第427話 師弟
何が一番の脅威なのかと言えば、ムングが頭になったことだ、と今の俺なら言える。
「らっしゃあ!」
ムングの一撃は鋭く、しかも人間心理を掴んでいた。つまる話をするならば、その攻撃は死角から襲い来た。
それで、テュポーンは簡単に打ち破られた。瓦礫の山からデカくなったテュポーンは、瓦礫を砕くみたいに簡単に、その体を粉々にされた。
「――――ッ」
「っとぉ! 三人で集まられると厄介だからなぁ! こうして、こうだぁ!」
そこからさらに細かく、俺たちはヨルムンガンドの尻尾の先で打ち払われた。クレイが、ムティーが、そして俺が、四方バラバラにぶっ飛ばされていく。
バザールの中心あたりから、魔王城下街外壁までの、何キロもの距離を数秒で。
「うぉぉおおおおおおおがっ」
俺は粉々に砕けながら、魔王城下街外壁に打ち付けられていた。アナハタチャクラが砕かれたわけではないから再生は出来るが、これは……。
「……ヤバすぎる。どうすんだよあのバケモン」
先ほどの、考えもなく暴れていただけのヨルムンガンドでも、非常に強い相手だった。
だが今のヨルムンガンドは、一味違う。強大さは据え置き、知恵が遥かに回るように変化してしまった。
「ムング、調教師だから、心の折り方とか熟知してるよな……。戦闘経験は少なそうだったけど、あんなデカさならそんなの要らないし。ああ、クソ」
俺は、笑ってしまう。
「どこまで俺をワクワクさせれば、気が済むんだ……!」
全身が歓喜に打ち震えている。過去最大の敵。過去最強の敵。スルトも、フェンリルも死ぬほど強かったのに、ヨルムンガンドはさらに別方向の強さで襲ってくる。
それから、思うのだ。どうする。どうすれば勝てる。ああ、それを考えるのが、楽しくて仕方がない。
「もう正面から行ったらダメだな。負けるだけだ。上手く立ち回る必要がある。もう一度首を落とすための、策が要る」
首を落とせば勝ち、というのは、確定で良いだろう。先ほど落としてしまったガンドの首を食らって、ムングはヨルムンガンドの主となった。
つまり、踊り食いが成立したという事。首が落ちてもヨルムンガンドは生きている。復活を恐れて日和る必要はないということだ。
「じゃあ、どうする。どう首を落とす」
俺は遠くのヨルムンガンドを睨みつける。
俺一人ではやはり無理。テュポーンの体が必要だが、そうするとデカくて不意を突けない。
可能性があるとすれば――――
「ムティーが、何か手を隠してないか、だな」
ムティー。すべてのヨーガを修めた俺のクソ師匠。俺ですらまだ三つしか習得していないヨーガを四つ有している以上、まだまだ手は隠しているはずだ。
「テュポーンの体を気づかれないようにする
俺は一つ頷き、歩き出す。アジナーチャクラを起動させ、俺同様にぶっ飛ばされたクソ師匠を探しに。
さて、クソ師匠ことムティーは、吹っ飛ばされ瓦礫の中に埋まっていた。
「……何でお前、自力で出てこなかったんだ?」
俺は首を傾げながら、自分の体の二倍くらいありそうな瓦礫を、重力魔法で軽くしながら持ち上げていた。
その下で埋まって、ボーっとしているのがムティーである。俺に話しかけられて少ししてから、ぐぐ、と眉根を寄せて起き上がる。
そして一言。
「悪ぃ、気絶してた」
「あのムティーがぁ!??!??」
「バカ弟子お前、オレのことなんだと思ってんだ? あ?」
片手で俺の顔を鷲掴みにしてくるムティーである。「あでででで」と言いつつ、俺は本題に切り出す。
「ムティー。ぶっ飛ばされてからちょっと考えたんだが、テュポーンのこと丸々見えなく出来ないか?」
「あ?」
「ほら、今のヨルムンガンド、頭が回るからさ。姿見られてたら多分どうにもならないと思うんだよ。なら見えなくして奇襲できれば、同じ要領で首をスパーン」
「……」
「な、何だよ」
無言で、呆れた、という顔で俺を見つめてくるムティー。それに俺が動揺すると、ムティーは言った。
「お前、まだアレに勝つつもりでいんのか?」
「は? 勝てるだろ。勝ちに行くぞ」
「……ぷっ、くく……」
ムティーは肩をゆすって、くつくつと笑いだした。それに俺は、怪訝な目を剥けてしまう。
「……なぁ、ムティー。ぶっ飛ばされてる間に、お前頭の一つでも打ったか? 何か様子が変だぞ?」
「ふ、はは、はははははっ。変にならねぇお前のがおかしんだよバカ弟子がよ」
「はー?」
ムティーは立ち上がり、「見ろ」と指をさす。その先には、ヨルムンガンドの首のあたりが、空の霞に触れている。
「あそこに、ヨルムンガンドがいる。ラグナロクで、北欧最強神トールと相打ちになった、世界蛇がな」
