第433話 ラグナロク

 アイスに呼ばれて、俺たちは一堂に会していた。


 パーティメンバーの五人、師匠二人。計七人。その七人で、俺たちはローロが待っているとされる魔王城に、もう一度進んでいた。


 街並みは、朝に比べてひどいものだった。スルト、フェンリル、ヨルムンガンドの暴虐で、瓦礫と化していない建物を探す方が難しいほど。


 その瓦礫を乗り越えるようにして、俺たちは行軍していた。


「……朝、魔王軍を占領してた魔人たちも、もういないな」


 崩れた城壁を越えて、俺は呟く。朝あれだけ賑わっていたというのに、今は人っ子一人いない。


 シンと静まり返る街並みも、魔王軍基地も、不思議なくらい不気味に映った。何だか、俺たちは近づいてはならない場所に近づいているかのような気持ちになってくる。


 そして俺たちは、そびえたつ、氷のような魔王城を前にしていた。


「……入ろう」


 俺が言うと、みんな無言で、息を潜めるように入っていく。


 曲がりなりにも、相手に招かれて来たのに。隠れる必要なんて、欠片もないのに。


 進む。階段を上る。道なりに廊下を進み、最奥の扉を前にする。


 そして、開いた。


 魔王謁見の間。変わらず、広々とした空間だった。朝から数時間経ち、昇った太陽らしき輝きが、部屋を煌々と照らしている。


 そしてその最奥。魔王の玉座に、ローロがゆったりと腰掛けていた。


「……ローロ」


 俺が呼びかけると、眠っていたのか、ローロは目を開いた。


「……あ、ご主人様だ~♡ それにみんなも揃ったみたいだね。待ってたよ♡ 待ちくたびれて、寝ちゃったくらい待ってた」


 にひひっ♡ とからかうように笑って、ローロは立ち上がる。


 一方俺たちは、揃って神妙な顔で、ローロに向かっていた。


 俺は、静かな語調で頼み込む。


「……ローロ、もうこんなこと止めないか? ローロ以外、俺たちは全員倒した。今更一人神が増えても、俺たちが勝つって分かるだろ」


 俺の呼びかけに、ローロは答える。


「ご主人様、ローロと戦いたくないの~? やっぱりご主人様は、臆病なんだね~♡」


 ローロが、俺を煽ってくる。俺は首を横に振って、言った。


「全員、強かった。ヘル、スルト、フェンリル、ヨルムンガンド。全員だ。だから、ローロもきっと強いんだと思う。戦ったら、きっと楽しいって分かってる。けど、さ」


 俺は言う。


「……身内を力づくでボコボコにするってのは、後味はそんなにいいもんじゃない。スルトも、フェンリルも、ヨルムンガンドも、話す余地がなかったからああするしかなかっただけだ」


 俺は、ローロを見つめる。


「でも今、俺はローロと、こうして話し合えてる。だろ?」


 警戒心を解くように、俺はローロに微笑みかける。ローロは、そんな俺のことを見て、ポツリ呟く。


「……本当に、ご主人様は素敵な人」


 その言葉は、かすれて、ほとんど俺には聞こえなかった。


 聞かせる気もないのだろう。ローロは呟くように、ボソボソと口を動かしている。


「もっとずっと前に、数千年前の、最初に穢されたあの日に、ご主人様に逢えてたならな……」


「ローロ……?」


「―――でも、今からだって遅くない。ローロは、ううん、は力を取り戻した。だからここからも全力でやる。最後までやりきる」


 ローロは目を伏せる。それから、ポツリと何かを呟いた。


「みんなで、幸せになるんだ」


 顔を上げる。鋭い目で、今までローロが見せてこなかった表情で、俺を見つめる。


 それから、いつもの調子で、「にひひっ♡」と笑うのだ。


「ご主人様たちに~、今から、すごいもの見せてあげるね~!」


 言って、ローロは両腕を前に出して交差させる。


 右手は下。狼のようにパクパクと動かす。左手は上。握りこんで拳にしている。


 何だ? と俺は警戒する。何か、俺たちに攻撃を繰り出すつもりか。


 だが、殺気はない。俺は警戒と共に様子を注視する。


 ローロは交差させた腕を、二つ同時に、時計回りにくるりと回す。狼の手は下から上に回り、拳の手は上から下に。


 拳。丸く握られたそれも、何かを模しているのかと思う。例えば、月、太陽……。


 しかし腕は腕。反対に再び腕は交差し、絡み合って止まる。握りこんだ月、太陽の拳を、狼の手が包み込む。


 そして、もぎ取った。


「っ!?」


 みじぃ、と肉の千切れる音がする。ローロは、右手で左手首をもぎ取り、天高く掲げる。左手首の断面から、ボタボタと血が垂れる。


 そこで意図を理解したアイスが、ローロに向けて氷鳥を飛ばした。


「みんな……! アレを止めてッ! あれはきっと、支配領域……!」


 ハッとして、俺たちは動き出す。だが、遅かった。


 ローロの口が、蠢く。




「支配領域『運命づけられた終焉ラグナロク』」




 ―――どこか遠くで、鶏が鳴いた。


 目に見えるほどの速度で、太陽が落ちた。夕焼け。黄昏。俺たちのいる謁見の間が、赤々と染められる。


 同時に、強く吹雪が荒れだした。窓の外で、ゴウゴウと風と雪の音がし始めた。


 天から星々が降り注ぎ、吹雪いているのに雲がない。


 窓の外で、俺たちが倒してきた三人が立ち上がるのが見えた。フェンリル、ヨルムンガンド、スルト。黄昏を受けながら、大怪物たちは復活する。


 空に、おぞましい船が現れる。魔人たちが乗り込んだ、神々の国への侵略の船が。


「ってわけで~、ご主人様たち♡」


 ローロが、いや、ロキが、俺たちに悪戯っぽく微笑みかける。そのもぎ取られた左手は、すでに復活している。


「ラグナロクが、始まったよ~♡ さ、いっぱい楽しもうね♡」


「~~~~~ッ」


 俺は歯噛みする。けれど本当は、最初から分かっていた。


 きっとローロは、説得なんかじゃ止まらない。実力で退けるしか、手立てはないと。


「みんなで家族になって、一緒に幸せになろ♡」


 ラグナロクの首魁、自由奔放なるもの、終焉の神、破滅の魔王。


 ロキが、俺たちの前に立ち塞がっていた。

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