第436話 本気を越えた本気
クレイは、フェンリル、スルトの二人を苦労しながら相手取っていた。
「せぁぁああああああ!」
スルトの剣戟は、その何倍も大きいはずのテュポーンの体を簡単に切り刻んでいく。
「うぉらぁぁぁあああ!」
フェンリルは身軽にテュポーンの体を駆け上がり、構成する瓦礫を容易くかみ砕いていく。
この二人を相手に、テュポーン一人だったなら、恐らくもう負けていただろう。そのくらい、対格差で圧倒していても、手ごわい相手だった。
いまだに立って二人を相手取れているのは、テュポーンを守る三人のお蔭だろう。
「ムティー、ピリア、魔力切れた。しばらく休む」
「あぁ? チッ、仕方ねぇな……。つーかサンドラ、お前サハスラーラチャクラ習得してたか?」
「してない」
「チッ、じゃあチャクラで魔力回復は無理だな。まぁいい。雷霆が便利だからってしばらく任せてたし、こっちでやる」
「あっははははは! 見てよ二人とも! 霧で訳分かんなくなって、フェンリル、その辺の瓦礫に攻撃してるよ! あっははははは!」
「ピリアは趣味が悪い」
「同感だ」
「ねぇ~え~! 梯子外すのはんたーい!」
サンドラ、ムティー、ピリア。
この三人は、わちゃわちゃ言い合いながら、敵の攻撃をいなしている。人数もちょうどいいのか、回復が遅れて窮地という事も、今のところないようだ。
だから。
クレイはテュポーンに、思い切り暴れさせることができる。
『チビどもガァー! オレの拳ヲ、喰ラエぇー!』
テュポーンの拳が、振り下ろされる。
「ぐぅっ」「がぁああっ!」
それにスルトはギリギリで回避しつつも瓦礫を食らい、フェンリルはかすって盛大に吹っ飛んでいく。
悪くない。そう思う。普通なら致命傷となるような攻撃を何度も叩き込んでなお、敵二人は健在だが―――それも元々、ウェイドが想定していた通り。
クレイたちの目的は、消耗を避けつつ圧倒し、可能な限り長く、この二人を引き付ける。
うまくやれている。そう思いながら、クレイはチラと、ウェイドの方を見た。
ヨルムンガンドの頭上。極めて巨大なテュポーンよりもさらに巨大なヨルムンガンドの頭の上で、今ウェイドとロキが戦っている。
驚異的な速度で強くなった我らがリーダー、ウェイド。一方敵は、分け身を取り戻し全盛期となったラグナロクの首魁、ロキだ。
どんな戦いをしているのか―――そう想いを馳せた瞬間、ヨルムンガンドの頭上、遥か上空に、巨大な炎の残滓が円形に広がった。
「っ?」
それと同時に、ヨルムンガンドが動き出す。頭を振り、頭上にいるだろう人々を振り落とす。同時に銀閃がまたたいた。
「……ウェイド君、君たちは一体、どんな戦いをしているんだ」
何か末恐ろしいものを感じながら、クレイは自分の戦いに意識を戻す。
ロキの火が、俺を焼いていた。
「クソッ!」
ロキが迫る。構えるは貫き手。接近する過程が抜けて見えたから、これは幻覚だ。
だから俺は毒づき、血まみれになった目を拭いながら、アジナーチャクラを起動する。すると幻覚のロキの姿が透け、本物のロキの動きが露わになる。
だから困惑した。
アジナーチャクラを起動したのに、ロキの姿が透けて消えない。
「アジナーチャクラが無効化―――違う! 幻覚に合わせたのか!」
「せいか~い! にひひっ♡」
ロキの貫き手が走る。俺はそれを、横に躱す。
それを焼くのが、ロキの火だった。
「あぢ、ぃっ……!?」
貫き手に追従するように走った火が広がり、俺の腹を焼く。焼かれた腹が急激に固まり、一気に体が動きにくくなる。
視線を下ろせば、俺の腹は大きく炭化していた。服ごと炭にし、身じろぎ一つでポロ……と欠ける。
無論、アナハタチャクラで十分回復できる傷だ。
問題なのは、余波一つで動きを確実に制限されるということ。
「すっきだっらけ~♡」
ロキが拳に握りこむ。アジナーチャクラが破壊され、俺の目から血が噴き出す。
「くっ、この……!
