 それに、怪物三体が対応しきれずに足元を斬られた。ロキは上手く躱した。そして城下街のすべての建物がさらに瓦礫の山と化した。


 俺は目算で考える。十分。十分だろう。これだけあれば、きっと足りる。俺の魔法印が、そう告げている。


 ロキが、立ち上がりながら俺に言う。


「なぁにぃ~? 今の派手なだけの攻撃~。ご主人様、ロキのこと舐めてる~?」


「ロキ、お前躱してんじゃねぇよ。俺の渾身の一撃だったって言うのに」


「にひひっ♡ 嘘つき」


「はは。分かるか?」


 魔王城上空に、瓦礫の球体のようなものができ始める。それは見る見るうちに巨大化していく。


 だが、まだだ。まだまだ足りない。城下街の瓦礫の量は十分だから、重力魔法ですべての瓦礫を上空に貯めるまで、時間を稼がなければ。


 俺はサンドラに小声で告げる。


「しばらく、俺は魔法を使えない。魔力不足だ。知っての通りチャクラもないから、俺の防御は全部サンドラ任せになる」


「任せて。ウェイドはあたしが守る」


「……ありがとな。マジで頼もしいよ、サンドラ」


 俺の魔力は、今準備している最後の一手―――最後の魔法にすべて吸われている状態だ。魔力不足でも戦えるよう訓練していたから、デュランダルを振ることくらいは出来るが、それ以上の戦いは出来ない。


 そうして、俺はサンドラと並び、ロキと対峙する。ロキは、口元には変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべているが、俺と一対一の時には浮かべなかった眼をしている。


