第440話 レーヴァテイン

 ロキは新たに手にした剣、レーヴァテインを撫でていた。


 俺はそれに、デュランダルを構え対峙している。


 大怪物三人を退けた直後の船の上。心地よい緊張が、その場に張り詰めていた。実力の拮抗する、あるいは上回る相手を敵にしたとき独特の、ひりつくような緊張感。


 ロキは、俺が負けるまで、俺が満足するまで、強くなり続ける。つまり俺は、どこまでも、どこまでも強くなっていい。成長しながら戦っていい、ということだ。


「ふー……」


 長く息を吐く。意識を戦闘に没入させていく。


 ロキのわずかな身じろぎ一つまでも、良く見て取れるようになっていく。研ぎ澄まされた意識がどんどん鋭利になっていくのを感じる。


 だから、ロキが剣に触れる手の雰囲気が変わったのに、俺はいち早く気付くことができた。


「警句を述べ、ぃっ」


 肉薄、からの一閃。デュランダルがロキを切り付け、ロキの次の手を封じることに成功する。


「―――大仰に持ち出したかと思えばッ! その剣、呪われた勝利の十三振りかよ!」


「も~! お座りもできないの~♡ ご主人、様ッ!」


 剣戟を交わして、俺たちは位置を入れ替える。俺はあまりに楽しくて、「ハハハッ!」と笑いながら、ロキを指さした。


「ディープグラヴィティ」


「っ」


 直後、ロキは指を鳴らす。幻覚のための所作。それが先んじて潰され、ロキは硬直した。


 俺は急接近し、デュランダルをロキに突きこむ。


「ぃぎっ、か……!」


 それを、ロキはギリギリで回避した。脇腹を裂かれ血を滲ませるも、致命傷とはならない。


 運命の強制力。


 もう少し手を伸ばせば、ロキの命に届きそうと感じる。なのに何故か、空振りが続きそうだとも思う。そんな感触が、手の先から伝わってくる。


 直後、ロキが消え、俺の首にレーヴァテインが突き立てられる。


「がぁああっ!」


「にひひひひひっ! 指鳴らしが幻覚発動のトリガーだと思った~?」


 レーヴァテインが一閃され、俺の首が落ちる。直後ロキはさらに俺へと―――俺のアナハタチャクラへと刃を振り下ろし。


 俺の拳が、ロキの胴体を突き破り、その内臓を引き抜いた。


「ぁぁあああああっ!」


 ロキが盛大に血を吐く。その時間でアナハタチャクラが発動し、俺の肉体が再構築される。


 俺はよろめき倒れるロキ目がけて、渾身の蹴りを放った。


 ロキの体が吹っ飛んでいく。俺は思わず、大笑いしていた。


「はははははっ! はっははははははは! 楽しいなぁ! 楽しいなぁロキ! こんなに、こんなにギリギリの戦いは、人生で何度ぶりだよ!」


「にひ……喜んでもらえて……何よりだよ、ご主人様……♡」


 地面に倒れ、突っ伏しながら、ロキはそんなことを言う。やり過ぎたか、という思いが頭をよぎる。


 つまり、これは幻覚だ。


ブラフマン


 アジナーチャクラを起動する。第二の瞳が真実を見抜く。


「警句を述べる」


 弱った自分の幻覚の裏で、ロキは剣を撫でていた。俺は総毛立ち、弾かれたように走り出す。


 だが、遅かった。


「『神に火を与えん、終焉と罪の火を』」


 俺はデュランダルを伸ばしながら、足りない距離を補って一閃する。空中に銀閃が走る。ロキの肉に食い込み、その全身を二つに断ち割らんとした時。


 ロキの剣、レーヴァテインが、デュランダルに触れた。


 レーヴァテインから放たれた火が、デュランダルを通じて俺へと走りくる。俺は慌てて、デュランダルを投げ捨てた。それから重力魔法で掴み、空中運用に切り替える。


 大剣デュランダルには、いまだに火が灯っている。俺は震える手で、投げ捨てた自分の判断が間違っていなかったことを確信する。


「にひひっ♡ ご主人様、すっご~い! 躱しちゃうんだもん。運命もそうだけど、戦闘センスが良すぎるよね~!」


 ロキは手を叩いて俺を褒める。そこにはすでに、上位者の余裕が宿りつつある。


「ロキ……! ホント、マジで、お前ほどの敵は一人もいなかったぜ」


