第429話 蛇の秘密

 ヨルムンガンドは俺の落下させた隕石を受けて、思いっきり脳震盪を起こしたようだった。


「がっ、ぁっ、は……」


 くたぁ……、とその巨大な体が倒れていく。その一つで、轟音を立てて足元の廃墟がさらに粉々に砕けていくのだから、巨大さとは恐ろしい。


「時間稼ぎはまぁまぁの出来ってとこか」


 振り返ると遠くの方で、巨大となったテュポーンの体が、すぅ……と消えていくのが見えた。ムティーの細工が終わった、と言うところだろう。


「あとはヨルムンガンドが大人しくしててくれれば楽なんだが……」


 俺は見る。ヨルムンガンドは、脱力して、一見動かないように見える。


 この分なら、安心か。俺はそう納得して。


「……いや」


 考えなおす。


「ヨルムンガンドは、ムングの頭がメインになってから賢いもんな。一応アジナーチャクラで確認しておこ」


「ちょっとは油断しろやウェイドさんよぉ!」


 ヨルムンガンドが急激な勢いで起き上がる。頭突き。俺は虚を突かれるも、ギリギリで躱す。


「あっぶ! おま、油断させてこのやろ」


「ッペェッ!」


「っ!?」


 ヨルムンガンドが口から吐き出した液体が、俺に襲い掛かる。毒々しい色のそれ。―――毒か! 俺はそれに、さらに躱そうとしたところで。


「残念! 自分はまだ毒は吐けねぇよ! そいつはただのつばだぁ!」


「――――――ッ」


 躱した先で待っていた尻尾で、一発いいのを食らってぶっ飛ぶ。


「がぁああっ!」


 俺はものすごい勢いで飛んでいく。ここに追撃が来るぞ、と備える。


 だが、来なかった。


 追撃はこず、俺はひたすらにぶっ飛んだ。


「……は? 何で?」


 さっきまでなら、確実にそうしただろう行動。小さな違和感。しかしヨルムンガンドは頭が回るという事を加味すると、意味合いが違ってくる。


 そして俺は、勘づくのだ。


 ―――これは、俺を追い詰めるための一撃じゃない。俺を脅威とみなし、確実に遠ざけるための一撃だ。


 俺は全身をバラバラにされながらぶっ飛んで、やはりどことも知れない瓦礫に着弾。いくつもの肉塊となって地面のシミになる。


 だが第二の心臓アナハタチャクラは、ここからでも生き返る。俺は体を再生させ、急いで立ち上がりつつ、状況のほどを考えた。


「何でだ? 何でこのタイミングで俺を突き飛ばした?」


 俺は思考する。だが、どこまで深読みをすべきなのか、という前提に行きつく。


 だから、ヨルムンガンドの知性がどこまで読んでいるのか、どの程度警戒すればいいのかを考えるために、一瞬シミュレーションに思考を割いた。


「ヨルムンガンドは、頭が回る。とていうことはさっき、普通に俺の相手をしてたのも、もしかして囮につられたからじゃなく、考えがあったのか?」


 ヨルムンガンドの視点になって考える。何故俺の相手をしたのか。


 ……思いつくのは、透明化まで読んでいた可能性。透明化、という方法かどうかはさておき、容易にテュポーンを倒せない準備をしていることまでは見抜いていたのではないか。


 となると、俺の囮を強行突破して近づくのは、リスクが伴う。


 安易に近づいて、倒す前にムティーの準備が終わってしまえば、近い分すぐにテュポーンから攻撃されてしまうからだ。だから俺の挑発に乗った。


 すべて分かった上で、その方が勝率がいいと判断したのだ。


「……筋が通るな。となると、俺をぶっ飛ばしたのも深めに読んだ方がいい」


 俺を離した理由。それは俺が邪魔だったからだ。だが、どの程度の邪魔さなのかを考えるかで、話が変わってくる。


 俺の大魔法を脅威とみなしたのか? いいや、それは薄い。実際問題としては脅威だが、サモン・メテオは離れていても当たる。


 そして、ヨルムンガンドもそこまで分かっているだろう。サモン・メテオは明らかに遠距離技だ。俺を突き放したから、隕石はもう使えまい、ふー安心、とはなるまい。


 となると、魔法が脅威で、つまり俺が戦力的に脅威だったから、突き飛ばしたのではない。


 なら、何だ? 俺の何を危険視した?


 ヨルムンガンドにとって俺は、叩き潰せばしばらくスタンするから、近くに置いておいた方が御しやすい。


 その利点をおして、俺を遠ざける要因があるとすれば、何だ?