 ……これは、明らかに怒ってるな。俺はボソッと「サンドラ、注意しろ」と告げる。


 その、次の瞬間だった。


「注意したって、無駄でしょ~」


 ロキは俺たちの背後に回り、俺とサンドラの首元に刃を突き刺していた。俺は「がぁっ」と悲鳴を上げ、歯を食いしばりロキを睨む。


 だが、サンドラには効かなかった。


闘神インドラ


 俺の体にめり込んだ刃、噴き出した血。そのすべてが幻覚として霞に消える。だが、ロキ本体が、レーヴァテインを構えながらサンドラに肉薄している。


「これで、終わりだよ~ッ!」


 ロキの刃がサンドラを切り裂く。そして―――


「当たらない」


 スワディスターナチャクラ。サンドラのチャクラの赤子が、サンドラに対するあらゆる攻撃を許さない。


「えっ、何で」


「ロキは、あたしの回避見たことなかった? 膨大な威力をつぎ込まない限りは破綻しない、全自動回避能力。フェンリルには突進一つで破られたけど」


 サンドラは構えを取る。その手には、雷霆ケラノウスが握られている。


「剣一振り程度じゃ、スワディスターナチャクラは破れない」


 ロキに、雷霆が降り注ぐ。


「ぁぁあああああっ!」


 ロキは雷霆を回避できずに、ゼウスの雷に打たれて爆ぜた。それを見て、サンドラは涼しい顔。


「他のみんなと違って巨大じゃないから、やりやすい。攻撃もまともに効くし」


「……サンドラ、もしかしてロキと相性良いか……?」


 俺が疑いながら聞くと、サンドラは首を振った。


「そうでもな、いっ」


 サンドラの目がつぶれる。まぶたから血が噴き出す。俺は、サンドラのアジナーチャクラが砕かれた、とロキを見る。


 ロキは、傷一つない姿で、そこに立っていた。「痛かった~!」と冗談めかしてサンドラを睨んでいる。


「も~! ロキがどんな姿になっても復活できるからって~、何やってもいいわけじゃないんだからね~!」


「……サンドラ、アジナーチャクラを復活させられるか?」


「チャクラは……大丈夫。けど、潰れた目は、少し時間がかかる。アナハタチャクラ苦手」


「分かった。なら、アジナーチャクラだけ急いで開いてくれ。物理的な戦いは、俺がどうにかする」


 俺は改めてデュランダルを構える。ロキはペロと唇を舐め、「確かに、ちょっと舐めてたかも~」と俺とサンドラ、両方を見た。


 ここからだ。ここからきっと、戦いは終わらない。俺はチャクラをなくし、サンドラも物理的に目を潰された。この状態で、最後の魔法の完成まで耐える必要がある。


「サンドラ」


「分かってる。闘神インドラ


 目が潰れながらも、サンドラの中でアジナーチャクラが開く。


 それをロキが潰そうと手を構えたから、俺は突撃した。


「ッ! 幻覚は絶対封じるつもり~!?」


「ああ、その通りだ! それになぁ!」


 俺はロキと鍔迫り合いながら、ニヤリ笑う。


「俺はもうチャクラは封じられた身だ! 今の俺にとって、レーヴァテインはただの剣でしかねぇ!」


「えっ……わ~! ホントだ! ズルだよそれ! ズル~!」


「お前のがよっぽどズルだろうが!」


 俺は腕力差でロキの剣を吹き飛ばす。からの横薙ぎ。ロキは剣で受けるも、薄く傷が入る。


「剣術勝負ってだけなら、そう負けてるつもりはねぇぞ、ロキッ!」


「やば~! にひひひひっ♡ 淡々と戦うって言ってなかったっけ~!?」


「言葉の綾だ!」


 俺は上段から、デュランダルを滅多打ちにする。ロキは細い腕でどうにかそれを受け、受け、とうとう崩れる。


「おいおい! 大魔法前に勝っちまうんじゃないか!?」


 俺は崩れたロキに詰めろをかけて、その胴体にデュランダルを狙いすます。


 そこで。


 横やりが入った。


「オォォオオオオオオ!」


「ッ!?」


 見ず知らずの魔人が、俺たちに突進してくる。何故か眼からは蒼い炎が吹き出し揺らめいていて、尋常の状態ではないことが一目で分かってしまう。


「くっ、何だお前ら!」


 とはいえ、その辺のザコ魔人。俺がデュランダルを振れば、簡単に倒れていく。


 しかし。


 それでロキは、行動する隙を得てしまった。


「まず、サンドラ様の目を潰して~」


「ぅっ」


 サンドラのアジナーチャクラが、またも潰される。目元が血まみれで、サンドラはその場に動けないままでいる。


「あとは幻覚でご主人様を殺せば、おしま~い!」


 ロキが指を鳴らす。音が響き、直後背後からロキの刃が俺を貫く。


「―――――ッ」


 終わり。それの脳裏に、その言葉がよぎる。走馬灯のように、ゆっくりと時間が流れるのが分かる。


 殺されれば、アナハタチャクラが燃やされている俺は、復活できない。じゃあ、もう終わりか? 本当に、これで――――


「支配領域、『ヘルヘイム』」


 そこに。


「おい、バカ弟子二人。不甲斐ねぇ姿晒してんなよ、みっともねぇ」


 アイスの支配領域が、ムティー師匠が、割り込んでくる。


「ッ!」


 ロキが動揺すると共に、幻覚が破られる。


「にしても、へぇ。条件付きで運命量を無限にする支配領域か。面白い発想だな。確かに今のお前は、どんな方法でも殺せねぇ」


「ムティー!」


「ったくよ。支配領域でアイスが無理やり連れてきたから、仕方なく助けてやる。感謝しろバカ弟子」


 不敵に笑いながら、ムティーはロキを見た。ロキは舌打ちして、「寄ってたかってこんなちっちゃな子虐めて、恥ずかしくないの~!」と頬を膨らませている。


「ちっちゃい子ぉ? お前何千歳だよクソ爺が!」


「今は女の子ですぅ~!」


 ムティーの肉薄を、ロキは回避して剣を振るう。レーヴァテインはムティーを素通りし、「お師匠様も全自動回避なの~!? ヤダも~!」とロキは拳を握る。


 ムティーの目がつぶれる。「チッ」とムティーが舌を打つ。


 だがその隙は、俺が突かせない。


 俺はデュランダルを構えて肉薄する。ロキと再び鍔迫り合いになる。ギリギリと音を立てて、神話武器二つが火花を散らす。


「くっ……! ホント、ご主人様って厄介~っ!」


「お前が言えたクチかよ、ロキ!」


 横から再び目火魔人が襲い掛かってくる。俺は鍔迫り合いを崩さずに、蹴りで魔人をぶっとばす。


 だがそれで出来たわずかな隙を、ロキは突いてきた。ロキの剣が俺を裂く。俺の体に小さな傷がつく。


「ここで幻覚、はダメみたいだね~!」


闘神インドラ


 目元の血を拭って復活していたサンドラが、真言を唱える。アジナーチャクラで見つめられている以上、ロキの幻覚は発動しない。


「二人も襲っちゃえ! ヘルのシモベ達!」


 腹いせのように、周囲に集まってきていた目火魔人たちを、ロキがサンドラ達に差し向ける。だが、すでに回復したムティーを前には、それも大した意味はない。


「ハッ! ザコどもが!」


 ムティーによって目火魔人が蹴散らされていく。ヘルのシモベらしい魔人たちが、ムティーによって一方的にぶっ飛ばされていく。


「ここだよ~っ! フェンリル! 助けて~っ!」


「任せろッ!」


 テュポーンに引きつけられていた怪物たちの内、フェンリルが飛び出して、強引にロキを救い出す。その勢いに、俺はぶっ飛ばされ、瓦礫を転がって傷だらけになる。


「クソっ! やられた!」


 俺は煤だらけになって立ち上がるも、すでにロキはその背中に収まって遠くにいた。俺はわずかでも距離を詰めようと肉体一つで飛び出す。


 だが、ロキが手を振るう方が、何倍も早い。


「あっ」「チィッ! またか!」


 サンドラ、ムティーのアジナーチャクラが潰される。目から血が噴き出す。これでロキの幻覚が復活する。


「ここまで来ても油断はしないよ~! ご主人様! これで終わ」


『ウォォオラァアアアアアアアー!』


 怒号。誰もがそのあまりの声量に、テュポーンを見た。そして、テュポーンが何をしたのかを目の当たりにする。


「え」


「うわ」


 ロキがポカンと声を漏らし、俺は自分も巻き添えを食らうと理解して、ギリギリで方向転換する。


 だが、それはグングンと速度を上げて迫りくる。いや、クソ、マジか。マジかこれ! どうすんだこれ!


 俺が必死に走って走って、ギリギリ、本当にギリギリの回避だった。




 テュポーンに投げ飛ばされたが、ロキの真上に落下し、フェンリルごと押しつぶす。




「ひゃぁあああああ!?」


「うぉ嘘だろがはぁっ!」


 ロキとフェンリルの悲鳴が重なり、スルトに押しつぶされる。俺はスルトの足が眼前に落ちてくるのに動悸しながら、ほうと安堵の息を吐いて着地する。


 直後。スルトの上にロキが現れた。全員の第二の瞳、アジナーチャクラが復活していないから、それを突いて避難する意図の幻覚だろう。


 そして、それが現実と化す。ロキの無傷は真実となり、消耗なしのロキがそこに立っている。


「も~! しぶとい! しつこい! みんな何なの~!? 全然思った通りに戦えな」


「支配領域『ヘルヘイム』」


「ぅぐぇっ」


 アイスの声が響いたと思った瞬間、過程をすっ飛ばして、ロキの身体に複数の氷鳥が突き刺さっていた。声の下に目をやれば、アイスとトキシィが並んでいる。


「バードストライク、だよ……!」「しかも私特製毒を塗り込んだね!」


「う……この、畳みかけ、は……!」


 ロキは一気に顔色を一気に悪くして、よろめきと共に、その場に片膝をついた。


 アイスの支配領域ヘルヘイムを使用した回避不可の攻撃に、いまだ底知れないトキシィの毒付きだ。弱めの神なら完封できるコンボである。


「ロキ……ううん。ローロちゃん。……わたしは、あなたになんか負けない」


 アイスが、言う。


「わたしは、ずっと、ずっと前から、ウェイドくんを幸せにしようとしてきたの……! 今更になって現れたあなたなんかに、それは譲らない……!」


「ぅ、ぉぇ、が……あぁ、もう……!」


 ロキは立ち上がろうと全身に力を入れるも、再びその場に崩れ落ち、ボトボトと血を吐いた。それから、消え入りそうな声で言う。


「よるむ……がん、ど」


 その言葉の直後、全てが薙ぎ払われた。


 世界蛇ヨルムンガンドの尻尾の一振りが、ロキに注目していた全員を吹き飛ばした。俺たちはまとめて瓦礫の上に舞い、満身創痍で地面に転がる。


 辛うじて立ち上がれたのは、俺とムティーくらいのもの。そのムティーもヨルムンガンドにさらに叩き潰され、遠く視線の先ではテュポーンも崩れ落ちている。


「……これで、本当に、本当に、おしまいだよ~?」


 気づけば俺から数メートルの距離に、毒を帳消しにしたロキが立っていた。俺は、「はは……」と笑う。笑うしかない。俺たち全員、もうロキに抗う手はない。


 ―――唯一。俺の大魔法を除いて。


「……ロキ。上、見てみろよ」


「今更、何~……? ……え?」


 ロキは、俺に言われた通り上空を見た。


 そこにあったのは、巨大な。本当に巨大な瓦礫で出来た球体だった。ヨルムンガンドにも匹敵しうるほどの巨大な塊。


 テュポーンを持ち上げるだけであれだけ苦労していた俺が、ここまで瓦礫を持ち上げられた理由。


 それはひとえに、大魔法の準備だからだろう。神が力を貸してくれている。そんな感覚があった。


「な、なに、なに、あれ……」


「うぉ……デカ……」


 ヨルムンガンドが、言うに事欠いて『デカイ』などと言うから、俺はボロボロのまま笑ってしまう。


「ロキ、これは、ただの前準備だ。この程度じゃ、ヨルムンガンドを叩き潰すことは出来ても、お前を倒すことなんてできないだろ?」


「……ご、ご主人様、これより先が、あるの……?」


「まぁ、見てろよ」


 俺はニンマリ笑って、「ディープグラヴィティ」と追加詠唱する。巨大な瓦礫玉の中心で、概念攻撃力が付与される。


 これで、下準備が終わった。なんて面倒な魔法だ。そう思う。


 だが、これで終わりだ。ロキの言う通り、終わり。


「これが、重力魔法最後の魔法にして、完成の大魔法。そして、お前を破る魔法だ、ロキ」


 俺の言葉に、ロキが大きく震えた。見ればヨルムンガンドも、他の誰も彼もが、頭上の巨大な塊を見つめて震えている。


 その震えはきっと、ただの恐怖ではなかった。恐らく全員に、予感がしているのだ。


 ―――もはやどうしようもないと。そういうものが現れようとしていると。


 だからその恐怖が、あらゆる全員を縛りつけ、俺の邪魔を決してさせない。


 しかしそれでも、ロキは果敢に、震え声で言い返してくる。


「ろ、ロキを、あんな大きいだけの瓦礫の山で、どうやって倒すつもり~!? い、言ったでしょ~! ロキは、ラグナロクで、絶対に負けないように運命を支えられてて」


 俺はそれに、言い返す。


「つまり、ラグナロクが破壊されれば、お前はただの神ってことだろ?」


「……え?」


 ロキの呆けたような顔にほくそ笑みながら、俺は瓦礫玉に指差し、言った。


「始動」




 重低音が、響いた。




 聞いたこともないような、低く鈍く、大きな音が、城下街に響き渡った。


 誰もが、瓦礫でできたひどく巨大な玉を見つめていた。


 重低音が、また響く。何度も、何度も響く。


 その度に、瓦礫玉がドンドンと縮む。


「あ……あ……」


 その異様さに、恐ろしさに、誰もが目をくぎ付けにされていた。ロキですら、勝利を目前としながら、その場に縛り付けられ、瓦礫玉に目を奪われていた。


 瓦礫玉は、気付けばフェンリルサイズに、スルトサイズに縮む。さらに縮んで、建物大に、馬車大に、人間大に縮む。


 しかし、収縮はまだ終わらない。


 響かせる音ばかり大きくなりながら、瓦礫玉は拳大にまで縮む。そうしながら、ゆっくりと俺の下に降りてくる。瓦礫玉はいつしか真っ黒に染まり始めながら、俺の指先に浮いた。


 それは、小さな小さな、指先の欠片ほどの、漆黒の真球だった。


 サイズは、極めて小さい。指の第一関節の、何十分の一ほど。少し顔を離せば目視すら難しいほど小さな漆黒。


 だというのに、誰もが無視できないほどの存在感を放っていた。近くにいるだけで怖気が走り、俺以外の存在は、すべてがその場に縫い付けられ、動けなかった。


「……ご主、人様。そ、そん、そんな、小さな玉ひとつ、で、ロキに、勝つ、つもり……?」


 言いながらも、ロキはまともに立てないほどに足を震わせていた。強がりを言い、この場に及んでも、ロキは敗北を認めなかった。


「ああ、その通りだ。これがロキ、お前を倒すための、唯一の方法だ」


「そん、な、そんな、玉一つで……ロキ、ロキは、負け、ない。――――負けない……ッ!」


 そうしてロキが、大魔法の恐怖を引きちぎる。


 ロキは我武者羅に走り来た。レーヴァテインを振りかぶり、「あぁぁああああああ!」と雄たけびを上げながら、俺にトドメを刺さんと迫る。


 だがもはや、勝負はすでに決まっていた。


「大魔法、マイクロブラックホール」


 俺は、呟く。


「ターゲット:ラグナロク」


 ―――その一言で、すべては決した。

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