「おう」
「その全長は、もう二十キロを超えてるはずだ。あいつが寝転んでとぐろを巻いたら、城下街が丸々埋まる。そういうデカさだ。しかも成長は留まる様子がねぇ」
「そうだな」
「……アレを目の前にして、お前は勝てる。勝つって言ってんだぜ。負けたらどうなるとか、流石に勝てないとか、そんな風には思わないのか」
「……」
俺はキョトンとしつつも考えて、言った。
「勝てるだろ?」
俺が答えると、ムティーは一拍おいて噴き出した。
「ははははははっ、はーっはははははははっ!」
あんまりにも珍しいムティーの爆笑に、俺はとても渋い顔をする。
「何がおかしいんだクソ師匠がよ」
「はははははっ、はーっはははははははっ! ひーっひーっ」
「いや笑い過ぎだろしばくぞおい」
俺が半ギレで迫ると、ムティーは笑いを堪えながら言う。
「ふくくく……だってよ、あんなクソデカい怪物を前にして、そんな平気な顔で『勝てるだろ?』ってよ……! そんな……! そんな純粋な目で……!」
「ええ!? 何でそこが笑いどころになるんだよ! いや確かにかつてない難敵だとは思うけ……ど……?」
言いながら、俺はふと、ムティーが何でこんなことで笑うのか、という事に気が回る。
「……まさかムティー、今回は流石に勝てないって思ったのか?」
俺の指摘に。
ムティーは無言でそっぽを向いた。
「……」
マジか、こいつ。いや、何というか、ムティーはそう言うタイプじゃないと思ってたってだけなんだが。
……ってことはアレじゃん。今が一番の煽りどころじゃん。
俺はすっとぼけたような声でムティーに語り掛ける。
「あっれ~? おかしいなぁ~。いっつも『オレ様は無敵です』みたいな態度取ってたのはどこのどいつだったっけ~?」
「……いや、あのな……」
「弱い者いじめを楽しめるようになっとけとかよ~、虐殺楽し~w とかよ~! 散々イキリ散らかしてたのは誰でしたっけね~?」
「それは……だからな……」
「アレだけ師匠面しといて、こんな土壇場で怖気づいちゃいましたか~? こんな根性なしを師匠にしたつもりはないんだけグバァッ」
頭が爆発四散する威力で殴られた。
「おうバカ弟子。そんなに魔人になりたいならオレが変えてやるよ」
「ごめんって。言い過ぎたのは悪かったって」
ムティーの拳が震えている。やっべライン超えのイジリしちゃったか。この辺りが潮時らしい。
「……チッ」
俺はアナハタチャクラが頭を治す時間でぶっ倒れていたのか、地面に仰向けになりながら片手謝りをする。
すると何を思ったか、ムティーはしゃがみこんで、俺の横に腰を落ち着けた。
「そうだよ。バカ弟子にこんなことを言うのはマジで腹立つし、ムカツクことこの上ねぇが、その通りだ。……オレは、奴にビビった。あのヨルムンガンドにな」
ヤンキー座りで、ムティーはそんなことを言う。ムティーは神妙な顔で、ヨルムンガンドを睨みつけている。
「オレは世界最強の一角、白金の松明の冒険者だ。だが、最強同士で相性が悪けりゃ負ける。最強の中の最強、『絶対』の座に君臨するローマン皇帝にも負ける」
分かるか? とムティーは俺を見る。
「オレは最強だが、最強以上の存在じゃねぇ。分相応ってのがどこか分かってんだよ。だから分かる。分かっちまう。あいつに、オレは勝てねぇってな」
「……その感覚全然分からん」
「そうか……いや、お前はそうだな。ウェイド。お前はそういう運命の中にいる存在だ。だから連中も必死に、お前だけを狙って殺しに掛かってんだろ」
「は……?」
俺は、怪訝な顔でムティーを睨む。ムティーはいつの間にか、ヨルムンガンドに向かっている。
「ま、そんなバカ弟子に、毒気を抜かれたってだけの話だ。思えばお前のためだけにあっちこっち飛び回って調査なんてしちまって、オレも焼きが回ったか?」
「は? え? 何? クレイとしてたって言う調査、俺のためなのか? どういうこと?」
「うるせぇうるせぇ。その辺りは後で話す。今する話じゃねぇ。……ほれ」
ムティーは立ち上がり、俺に手を差し伸べる。俺は肩を竦めて、その手を取った。
立ち上がらされる。俺はムティーと並んで、ヨルムンガンドに向かう。
「ウェイド」
ムティーが言う。
「お前が勝てるって言うんなら、信じてやるよ。バカ弟子だが、弟子には違いないからな」
「はっ、ムティーからそんなこと言われても、別に嬉しくないっての」
「バカ弟子がよ」
「クソ師匠が」
俺とムティーは、拳を軽くぶつけあって、歩き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます