第434話 終焉の神、ロキ

 ロキを前に、俺たちは間髪入れず攻撃を加えていた。


 こうなった以上、敵に先手を取られればそれだけ不利になる。だからそれぞれの手段で、ロキを追い詰めんと挑みかかった。


 だがロキは、指鳴らし一つで、そのすべてを回避していた。


 俺の放ったデュランダルも、アイスの氷鳥も、トキシィの毒の刃も、サンドラの電撃も、すべてがロキを素通りして、その背後に突き刺さる。


 それでも食らいついたのは、アイスだけだ。


「起爆、して」


 背後に突き刺さった氷鳥が爆ぜる。だがその爆発も、意味をなさない。


「みんな、目が血走っててこわ~い♡」


 にひひっ♡ とロキはいつもの調子で笑う。戦闘らしい殺気を全く感じさせない振る舞いで、くるりと身を翻す。


「こわいから、逃げちゃお~っと」


 ロキがそんな風にうそぶく。すると、魔王城を突き崩すように、それは現れた。


 圧倒的質量。支配領域もなしに、俺たちを窮地に追いやった巨大なる蛇。


 ヨルムンガンドが、魔王城謁見の間を破壊して、俺たちの間に割り込んでくる。


「来ましたぜ。おお、見事に揃ってやがる。親父殿……と呼べばいいですかい?」


「そんな可愛くない呼び方やだ~! ロキちゃん♡ って呼んで~?」


「今まで通りで良いか。嬢ちゃん、乗りな」


「も~。家族なのにそっけな~い」


 文句を言いながら、ロキは頭を下げたヨルムンガンドに乗り込み、俺たちに振り返る。


「じゃっ、ばいば~い♡ ご主人様たち」


 ヨルムンガンドが波打ち、魔王城を大きく破壊しながら遠ざかっていく。


「くっ、ロキ! ―――ローロ!」


 俺は名前を叫び呼び止めようとするが、崩れ来る瓦礫に、跳び退って身を庇う。


 それから振り返りもみんなに指示した。


「まず脱出するぞ! このままじゃ魔王城が崩れる!」


『了解!』


 クレイが瓦礫を集めて巨人の拳を作り、壁に大穴を開ける。「ここから逃げるんだ!」という指示に従って、俺たちは跳躍し、それぞれ脱出した。


 着地。見上げると、巨大なヨルムンガンドの姿、それからその足元を歩くフェンリル、スルトの姿が目に入る。


「どいつもこいつも遠近感の狂うデカさしやがって……」


「ウェイドくん……! これ、どうする……!?」


 アイスが、深刻そうな面持ちで尋ねてくる。振り返って、俺は仲間の様子に気付く。


 全員が、アイス同様に緊張に強張った顔をしていた。師匠二人でさえ、難しい顔で目配せしあっている。


 ……当然だろう。あれだけ苦戦してやっと倒してきたあの三人が、今は当たり前の顔で復活しているのだ。


 しかも、これまでとは違って、集まっている始末。順番に現れてはくれない。これまでのように、各個撃破で乗り越えるのは出来ない。


 俺は言った。


「フェンリル、ヨルムンガンド、スルトの三人は、倒さなくていい」


 俺が断言すると、半ばパニックに近かった場の空気が、引き締まるのを感じる。


「あの三人は、ロキの支配領域で復活しただけだ。後ろ支えする仕組みがあるってことだ。だから、無理に倒そうとしても、多分意味がない。消耗するだけだ」


「……じゃあ、ロキを狙えばいいって、こと……?」


「いいや、どちらにせよ横やりは入る。それをどうにかする人員は必要だ。――――クレイ!」


 俺は親友の名を呼ぶ。


「思いっきりデカくなったテュポーンなら、フェンリル、スルトは抑え込めるはずだ。倒さなくていい、あの二人の横やりをどうにか邪魔しててくれ」


「―――分かった。承ったよ、ウェイド君」


「頼むぜ。次に、クレイの補助を数人に頼みたい。重要なのは防御力だから……サンドラ、ムティー、ピリア! 三人はテュポーンに乗り込んで、クレイを守ってやってくれ」


「了解」「……そうだな。それがいいだろ」「やー、リーダーがしっかりしてるって、結構頼もしいもんだねぇ。頑張れウェイドちゃん!」


「ははっ、ありがとな。で、残る二人、アイスにトキシィは、俺と一緒に動いてもらいたい」


「うん……っ!」「わ、分かった! やるよ!」


 全員の合意を受けて、俺は息を吐く。それから、ざっと考えをまとめて言った。


「これから、二部隊に分かれてロキ攻略戦に入る! 対ロキメイン部隊は俺、アイス、トキシィの三人! フェンリル・スルト応対部隊は、クレイ、サンドラ、ムティー、ピリアの四人だ!」