「でしょ~♡ これでも北欧神話じゃ、一番目立ってた神の一柱だも~ん。しかもここは、アースガルズどころかニブルヘイムだし~」


 ロキがレーヴァテインを振るう。火がそれに追従する。


「神としては、本領も本領って感じ~? まぁ死んで魔人になってるから、魔王って呼ぶのが正解かもだけどね~♡」


 ロキは悪戯っぽく舌を出す。外見は、幼いローロのまま。だがその実力も、存在感も、運命も、ローロの頃とは段違いだ。


 恐らく、すでにロキは、俺を上回る実力を得ている。さらに鋭くなった動き、レーヴァテインの真の力。それが明らかになっていない今ですら、俺は息を上げている。


 俺は、ごくりと唾を飲み下す。


 なら、もう一つ、やっても良いか?


 新しい魔法。新しいチャクラ。そこにもう一つ、新しい手立てを、開放しても―――


「ご主人様♡」


 ロキは、甘く囁く。


「ロキにはね~……何しても、良いんだよ♡」


 俺はそれを聞いて、笑いながら、デュランダルに告げた。


「【警句を述べる。『怒りこそ我が力の根源なれば』『神に火を与えん、終焉と罪の火を』】」


 拳を打ち鳴らす。手甲デュランダルに、呪われた勝利の十三振りの能力が、同時に二つ宿る。


「―――見た直後にパクっちゃう、普通!?」


「何やってもいいって言ったのは、ロキ! お前だろうがぁ!」


 ヴィシュッダチャクラによる二重警句を宿して、俺はロキに肉薄した。魔剣グラムによる極端なバフ効果に重ねて、手甲に詳細不明のレーヴァテインの火が灯る。


 それに付随するように、魔法印に焼けるような痛みが一瞬走った。レーヴァテインの十三振りの呪い。副作用。しかしその本質は、デュランダルによって抑え込まれる。


 ロキが、レーヴァテインを振るった。回避できない迎撃の一太刀。ぶつかり、本来ならばそこからレーヴァテインの火が俺に灯るはずだった。


 だが、コピーした特性同士がぶつかり合い、手甲デュランダルからはレーヴァテインの火が伝わらない。ロキが目を丸くして叫ぶ。


「うっそぉ!? コピーされたら無効化されちゃうの!? いや、そもそも呪われた勝利の十三振りがコピーされること自体がおかしいんだけど!」


「はははははっ! これでまた俺が少し有利だなぁ! 何せ!」


 俺はさらに拳を叩き込む。剣戟の時点で互角の剣技だった。そして俺は剣よりも拳の方が得意で―――そこに、グラムのバフ効果が効いている。


「ぎっ、くぅっ、やばっ、かっ」


 十回の打ち合わせでロキは息を上げ、二十の打ち合いでロキの体幹に揺らぎが生まれ、三十の打ち合いでついにレーヴァテインが弾かれる。


 がら空きになる胴体。瞳、アジナーチャクラを起動済。俺は息を吐いて集中し、重力魔法と心臓アナハタチャクラ、そしてデュランダルの重量操作で、全力の拳を叩き込む。


「何度も復活するんだろ? なら、俺が満足するまでは、俺が勝ち続けなきゃなぁ!」


 ロキの胴体ど真ん中にえぐりこんだ俺の拳が、ロキを盛大に打ちのめす。


 確かな手ごたえ。命に届く殴打感。それに俺は―――


 ―――何か、違和感を覚えた。


「ご主人様、そんなこと気にしてたの~?」


 俺の打ち込んだ拳は、ロキの胸元に突き刺さっている。そこから、強烈な熱が渦巻き、赤熱を始める。


「そんなこと気にしなくていいのに~♡ そういう意味だったら~、ロキはもう、軽く十回は死の運命から逃れて、パワーアップしてるんだから♡」


 俺は悪手だったと手を抜こうとする。だがロキは俺の手を掴み、逃がそうとしない。


「でも、そろそろご主人様の方の運命が尽きちゃいそうかも~……? にひひっ♡ 尽きたら~、今度はロキのお願い、聞いてほしいな♡」


 熱がどんどんと俺の体を侵食する。デュランダルの中にある腕が、ロキの火に焼かれて炭化していくのが分かる。


「みんなで仲良く魔王城建て直して~、それで魔王城復活パーティーするの~♡ 商人ギルドのパーティーみたいな、豪華な奴やろ~? で、それが終わったら、ロキとご主人様の結婚式をみんなで挙げて~」


 そして。


「みんなで、家族になるんだよ♡」


 ロキの劫火が、吹き荒れた。


「――――――」


 悲鳴を上げることさえ許さないほどの火が、俺の全身を焼き焦がした。


 俺は抵抗もできないまま吹っ飛び、炭になって散り散りになる。俺の体はアナハタチャクラで再生されていくが、前後不覚で何が何やら分からない。


 そこに、ロキは迫っていた。


「そりゃ~」


 ロキがレーヴァテインで俺を斬る。俺は慌てて避けるも、薄皮一枚で食らってしまう。


 そこから、レーヴァテインの火が俺の中に入り込んだ。レーヴァテインの火は、肉を焼かずに、まっすぐに俺のチャクラへと移動し、焼き焦がす。


「ご主人様のその光ってる体の部位、それ、神でしょ?」


 ロキは悪戯っぽい笑みで剣を振り上げる。


「なら、レーヴァテインの効果の対象だね♡ レーヴァテインの火は、『神を燃やし尽くす』効果があるの。それも、復活するのも許さないくらい、徹底的で粘着質な復讐の火」


「ぶらふ、がぁっ」


 俺が真言マントラを唱えようとしただけで、チャクラが燃やされ、痛みが走った。四つの俺のチャクラが、一つも機能しない。


「で、こう♡」


 ロキの一閃が、俺の左腕を落とす。俺は息を飲んで退避しようとするも、追ってきたロキの一閃が、さらに右足を落とした。


「にひひっ♡ これでとうとう、ご主人様も終わりかな~♡」


 ロキはレーヴァテインを逆手に持ち、地べたに寝そべる俺にとどめを刺そうとする。


 それに俺は、獰猛に笑うのだ。


「―――こんなもんで終わるかァッ! リポーション!」


 俺の体が、船から弾かれる。俺は重力魔法で空から脱出し、猛スピードで地上を目指した。


「あっ、逃がさな、わっ」


 追ってこようとするロキを邪魔するように、重力魔法で掴んでいた大剣デュランダルを呼び寄せる。それで弾かれ、俺は確かに窮地から脱する。


 そうやって、あまりに我武者羅に脱出を意識し過ぎたせいで、俺は瓦礫に突っ込んでいた。全身に傷を負い、痛みを感じてから、「ああ、そうだ。アナハタチャクラ燃えてんだ」と思い出す。


 だが。


「は、はは」


 そんな、みすぼらしい自分の様が。そんな風になるくらい激しすぎる、高度な戦闘が。


「はは、ははははは」


 楽しくて、堪らなかった。


「ははははは、ははははははははは……!」


 俺は瓦礫から立ち上がる。片足を失い、デュランダルを杖にして空に浮かぶ船を睨む。


「……まだ、だ。まだ、もっと、楽しく、なる……」


 こんなところで、こんな程度で、死んでいる場合ではない。


 どうしてくれよう。どうやってここから勝ちに行こう。まだだ。まだ俺はちっとも満足しちゃいない。まだ俺には、いくつもできることが残っている。


 神を超える戦闘能力を得たがゆえに、俺の放つ言葉はドルイドの魔法となって、更に神に対して交渉力を持つだろう。


 俺の体に埋め込まれた結晶瞳は、魔人イオスナイトのものだ。だからここに刻まれる魔術を調節すれば、支配領域だってできる可能性がある。


 そもそも、俺はまだ重力魔法を完成させていない。最後の魔法をロキにぶちかますまで、俺は決して負けたとは思わない。


 自分の目が、ギラギラと闘志に輝いているのが分かる。人生で一番楽しい瞬間に、痛みなんて置いてけぼりにして、脳内麻薬が溢れているのが分かる。


 このまま、どこまでも行ってしまいたい。どこまでも突き抜けてしまいたい。ロキとならそれができる――――


 そんな俺に冷や水をぶっかけるように、ある声が耳に届いた。


「ウェイドくんッ!」


 俺はその声に呼ばれ、我に返った。


 横を見る。そこには、必死な様子で俺に駆け寄ってくるアイスたちの姿があった。


 全員が、泣きそうな顔をしていた。アイスに続くトキシィなんて涙の痕が顔に残っていたし、一番奥から歩いてきたムティーですら、信じられない顔で目を丸くしていた。


「アイス……? みん、な……」


 みんなの名前を呼ぶと、急に俺の気持ちが、現実に戻ってきたような感じがした。途端俺は全身の痛みに意識が弾け、倒れるように気絶する。

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