「……情報」


 近くにいる俺が、遠くから迫ってくるテュポーンたちには気づけない情報に気付く可能性を、ヨルムンガンドは危惧した。


 恐らく、難しい情報ではない。戦略とかそう言う事ではない。近くにいればいずれすぐに分かることだから、バレるのを恐れて遠ざけた。


 俺は少し考え、思い至る。


「―――見えてるのか?」


 俺は顔を上げる。テュポーンがどこにいるのかは分からない。一方でヨルムンガンドは、俺の方に顔を向けながらも、俺を追ってこちらに動き出そうとはしていない。


 ―――まるで、迎え撃つ準備を隠しているかのように。


 俺は確信する。


「あいつ、テュポーンの姿が見えてやがるッ!」


 何で、と思う。それから、ふと蛇という動物について、前世の知識がひらめく。


 ピット器官。


 蛇は、そもそも目が悪い。だが物事を正確に見て取れるのは、熱源を把握して周囲を見ることのできるピット器官があるがため。


 つまり、視界に頼らなくても、ヨルムンガンドはテュポーンの接近に気付くことができるのだ。


「―――――ッ!」


 やられた。俺は歯噛みする。うまい。あんな通常攻撃みたいな一手で、確実にこっちを窮地に追いやってきた。


 俺は通信指輪をこする。だがこの状況下では、クレイもムティーも、音でヨルムンガンドに存在がバレるのを恐れているのか、出てくれない。


「聞こえねぇよヨルムンガンドには! あいつの耳の遠さ知ってんだろ! クソッ!」


 俺は毒づく。しかしそんなことをしている暇はない。


「考えろ」


 どうにかテュポーンに、俺の情報を伝える手立てを。じゃなきゃ油断を突かれて、今度こそ全員粉々だ。ヨルムンガンドに勝つ手立てはなくなってしまう。


 俺がものすごく急いで、テュポーンに情報を伝えるか? こんな長距離、全速力でも間に合うか? 透明でもアジナーチャクラで見ればきっと見つけられるが、それで仕切り直しか?