俺はアナハタチャクラの再強化、アジナーチャクラの再構築に、
「ど~ん♡」
背後から突き入れられた貫き手が、俺の心臓、アナハタチャクラを奪い去る。同時に握りつぶされ、俺は血を吐き倒れ伏す。
「にひひっ♡ ご主人様、大ピ~ンチ! って感じ~?」
倒れこんだ俺の顔を持ち上げ、撫でるように頬に触れるロキ。
それから奴は、こう言うのだ。
「ね、ご主人様。まだ、ちょっと手加減してるでしょ~?」
「……てか、げん……?」
俺は「ぶらふま……」と真言を唱えようとするも、血を吐いた口に、血まみれの指を突っ込まれて唱えられない。
「ダメだよ~♡ ロキのこと大好きだからって、手加減なんかしちゃ~! じゃなきゃ、このまま二つ目の心臓治すの邪魔して、殺しちゃうよ~?」
「……?」
俺はロキの言う意味が分からず、その顔を見上げる。
ロキは、こう言うのだ。
「勝てない敵相手に、ご主人様は成長して勝ちに行くでしょ? スルトの時も、ヨルムンガンドの時もそうだった。だからご主人様は、『この辺りで止めておきたい』って思ってる」
ロキは俺の額にキスをして、こう囁く。
「でも、ダ~メ♡ ロキにも、本気出して? 本気を越えた、本気を。―――大丈夫。ロキはね~? ……他のみんなよりも、特別だよ♡」
ロキの言葉に、俺は無意識の内に、大きく目を開いていた。
それから、笑い―――言った。
「いいんだな?」
「うん、いい、よ……っ?」
ロキの許可をもらった直後、俺は口に突っ込まれたロキの指を噛み千切り、唱えた。
「
アナハタチャクラを、アジナーチャクラを復活させ、俺は指を失って怯むロキを蹴り飛ばす。
「ぅくっ、にひひひっ! ご主人様、容赦な~い♡」
「ペッ! お互い様だろッ! ロキぃ!」
デュランダルを手放す。ロキを相手取るなら、速度に劣る大剣デュランダルは、手で振るわない方がいい。
俺は両手の手甲デュランダルを打ち鳴らし、ロキに肉薄する。
「まずは肉弾戦って感じ~? その勝負、受けてた~つ!」
「後悔するなよッ!」
すでにアジナーチャクラは起動している。幻覚はない。幻覚を展開する隙も、目を潰す隙も与えない!
至近距離。俺は拳を、ロキ目がけて連打する。ロキも負けていない。素早い動きで俺の拳をいなす。
「ロキ! お前が素手で戦うタイプだったのは意外だったぜ!」
「にひひっ♡ ま~本領のつなぎだけどね~! とりゃ!」
「よっ! くっ」
ロキの放った貫き手を躱す。ロキの火が追従し、俺の体を焼く。炭化。俺の動きに軋みが走る。
「あっれ~! ご主人様、まだ本気出してくれないの~♡」
俺にできた隙に、ロキはさらに貫き手を構える。
「次は、さっきみたいに優しく待ってあげたりしないよ~♡ 今度こそ殺して、ご主人様もみんなも家族にしちゃうんだから~!」
それに俺は、こう言った。
「そう急くなよ。こんなのまだ序の口だろ?」
俺はうそぶいて、硬直した体を屈ませる。
大剣デュランダルが、俺の背後、ロキの死角から襲い来た。ロキの体が、デュランダルに貫かれる。
「ぐぷっ……?」
「ロキ! 俺を本気にしたいんなら、もっと俺を昂らせろ! お前だってまだまだ手を隠してんだろ!?」
重力魔法で大砲も同然にロキを刺し貫いたデュランダル。ロキはその勢いに、鈍い音を立てて空中を舞う。
「―――……仕方ないなぁ、ご主人様は~♡」
血に濁った声で、ロキは言った。まだ地に落ちてすらないのに、悪戯っぽい笑みで俺を見つめている。
そして気付くのだ。
その腹部から、赤い光が放たれていることに。
「じゃあ、起死回生の一手に、こんなのどう~?」
それは、赤熱に似ていた。超々高温の金属が放つ光。高純度のエネルギーの証左。
「名付けて~、――――『ロキの劫火』」
爆発が、俺を吹き飛ばした。
「―――――――――」
俺は散り散りに爆ぜ、破片から炭化しながらヨルムンガンドから吹き飛ばされた。アナハタチャクラですぐに体が再構築されるが、そこはすでに空の上。
