第438話 運命

 ―――これは、ヨルムンガンド戦が終わって、すぐのことだ。


 ムティーが戻ってくるまで、俺とクレイは休憩していた。


 というのも、流石に疲れていたのだ。俺はスルト、フェンリルに続きヨルムンガンドと連戦だし、クレイはテュポーンを最大限まで巨大化させた。


 げっそりしながら、俺は話す。


「いや……我ながらよくやったろ。神話の怪物と連戦だぜ。フェンリルに関しては勝ち逃げされてるし」


「ウェイド君が負けたのかい?」


「まー……アレは俺が悪い。悪い負け方をした」


 純粋に戦いを楽しめていれば、もっとマシな結果だったと思う。嫁さんたちに尻拭いをさせる結果となったのは、申し訳ないやら恥ずかしいやら。


 と俺がしょぼくれていると、いつの間にか戻ってきたムティーが、半笑いで煽ってきた。


「は? バカ弟子何負けてんだよダセェな」


「うるせぇ」


「お前いつも『強敵との戦いじゃなきゃ面白くない』とかイキっといて、負けてたらどうしようねぇじゃねーかよ」


「何だおい、やり返してるつもりか? ムティー! ケンカなら買ってやんぞおい!」


「はいはい。仲良し師弟は分かったから」


「「誰が仲良しだ!」」


 クレイの仲裁に、図らずしもムティーと言葉が被ってしまって、俺は憤懣やる方ない始末である。


「となると、残るはローロちゃんだけ、だね」


 クレイが確認するのに、俺は頷く。


「ああ。今はアイスたち三人が、キリエを匿って逃げてくれてる。ローロがロキになる前に叩きたいところだが、どうなんだろうな」


 通信指輪をこする。しかし反応がない。まぁいい。あとで、アジナーチャクラで追跡するか。


「そうだね。ひとまずは、上手く運んでいる、という事かな」


「そうだな。まったく、ローロたちの所為で、ヘルまでたどり着いてからの方がよっぽど苦労してるぜ」


「そりゃあ彼らは、ラグナロクの『世界を滅ぼす者たち』だからね。苦労もするよ」


 苦笑するクレイに、俺は「ホント、『殺して魔人にして、家族になろう』だなんて、無茶苦茶言ってくれるっていうか……」と呆れてしまう。


 それに、ムティーが言った。


「ウェイド、そのことについてだが、いくつか話すことがある」


「……何だよ」


 ムティーが茶化しもなしに話すときは、大概ろくでもない話になる。それが分かってきていたから、俺は渋い顔で先を促した。


 ムティーは、俺たちの休む屋上の適当な瓦礫に腰掛けながら、話し始めた。


「クレイと探ってた内容だ。お前を見つけた時、魔王城と魔王軍基地を探ったって話はしたろ」


「ああ、聞いたけどさ」


「そうだね。今の内に、ウェイド君には話しておきたいことだ。これからローロちゃん……ロキと戦うかもしれない。そうなった時、話す時間があるかどうかわからないから」


「何だよ、クレイまで」


 二人して神妙な顔をするから、俺は何を話されるのか、とソワソワしてくる。


 ムティーは、言った。


「ロキの魔眼。それが、オレたちが調べてきたことだ」


 魔眼。俺は口をつぐみ、その話に耳を傾ける。


「……魔王ヘルの居城でのやり取りで、ロキの分け身が、お前に言ったろ、ウェイド」


『そうしたら、みんなで一緒に、家族になろう♡ 残酷な運命をぶっ壊して。ね~♡』


 ローロは、俺にそんなことを言った。家族になろう。殺して、俺たちを魔人にして。


 しかし、ムティーが突っかかったのは、そこではなかった。


「何で今、運命なんて言葉が出てくるんだって思った。だから調べた。そしたらロキって神はな、自分の幻覚に自分で騙されないように、特別な目を持ってやがるんだと」


「特別な、目……」


「それが、ロキの魔眼だ。原典神話には載ってない、実際のロキの持つ権能の一つ。あらゆる真実を見抜く。そういう魔眼らしい」


 俺は口を曲げ、問い返す。


「ってーと、アジナーチャクラみたいなもんか?」


「そうだな。ウェイドお前、一回アジナーチャクラをロキの分け身に潰されてたろ。あれはロキの魔眼に見つかって、カウンターを打たれたってわけだ」


 なるほどと俺は納得する。となると、ローロの魔眼は、アジナーチャクラよりも上の可能性があるな。


「……それで? それに気を付けろって話か?」


「いいや、ウェイド君。ムティーさんは『運命』って言葉がローロちゃんから出てきたのをきっかけに、この調査を始めたんだ。ここまでは前置きのようなものだよ」


 クレイの補足に、俺はムティーに向き直る。


 ムティーは言った。


「ウェイド。ロキの分け身が『運命』だの何だのと言い始めたのは、恐らくお前の運命を見たからだ」


「は?」


 運命。たまに聞く言葉だ。ムラマサやフェンリルにやられたのは、俺の運命が否定されたがため。俺が俺の分身に勝てたのは、運命の差のため。


 あればあるだけ栄光に近づくナニカ。それが俺の、運命に対する雑な理解だ。