 俺はぐるぐると思考を回す。窮地。ピンチ。歯を強く食いしばり、ヨルムンガンドを睨みつけ、考え、考え、考え――――


 思いつく。


「……そうだ。この状況は、利用できる」


 俺はまず、アジナーチャクラを起動する。


 すると無事、テュポーンの荒野を走る姿を、見つけることができた。中々の速度で進んでいる。恐らく、まともに距離を詰めても追いつかないだろう。


 だが、それはもう織り込み済みだ。俺は駆け出し、重力魔法で勢いに乗って、ヨルムンガンドに一直線に飛んでいく。


 ここからは出たとこ勝負だ。策はあるが、どれだけ通じるかも不明。通じなきゃ負け確。ギリギリの戦い。


 ああ。


「たまんねぇ」


 俺は盛大に笑みを浮かべながら、一気に横に


 俺が確認すべきは一つ。接近していくテュポーンに対して、ヨルムンガンドが動き出すタイミングだ。


 ヨルムンガンドは、今、俺たち陣営に対して、限りなく詰みに近い状況を作れている。


 突破口は俺の気づきだけ。向こうからすればほとんど気付けるわけもないと思うし、気付けたとしてもそれを打開する方法はほぼない。


 だから奴は、今油断している。自陣営のクレイたちのように。


 だからあいつは、俺を見ているふりをして、テュポーンの接近を待っている。テュポーンは後もう少しでヨルムンガンドに飛び掛かることができる。


 推定時間は、残り……三、二、一。


「さぁ、勝負だ、ヨルムンガンド」


 ヨルムンガンドが動き出す。俺ではなく、テュポーンに向けて。


「ッ!?」


 それに動揺したのは、テュポーンだった。不可視のはずの姿を見透かされ、思わず急ブレーキをかけて停止しようとする。


 その硬直に、尻尾での薙ぎ払いを放とうとするのがヨルムンガンドだ。


「ケケケ! 油断大敵ってなぁ!」


 巨大すぎる鞭のようにしなりながら、ヨルムンガンドの尻尾がテュポーンに迫る。絶体絶命。


 だから俺は、そこを叩いた。


「サモン・メテオ」


 俺の大魔法が、空から降り注ぐ。


「ケケケケケ! 無駄無駄ァッ! ウェイドさんよォ! 今更そんな抵抗されても遅ぇんだよォッ!」


 ヨルムンガンドは強行するつもりで、さらに力を入れて尻尾を振るう。一発ならばムティーが守るが、尻尾はしなる。すぐさま二発目を叩き込むつもりだろう。


 それに俺は、ほくそ笑むのだ。


「だよな。ここまで上手く決まってたら、ゴリ押したくなるよな」


 俺の召喚した隕石が、ヨルムンガンドの頭蓋―――ではなく、その鼻っ柱をこすって地面に落ちる。


「ッ!? あっちぃっ!」


 ヨルムンガンドはそれに、のけぞって驚いた。しかし先ほどと違って、脳震盪レベルのダメージは負わない。


 代わりに負うのは、もっと致命的なダメージだ。


「け、ケケケッ! 外したなぁウェイドさんよぉ! これで自分の勝、ち……?」


 のけぞった体勢を戻したヨルムンガンドは、しかし、戻した頭で困惑を示した。俺はそれに、「成功だ」とニヤリ笑う。


 ヨルムンガンドが、こう叫ぶ。


「何でだ……ッ? 何で見えねぇッ!」


 俺はそれに、やっと詰めた距離から、デュランダルを伸ばして切りかかる。


「そりゃあよォッ! 熱感知の器官を焼いちまえば、見えなくなってる敵の場所なんか分かるワケねぇよなぁ!」


 俺は通り過ぎざま、横薙ぎにヨルムンガンドの目を切り裂いた。「ぎゃああっ!」とヨルムンガンドが悲鳴を上げる。


 そう。隕石を直接当てずに、顔をこするようにしたのはこのためだ。


 隕石はその速度から、強烈に赤熱している。そんな焼けた石でピット器官を焼けば、ほとんど利かなくなると思ったのだ。


「さぁクレイ! ムティー! テュポーン! ここからは、俺たちのターンだッ!」


 俺が呼びかけると、ムティーが「はっ」と笑う。


「何か気を回しやがったみたいだな。ま、―――そんなの要らなかったって教えてやるよ!」


 ヨルムンガンドの放った尻尾が、ムティーによって大きく弾かれる。その隙に、テュポーンは浮いた尻尾の下に潜り込んで、素早くヨルムンガンドの背後に回る。


「ウェイド君! 頼むよ!」


「任せろクレイッ!」


 俺はなけなしの魔力をつぎ込んで、テュポーンを重力魔法で持ち上げた。テュポーンは高く跳躍し、ヨルムンガンドの警戒していない斜め上空から襲撃する。


「クソォッ! どこだぁあああああ! 簡単にはやられねぇぞぉぉおおお!」


 ヨルムンガンドは叫びながらも、破れかぶれで暴れだす。それにテュポーンが当たればひとたまりもない、と俺は重力魔法でテュポーンをさらに飛ばし、襲撃タイミングをずらす。


 歯を食いしばる。とっくに限界を超えている。俺は魔力切れを、必死に第二の脳、サハスラーラチャクラの魔力製造で堪える。


「自分はなァッ! ここで勝たなきゃならねぇんだよ!」


 ヨルムンガンドは大暴れしながら叫ぶ。


「自分みたいなハグレモンを、他人を犠牲にして生きてきたクソ野郎を、家族として迎えてくれようとしてる奴らが居るんだ! その期待に応えなきゃ、自分みたいな罪人が、家族になんてなれねぇんだよ!」


 俺はそれに叫び返す。


「バカかテメェは! ローロたちはとっくにお前を家族として迎えてんだろ、ヨルムンガンド! それを拗ねてちゃんと受け止められてねぇのは、お前の問題だろうが!」


 俺の怒号に、ヨルムンガンドは目を剥いた。それから、「うるっせぇぇえええ!」と俺に狙いを定めて尻尾を放つ。


 つまりそれは。


 テュポーンにとって狙うべき、致命的なヨルムンガンドの隙だった。


 俺は回避を捨てて、テュポーンの襲撃を補助する。尻尾の直撃を受けて、俺の体はバラバラにぶっ飛ぶが、そんなことは些事もいいところ。


 テュポーンは重力魔法に従って急襲。まっすぐ超巨大デュランダルを振りかぶる。


「クェイク。デザーティフィケーション」


 クレイの呪文に、デュランダルに強烈な振動と、砂漠化の魔法が宿る。


 ヨルムンガンドの巨体すら枯れさせる一撃。


 それを振るいながら、クレイは言うのだ。


「命を賭して戦えるなら、それはもう家族ですよ、ムングさん」


 テュポーンが、デュランダルが、ヨルムンガンドの首を狩る。

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