「めちゃくちゃしてくれやがって!」
俺が叫ぶのに遅れて、ヨルムンガンドが暴れだす。
「いってぇぇええええ! 嬢ちゃん! おまっ、人の頭の上で爆発起こしてんじゃねぇよバカ!」
「ごっめ~ん!」
ヨルムンガンドは視線を巡らせ、俺を視界に捉える。お、おぉ、これは、まさか。
「もういい! 嬢ちゃんが長引かせようたって、そうは行かねぇぞ! それで痛い目見るんなら、自分がウェイドさんをぶっ殺してやる!」
「うぉぉおおおおお、お前! さっきあんだけ苦戦させてきたんだから、もうちょっと大人しくしてろよヨルムンガンドぉっ!」
ヨルムンガンドが大口を開けて、俺を飲み込みにかかる。
俺は歯を食いしばり、大剣デュランダルを呼び戻した。勢いそのままに掴んで、思いっきり伸ばして振り抜く。
一閃。ヨルムンガンドの目が、デュランダルに裂かれ血を噴き出す。
「ってぇぇえええええええ! クソ! ウェイドさんやりやがったな!」
「いや今のは不可抗力だろ! 襲い掛かってきたのはお前だろ!」
「うるせぇってんですよ! 戦闘中にガタガタ正論を抜かすな!」
「それはその通り!」
そんなやり取りをしていたから、俺は気づかなかった。
「にひひっ♡ ご主人様~♡」
「っ」
耳元でささやかれる声。いつの間にか俺の首元に回される手。
ロキが、俺の首にしがみついている。
「い、つの間に……っ」
「デュランダルがご主人様の方行くのに最初しがみついてて、途中で振り落とされちゃったんだ~♡ でも下の方にご主人様いたから、落ちて掴まって結果オ~ライ?」
ロキの手が俺の心臓を奪う。アナハタチャクラを握り砕く。
「がぁっ」
「にひひっ♡ これでご主人様は、呪文唱えるまでただの人♡ そこに~……ロキの劫火を叩き込んじゃいま~す!」
「っ!?」
ロキの胸元が赤熱し始める。俺は一気に血の気が引く。
「ね♡ 今度こそ本気を越えた本気を出さなきゃ死んじゃうよ~♡ ほら♡ 出し惜しみしてないで~♡ 出しちゃえ♡ 出せ♡」
「おまっ、ごはっ、く、そ……!」
血を吐く。考える。考えろ。この窮地を脱する方法を。
真言を唱え直すにも、ロキが邪魔する。重力魔法で引きはがす? ダメだ。もう間に合わない。結晶剣で封殺? それでどうにかなる威力じゃない!
そこで、チチッと鳥の鳴き声が聞こえた。氷鳥。その嘴には、氷時計が咥えられている―――
「ダ~メ♡ アイス様は、ご主人様とロキがイチャイチャしてるのを、指くわえて見てて♡」
ロキの火が氷鳥を溶かす。アイスの助けは、もう期待できない。
「ほ~ら~♡ は~や~く~♡ じゃないと~……ね♡」
ロキの胸の赤熱は、さらに赤さを増している。もはや一刻の猶予もない。
俺はさらに集中する。ならどうやってこの場を乗り切る。
本気を越えた本気。成長によるその場の窮地の克服。手を揃えてきた俺ですら手に余るこの状況。
ああ、クソ。既存の方法じゃどうしようもない。なら、なら―――――仕方ない。
仕方ないから、やってしまえ。
俺は笑いながら、喉に触れる。
呼吸する。喉が膨らむ。その動きを脳内で強くトレースする。僅かに声を出す。喉が震える。機能を理解する。脳内イメージをさらに克明にする。
俺の中に、強烈な喉のイメージが出来上がる。それを、真言に結び付ける。口の中だけで「
四つ目のチャクラ。二つ目の喉、ヴィシュッダチャクラ。
俺はそれを使って、ロキに囁く。
「【やめろ】」
「【うんやめる♡】……えっ?」
ロキが、自らの劫火を帳消しにする。赤熱が消え、ロキはそうした自分に困惑し、隙だらけになる。
そこを、俺は突いた。
「まずは一撃、ぶちかます」
首にしがみついていたロキを引きはがす。キョトンと目を丸くしたロキ目がけて、俺は拳を叩き込む。
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