「……俺の運命とやらが、どうかしたかよ」


 俺が口を曲げて問うと、ムティーは言った。


「『創造主の運命』。それがお前に宿るものの名前だ、ウェイド」


「……創造主? いや、聞いたことはあるんだけどさ」


 神と違い、縁遠いイメージばかりある。神よりもさらに遠くの、ぼやけた何者か。


「ああ。お前には馴染みがないだろうな。この世界の創造主。神とは違い、求めには応えない。その代わりに、奴の眼差しはそのまま運命として対象に宿るとされている」


 創造主。運命。やたら言葉が壮大になってきたな、と俺は眉をひそめる。


「中でも、特別製なのが『創造主の運命』だ。世界の覇者たるを約束され、後に必ず破滅する」


「……世界の覇者ってのはともかく。破滅とは、ずいぶんな言いがかりをつけてくれるじゃんかよ」


 俺が困惑交じりにムティーを睨むと、クレイが首を振った。


「ウェイド君。これは、事実なんだ。『創造主の運命』を持った者は、史実上例外なく、これ以上ない栄華とその後の破滅を迎えている」


 クレイの追従に、俺は顔を強張らせる。クレイは、「そして」と俺を見た。


「これまで史実で『創造主の運命』を担った者は、一人残らず召喚勇者だった」


「……」


 俺の中で、何かがつながる。俺の立場。過去に『創造主の運命』を担った者たちの立場。そして共通する、俺たちの運命。


 思い出すのは最古の古龍、初対面のエキドナの言葉。俺を転生者と呼び、そしてこう語った。


『貴様ら外の人間は、創造主より祝福を贈られている』


 俺は、確信する。創造主が、俺をこの世界に転生させたのだ。


 そして、今話に挙がっている、『創造主の運命』も……。


「ウェイド君。君はこの世界に生まれた人間だ。だから、君と召喚勇者で、何故『創造主の運命』が共通するのかは分からない」


「だが、オレのアジナーチャクラで確認した限り、これは真実だ。オレも改めて確認して、そういうことかって納得したけどな」


 ムティーの物言いに、俺は聞く。


「前に言ってた『弱い者いじめを楽しめ』って話か」


「そうだ。すべてを手に入れた後、手に入れたすべてで楽しめるかどうか。すべてを手に入れてねぇオレが言うのは何だが、今までの連中は全員それじゃダメだった」


 だから、『創造主の運命』は、栄華に付随する破滅の運命として知れ渡った。


 そしてその忌まわしき『創造主の運命』を、ロキの魔眼が、ローロが、知ってしまったのだ。


「……じゃあ、ローロの狙いは」


「ウェイドが破滅を迎えて、めちゃくちゃな状態で魔人になるくらいなら、その前に今殺して、魔人としてここに迎えようって腹なんだろうよ」


「そして、それは死生観を飛び越えた魔人たちにとっては、一つの救済でもある。死ねば運命からは囚われなくなるからね。神でさえああまで落ちぶれられるのが、その証拠だよ」


 運命に囚われ、ひどい結末を迎えるくらいならば、その前にあっさり殺して地獄で仲良く過ごしてしまおう。


 ローロは、そんな風に考えた。だから強硬策に出た。殺すと宣言し、ラグナロクを起こすと脅して逃げるのも封じた。


「……じゃあ、俺を殺すまではみんなを殺さないってのは」


「君が一番強い以上、君を殺せるなら他のみんなも殺せる。全員殺すか一人も殺さないかのどちらかにしようと、ローロちゃんは言ったんじゃないかな」


 もし俺を殺せないで他の誰かが死んだら、それは不幸だ。


 誰かが魔人となって地獄に囚われ、地上に戻る生者と、最後には地獄に縛られる死者で別たれることとなる。それは不幸だ。


 だからローロは、それを避けた。……何というか、それは。


「ローロは、徹底的に、俺たちの幸せを考えて動いてくれてるのか」


 俺は、下唇を噛む。ローロに、そこまでさせてしまった、という気持ちが勝つ。


 踊り食いは凄惨だ。そのために整える手筈も多い。ましてやローロは、元々魔人としては最下層に近い弱者。


 そんな小さなローロが、俺たちのために、ここまでやってのけたのだ。


 俺は立ち上がる。


「ローロを探そう。どう事が運ぶかは分からない。強くなりすぎた先にあるものがどんなものなのかは、俺にもまだ分かってない」


 けど、と俺は続ける。


「ローロと、このまま普通に戦って、普通に勝ち負けを決めるのじゃ、ダメだ。俺はローロと話したい。ローロと、話さなきゃならない」


 俺が言うと、クレイは立ち上がる。


「そうだね。ウェイド君は一度、しっかり話すべきだ」


「チッ。あーあー青臭ぇなぁどいつもこいつも。……ま、乗り掛かった舟だ。話す話さないは好きにしろ。戦力としてなら力を貸してやるよ」


 二人が協力を名乗り出てくれる。俺はそれに頷いて、「ありがとな。じゃあ、行くか」と建物の屋上から飛び出した。 

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