第428話 蛇狩り

 ヨルムンガンドの首を獲る。


 そのために必要なのは、テュポーンを透明化して、ヨルムンガンドに悟られないように巨大化、からのもう一度デュランダルで切り込み、蹴飛ばして首を飛ばす、と言う手順だ。


 そして、その透明化に必要な工程が―――


「クレイとテュポーンの解放……か」


 俺たちはひっそりと移動して、ヨルムンガンドに拘束されるテュポーンの様子を見つめていた。


 ヨルムンガンドはその巨大な尻尾の先で、もう百メートルほどに縮んだテュポーンを、器用に絡め拘束している。


 正直もう縮尺がおかしなことになっているので、かなり遠巻きで見て、やっと状況が把握できる、と言う塩梅だった。


「何もかもがデカすぎるからな、アレ……」


 向こうから見れば、俺たちは何もかもが小さすぎるのだろう。だから、ちょっと隠れているくらいの動きでも、全然バレる気配がない。


 しかしそれは、同時に俺たちから奴への攻撃がまともに通らないことを意味している。


 ……あの後もちょっと考えたんだけどな。デュランダルを薄く延ばして面にして切り込めば、ヨルムンガンドの首をずり落とせないか、とか。それでダメならデュランダルで一瞬ヨルムンガンドの首を分断してから、膨らませて首だけ弾き飛ばすとか。


 だが、考えてもやはりだめなのだ。


 いかにデュランダルが変幻自在と言えども、剣をまっすぐ長距離に伸ばすのと、ヨルムンガンドの断面を覆うほどになるのとでは話が違う。デュランダルの拒否が分かるのだ。


 恐らく、テュポーンの手に馴染むあの超巨大サイズが関の山なのだろう。そしてそのサイズが、大体ヨルムンガンドの首の五分の一の太さになる。


 やはり首狩りは、テュポーンに任せるしかない。


 そう確認しながら、俺は声をかける。


「じゃ、やるか。ムティー」


「おう。そうだな、ウェイド」


 俺たちは軽く準備運動をしながら、遥か高くのテュポーンを見上げる。


「「蛇狩りだ」」


 言うが早いか、俺たちは同時に飛び上がった。


 俺は重力魔法で、ムティーはよく分からない方法で、素早く空を駆け上がる。


「まずはクレイの解放から行くぞ! ムティー! 攪乱は頼んだ!」


「しち面倒くさいが、仕方ねぇ! 任せろ!」


 ムティーが遠ざかっていく。俺はなるべく目立たないように、ヨルムンガンドの体を沿うようにして、クレイの捕まっている尻尾の先へと飛んでいく。


 到着。テュポーンはかなり縮んでいると見えて、巻きつけられる尻尾の先の先にくるまれて尚、首以外の全身が隠れている始末だった。


 もっとも、それでも数十メートルはあるのだが。


 俺はムティーの様子を見る。遠く過ぎて、アジナーチャクラでやっと見つかるほどの距離だ。


 ムティーはどうやら、ヨルムンガンドの頭上に到着しているようだった。奴も俺を見ているようで、合図を待つようにじっとこちらを睨んでいる。ガラが悪い。


 俺は捕まっているテュポーンに向けて叫ぶ。


「おーい! クレイ! テュポーン! 無事かー!?」


 俺の呼びかけに、クレイの声が返ってくる。


「無事だよー! ウェイド君ー! そっちも無事のようだねー!」


「お前を助けるために、もっかいムティーを連れてきたー! 準備はいいかー!?」


「もちろーん! やってくれー!」


 意思疎通完了。ヨルムンガンドの巨大さ所為で、この状況でも声を張り上げなければならないのだから恐れ入る。


 ヨルムンガンドを見上げる。俺たちにまるきり気付いていないのか、バザールの方を睨んでいるように見える。


 ……一度離れると、俺たちの存在に気付くまでは、ほとんど見つけられないのかもしれない。それこそ、蝿や蚊が少し隠れると、人間には見つけるのが難しいように。


 だが、人間同様、見つければ叩き落とせる。狙いも違わない。それを俺たちは、身をもって知っている。


「……コトを起こしてからが、勝負ってわけだ」


 比較して、極めて小さな体の俺たちが持つ、唯一の優位性。それが今この瞬間で、そこからは一方的に、ヨルムンガンドの優位性が発揮される。


 速く、重く、強い。本来ならば決して勝てない体格差。それを、実力だけで埋めに行くのだ。


「滾ってきたな。じゃあ、始めよう」


 深呼吸を一つ。これがラストチャンスだと自覚しろ。


 ヨルムンガンドがクレイを拘束して留めておいたのは、恐らく俺に対してどう叩き潰すかの選択をミスったからだ。そしてそのミスも、覚醒間際だったからこそのもの。


 次はない。恐らく、今も再び攻めてきた俺のことを、今度こそどう殺すかを考えているに違いない。


 これで失敗すれば終わる。俺は深呼吸を終え、腕を上げた。


「作戦開始」


 俺の合図を受け止めて、ムティー、クレイが動き出す。


「行くぞデカ蛇がぁぁああああああああ!」


 まず動いたのは、ムティーだった。頭上から大声を上げて飛び出し、ヨルムンガンドの顔に触れる。


 直後、衝撃が走った。ヨルムンガンドの顔が、まるで同規模の物体から殴られたように、大きくぐらつき倒れこむ。


「いってぇええっ! なっ、何だぁっ!?」


 ヨルムンガンドの悲鳴と同時、クレイは的確に動いた。


「テュポーン、解除だ」


『オウ! マタすぐに呼ベヨ!』


 テュポーンの体が崩れ去る。クレイは自然、大きく空いた尻尾の隙間から自由落下を始める。


 それに動き出すのが俺だ。ヨルムンガンドは、頭をぶん殴られて、それに気が行っている。その隙に俺はクレイに重力魔法を掛ける。


「オブジェクトポイントチェンジ!」


 クレイの体を重力魔法で掴み、一気に下に引き下ろす。それから重力発生点を俺に変更し、俺は廃墟群の中に着地した。


 遅れてクレイが飛んでくる。俺はそれを、ハイタッチで迎えた。


 クレイが体に岩を纏って着地する。いくらか転がって停止すると、体に纏った岩が崩れ落ちる。


「救出作戦大成功だな、お姫様?」


「はははははっ。まったく、からかってくれるね。こんなことなら、カルディツァ戦役、シグ師匠から救い出したときに、君をもっと煽っておくんだったよ」


「はははっ。お互い様って奴か」


 俺たちは笑い合いながら拳をぶつけ合う。そこに、ムティーも空から着地しつつ合流する。


「よう、ガキんちょども。無事回収できたみたいだな」


「ムティーも叩きのめされなかったようで何よりだ」


「バカにすんじゃねぇ。一発入れて逃げるのなんか朝飯前だ。で? ウェイド。これで作戦の第一段階はクリアってとこか」


「ああ。クレイ、第二段階について話すから、聞いてくれ」


「うん、よろしく」


 クレイが頷くのを確認して、俺は話し出す。


「基本方針はさっきと同じだ。デカくなったテュポーンを俺が飛び上がらせて、デュランダルと蹴りでヨルムンガンドの首を飛ばす。ムティーはガード一枚として使う」


「おうバカ弟子。もっと言い方あるだろ」


「けど、それで今のヨルムンガンドに効くかな? つまり、ムングさんの自我を取り戻したヨルムンガンドに」


「効かない。あいつはそんだけデカくなったテュポーンを見逃さずに、しっかり叩き潰してくる。だから、ムティーがさらに活躍してくれる。詳しい説明頼んだ」


 俺がムティーに話を投げると、ムティーは面倒くさそうな顔をしてから話し出す。


「ま、ヨーガの悉地シッディの応用でな。クレイ、お前をヨルムンガンドから見られなくする方法ってのがある。テュポーンは中々デカイが、この方法なら魔力消費も少ない」


「と言いますと」


「ヨーガにおいては、見る、見られるってのは、相互的な作用だ。見る側に見る能力があるのと同時、見られる側に見られる能力が必要になる。例えば空気には見られる能力がない」


 だから、とムティーは続ける。


「だから俺が、テュポーンの見られる能力を殺す。するとテュポーンの体は不可視になる。そういう理屈だ。分かったか?」


「ほう……! なるほど、分かりました」


「よし」


 ムティーの説明に、クレイは納得したようだ。俺は二人に話しかける。


「ってわけで、二人は離れた場所で不可視の準備を進めててくれ。で、ムティーから前もって聞かされてるんだが、その不可視化には時間がかかるんだったな?」


「ああ。大体一分程度の時間がかかる」


「ってことで、その時間は俺が稼ぐ。倒せはしないが、俺だってヨルムンガンド相手に時間くらい稼げるはずだ」


 俺の説明に、クレイは何故か笑いだす。


「ははっ。ウェイド君は流石だね。怯えの欠片もないじゃないか」


「バカ弟子は恐怖心がイカレてんだよ」


「おうお前ら、これからお前らのために頑張る俺に労いの言葉の一つもないのか」


 俺がムスッとして言うと、クレイ、ムティーはそれぞれ言い合う。


「いいや、ウェイド君はどこまでもウェイド君だと思っただけさ。頼りにしてるよ、リーダー」


「ま、お前の度を越したバカさ加減は理解してるつもりだ。お前ならマジでやり遂げるって信じてるぜ、お前のバカさ加減ならやり切れる」


「ムティーは一回殺す」


 俺とムティーが掴み合いのケンカを始めようとするのを、クレイが慌てて止める。


「じゃ、そっちは任せた」


「うん。時間稼ぎはよろしく」


「じゃーなバカ弟子。暴れすぎんなよ」


「約束は出来ねぇな、クソ師匠」


 そうして、俺と二人は別れていく。離れた場所で、準備を整えるのだろう。


 さて、ここからは俺の仕事だ。


 俺はヨルムンガンドに意識を向ける。ヨルムンガンドは、遥か上空で、耳がビリビリするほどの声量で話す。


「クソ……! ちょこまか動きやがって……。一回隠れられると見つかんねーなこれじゃ」


 やはりというか、大きさの違いゆえに、隠れた俺たちを見つけるのはほとんど不可能であるらしい。俺はほくそ笑んで、重力魔法で飛び上がる。


 十数秒の長いを経て着地。俺はヨルムンガンドの頭上に降り立つ。それから少し様子を窺い、見つけた。


 遠く、スラムの端で、テュポーンが現れる。それが見る見る内に巨大に膨れ上がっていく。


「見つけたぞオラァァアアア!」


 ヨルムンガンドが咆哮を上げる。巨体を躍動させ、ものすごい速度で動き出す。


 俺は、呟いた。


「さぁ、出番だ」


 俺は飛び出す。ヨルムンガンドの眼前。そこに、身を翻し、重力魔法を纏わせ、思い切り剣長を伸ばし、振り切った。


「聖剣、エクスカリバー」


 ヨルムンガンドの顔面を、神話最大級の蛇の顔面を、聖剣が叩き割る。


「痛ってぇぇええええええええ!」


 顔面を縦に割られたヨルムンガンドは、痛みの大きくのけぞった。ダメージのほどは、と確認するも、僅かに血が出るばかり。しかも瞬時に再生。


 俺は笑みを引きつらせる。


「やっぱ聖剣でもダメかよ。仕方ない。欲を出して俺一人で勝とうなんて考えは、止めといた方がいいな」


 役割に徹しよう。問題ない。それで十分に楽しいに決まっている。


 だって相手は世界蛇。世界を亡ぼす巨大な怪物。その本領と戦うのだ。


「相手にとって不足なし! お前の相手は俺だッ! ヨルムンガンドぉっ!」


「ウェイドさんよぉ! お前叩き潰して、全員殺してやっから覚悟しろやぁぁあああ!」


 ヨルムンガンドの大振りの尻尾が、俺に向かって襲い来る。俺はそれを重力魔法で回避しながら、デュランダルを切り込んだ。


 一閃。血が噴き出す。俺は回転しながら宙に舞う。俺の動きはすべて重力魔法の制御下にある。


「ってぇなぁ! そんな攻撃一つで、自分に勝てるつもりかバカがよぉ!」


 ヨルムンガンドは、変わらず無傷。血が出ていても、傷は瞬時に塞がっている。


 絶対に勝てない相手だ。俺には攻略の手がない相手だ。


 そう思うと、俺はゾクゾクしてきてしまう。


「……そうだ。そうだよな。絶対に勝てないような相手なら、何してもいいよな」


 俺は、ふつふつと湧き上がる欲に、身を震わせる。勝てない相手。全力を尽くしても、俺一人ではどうにもならない相手。


 なら、全力は当然。全力を超えた全力を出しても、問題なく楽しめてしまうのではないだろうか?


 ヨルムンガンドの尻尾が、強烈な勢いで俺に向かってくる。俺はそれを「ひゃっはー!」と叫びながら回避しつつ、再びヨルムンガンドの顔に切り込む。


「甘ぇんだよ!」


 ヨルムンガンドはそれに、むしろ飛び込んできた。直接対決をすれば、俺は物量の差で負ける。いくら切り込んでも意味がない中で、ヨルムンガンドの一撃が俺を叩き落とす。


 衝撃が、俺を襲った。


「ここだッ! ここから、逃がさねぇ!」


 そこを、ヨルムンガンドは畳み込んできた。尻尾を鋭く運び、俺が勢いに任せて遥か彼方に飛んで行ってしまうのを防ぐ。


「ウェイドさんよぉ! アンタらみたいな蘇る人間は、魔人と違って復活量に限界があるらしいなぁ! 小難しいことは出来ねぇが、アンタみたいなコバエを殺し尽くすことくらい、自分にだってできんだぜぇッ!」


 俺の小さな体は、下から突き上げてきた尻尾によって、空高く打ち上げられる。またも強烈な衝撃。俺はビル一つに突き上げられたかのようにバラバラになりながら空に散る。


「何度殺せばいいか分からねぇが、とことんやってやんよッ! おらぁもう一発い」


「はは」


 俺は。


「ははははははははははははははははは!」


 最高に、楽しくなってしまう。


「っしゃあ!」


 復活直後に、さらに襲い来る尻尾に切り込んで、その勢いでヨルムンガンドの体内に潜り込む。血まみれになりながら剣で体内を切り開き、ヨルムンガンドの体を潜り抜ける。


「なっ……!?」


「楽しいなァッ! ヨルムンガンド! お前は最高の敵だ! だからこそ残念だ! 俺の手でお前を倒せないことが、本当に残念だ!」


 だから、と俺は自分の右胸を強く掴む。


「せめて! せめて俺の本気以上の本気を受け止めてくれ!」


 その下にあるのは、俺の成長した魔法印。俺の意思を受けて、皮膚感覚にジワリとにじむものを抱く。


 それに向けて、俺は囁くのだ。


「――――そういうわけだ、ニュートン。、一つだけ伸ばして良いぜ」


 俺の言葉に従って、俺の魔法印が成長する。最後から数えて二つ目の、そして俺にとって、最初の特別がそこに宿る。


 俺は天高くを指さし、言った。


「大魔法」



 空に。

 地上と地獄を隔てる巨大な天井のすぐ下に。

 強烈な存在感が発生する。



 それは召喚陣。巨大な、それこそ直径数百メートルはありそうな、巨大な立体魔法陣。


 俺は、呪文を唱えながら、指を振り下ろす。


「サモン・メテオ」


 その魔法陣の中心に、巨大な隕石が放たれた。それは猛烈な勢いと共に、ヨルムンガンドの頭目がけて落下する。


「っ!? なっ、あれっ、うぇっ、ウェイドさん、アンタ」


「お礼代わりの一発だ。結構速いだろ? 回避とか無理だから、大人しく食らってくれ」


 俺の言葉の直後、ヨルムンガンドの頭蓋を、隕石が打ち据える。

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