 仲間たちがそれぞれ首肯する。俺はさらに指示を続ける。


「クレイたち応対部隊は、ロキとヨルムンガンドと戦う俺たちに、フェンリルとスルトを近づけないようにけん制し続けてくれ。メインはクレイのテュポーン。他三人は、テュポーンの守りとして動いてほしい」


「可能な限り巨大化して、だね」


 クレイの確認に、俺はニヤリ笑って頷く。


「その通りだ。頼んだぜ、相棒」


「任されたよ、リーダー」


 俺はクレイと腕を打ち合わせる。クレイは見上げて敵の様子を確認し、呟いた。


「……僕らはこれ以上のんきに話している暇はなさそうだね。早速動こう! テュポーン!」


『オウー!』


 クレイがテュポーンを呼び出し、三人が巨人に乗り込んでいく。すぐさま巨大化して見上げるほどになったテュポーンが、ヨルムンガンド以外を抑え込みにかかる。


 俺はそれを確認してから、アイス、トキシィの二人に向き直る。


「アイス、トキシィの二人は、俺と一緒にロキに挑む。ヨルムンガンドは倒せも抑え込めもしないから、動く地面か何かだとでも思ってほしい」


「ウェイドの口から『倒せも抑え込めもしない』なんて言葉を聞く日が来るとはね……。仕方ないけどさ、アレは」


「大きさが圧倒的すぎるもん、ね……」


「ああ、仕方ない。というか無理に倒しても、ロキの支配領域で復活しそうだし意味がない。だから、俺たちはロキに集中する」


 で、だ。


「重要なのは、ロキに余裕を持たせないこと。ガンガンに攻めて、ロキの意識をこっちに集中させる。そうすればヨルムンガンドが俺たちに集中して、テュポーンを叩けなくなる」


「あ、そっか。私たちが不甲斐ないと、ヨルムンガンドが余力でテュポーンを狙っちゃうんだね」


「そういうことだ。大体わかったな? じゃあ俺たちも行こう!」


 俺は二人を重力魔法で掴んで、三人同時に、一気に飛び上がった。


 目指すはヨルムンガンドの頭上。俺たちは小さいから、ヨルムンガンドの死角で動けば捕まらない。


 動いていても、体に雪がぶつかってくる。遠くで降り注ぐ星々に、街並みはさらなる破壊がもたらされる。


 そうしながらもヨルムンガンドの背中側、その鱗のそばギリギリを攻めるようにして、俺たちは上空数キロの地点まで浮き上がる。


 そして、着地した。


 足元で、ジャッという音がする。巨大な鱗を踏んだ、独特の足応えが返ってくる。それから視線を上げれば、奴が居る。


 ヨルムンガンドの頭上。そこで、ロキは城下街を一望していた。


「あ♡ 早かったね、ご主人様~♡ それに、アイス様、トキシィ様も~♡」


 背中越しに見返って俺を呼ぶロキは、相変わらずご機嫌だ。


「見てよアレ~♡ フェンリルとスルト、クレイ様のテュポーンがデカすぎてタジタジだよ~! でも、テュポーンもロキの星降りと、スルトの火山弾で結構苦しそ~♡」


 遠く、いくらか下で、テュポーンとフェンリル、スルトたちが決死の戦いに挑んでいる。テュポーンの方が遥かに巨大だが、フェンリル、スルトの二人は速度があって中々手ごわい。


「何だか、懐かしいな~……。昔のラグナロクもね、こんな感じだったんだよ。創造主によって決められた破滅の運命。シナリオ。その筋書き通りに、ロキたちは戦い、そして死んだ」


 ロキは、振り返る。笑みは、いつものような挑発的なそれからは少し離れ、超然とした、穏やかなものとなっていた。


「運命。ロキはこの言葉が大嫌いなんだ~。運命はいつだって、悲しい結末に繋がっているから」


 だからね? ご主人様。


「ロキは、運命を壊すの。運命が壊れた先にこそ、本当の幸せが待ってると思うから」


「……ロキ」


 その言葉のどれだけを、俺は汲み取れているのか。分からない。だが俺たちは、戦うしかない。


 俺がデュランダルを構えると、後ろの二人もそれに追従する。ロキはその様子を見て、「にひひっ♡」と楽しそうに笑った。


「うん、いいよ。全力で楽しもう? まずは、ロキから小手調べ」


 ロキは、指を鳴らす。


 その直後だった。


「……は?」


 戦況は完全に終わっていた。ロキの右手はアイスの腹を突き破り、左手はトキシィの首を折っていた。


 俺はデュランダルを振り抜く。だがそれを軽やかに跳躍して回避したロキは、俺の背後に回って、貫き手で俺の心臓を抜き取った。


 心臓。それは生身の意味でも、だ。


 ロキが俺の心臓を握りつぶす。同時、アナハタチャクラが砕かれる。


「ご主人様って、これで死ぬんだっけ? にひひっ♡ じゃあもうロキの勝ち~?」


 ロキの腕が俺の中から抜き取られる。俺は目を剥きながら、その場に崩れ落ちた。

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