第425話 突破口は双頭にあり

 通信指輪、コーリングリングからのアイスの話を聞いて、俺はクレイ、ムティーに共有した。


「……あの双頭は、いがみ合っている……?」


「なるほどな。道理で妙な形してると思ったぜ。だが、それならもう片方の頭は何してやがる」


 ムティーが首を捻るのに、俺は話す。


「最初は、ヨルムンガンドはお互いの頭同士で争い合ってたんだ。けど少し目を離した隙に、俺を狙って攻撃してきた。多分そこで、どっちかの頭がダウンしたんだと思う」


「なるほど……となると、二つある頭の内、僕らを狙う方、恐らくムングさんが生きていて、もう片方の……恐らくガンドさんが、気絶状態という事だね」


「ああ」


 だが、まだ双頭はつながっている。砕かれたわけでも落とされたわけでもない。気絶しているだけなら、起こして味方につけることができる。


「だから、俺たちがすべきことはこうだ」


 俺は二人に語り掛ける。


「なるべく今の頭の根元辺りで、首を切って落とす。すると持ってる体の分量が、ムングとガンドで一対九くらいになる。後は寝てる方を起こして食わせれば、ヨルムンガンド完全体が味方に付くって寸法だ」


「そうだね。方針はそれでいいと思う。問題は、ヨルムンガンドの頭を切って落とす方法だけど」


「バカ弟子、お前の剣、テュポーンに貸してやれ。デカくして渡せば、テュポーンも使いこなすだろ」


「それは、頼もしいね。テュポーン、出来るかい?」


『ガハハハー! オレに不可能はネェェェエエー!』


 クレイの手元で、ご機嫌なテュポーンである。最小で手のひらサイズの大きさなのに、現状の最大は全長一キロである。改めてすごいなこいつ。


「ちなみにテュポーンって、本体だとどんだけデカくなるんだ?」


『アー? 一番高い雲カラ頭が出ルゾー!』


 何か知らんがエグイほどデカイのは分かった。


 ともかく、だ。


 作戦の概要はこうなる。テュポーンは再び全長一キロまで巨大化し、そこに俺がデカくしたデュランダルを渡す。で、回復した魔力で飛ばして、首を落とす。


 俺の人間大の大きさではできなかったことが、テュポーンなら可能になる。切った端からテュポーンの突撃で引っぺがせば、きっとヨルムンガンドの首も落ちる。


 懸念材料があるとすれば、ヨルムンガンドの回復能力の程度だが……。


「ムティー、どう思う」


「悪くねぇ。ヨルムンガンドの治癒能力は、恐らく蛇信仰からくるモンだ。神話由来じゃないなら、アナハタチャクラみたいな図抜けた効果はないはずだろうな」


 俺たちは頷きあう。全会一致。俺たちは、再びヨルムンガンドに立ち向かう。


 俺たちは瓦礫の陰から、ヨルムンガンドの様子を窺った。今の魔王城下街は、どこから見てもヨルムンガンドの姿が目に入る。


 ヨルムンガンドは、またも成長していた。そろそろ全長二十キロに届くんじゃないか、という巨体。


 これに、俺たちは今から挑む。


「よし、やるぞ」「了解」「おう」


 俺たちは、歩き出した。


「テュポーン、もう一度だ」


『ウォォオオオオー!』


 クレイが地面の中に落ち、そこから土くれが持ち上がって、50メートル相当の巨人が立ち上がる。瓦礫を踏みつけ吸収し、見る見るうちに巨大化していく。


 全長一キロになるまで、そう時間はかからなかった。先ほどに続く二回目で慣れたのか「感覚は掴んだ」とクレイが呟く。


 すると、ある程度離れていたヨルムンガンドが、こちらに気付いて近づいてくる。動きは普通の蛇のそれ。やはり双頭の片方は今意識がない。


「クレイ、さっきの戦いの通り、俺とムティーで一回ずつ、テュポーンをヨルムンガンドから守ることができる。数十秒戦い続けられれば回復するが、そうでもなきゃ守りは二枚だ」


「ああ、承知しているよ、ウェイド君」


「バカ弟子、今の内に剣渡しとけ。おいテュポーン。段取りは分かってるな」


『オウ! ムティー。この剣でアノ蛇の首ヲ落とせバイインダロ? 簡単ダー!』


 俺が巨大化させて渡したデュランダルを、さらに巨大化させて、テュポーンは肩に担いだ。改めて見ると、すさまじいサイズの剣だ。これを一人で作ったゴルドの異常性を実感する。


 テュポーン、ヨルムンガンドの両者が、どんどんと距離を縮め合う。その速度を、俺は目算で測る。


「三」


 ヨルムンガンドが停止する。だが動きを止めるのではなく、前進を止めただけ。その速度が、力の入っていない尻尾側―――気絶状態の双頭に乗って振り回される。


「二」


 テュポーンは走るのをやめない。『ガハハハー!』と高笑いを上げながら、どんどんと前に走り進んでいく。


「一」


 テュポーンが、ヨルムンガンドの一撃が差し迫る。俺は重力魔法の準備をし、大きく息を吐く。


「零」


『イクゾォォオオオー! ヨルムンガンドォォオオオオーッ!』


 テュポーンが、デュランダルを構えて跳躍する。


「さぁ行くぞッ! オブジェクトポイントチェンジ!」


 俺は呪文を叫び、テュポーンの巨体を持ち上げた。テュポーンはヨルムンガンドの一撃を避けて、すさまじい勢いでヨルムンガンドの頭上へと飛び上がる。


「くっ、魔力切れだ!」


「ウェイド、休め。次はオレだ」


 ムティーが前に出る。ヨルムンガンドは俺たちに大口を開けて、その口から液体を発射した。


「毒液だな。その程度よぉ……オレに聞くと思ったかゴミカスがぁ!」


 ムティーが跳躍し、ヨルムンガンドの放った毒液に触れる。途端毒液は自我を持ったように蠢き、凝固し、槍のようになってムティーの手に収まった。


「先に一発喰らっとけ!」


 ムティーの放った毒槍が、ヨルムンガンドの目を潰す。「キシャァアアアアアアアアア!」とヨルムンガンドが悲鳴を上げる。


「さぁ、テュポーン行こう! 君の力を見せてやれ!」


『アァ! クレイ! お前が手ニ入レたポセイドンの権能も乗せて、一撃デ落トスゼェェエエエエエエエエ!』


 そしてテュポーンがデュランダルを振りかぶる。テュポーンの内部で、クレイが呪文を唱える。


「クェイク、デザーティフィケーション」


 デュランダルが振動を始める。テュポーンの剣が直撃の寸前でさらに伸びる。そしてヨルムンガンドの首に直撃した瞬間、それは起こった。


 デュランダルに触れた部分から、ヨルムンガンドの体から水分が奪われ、干からび、格段に脆くなる。


「デザーティフィケーション。僕が権能を奪い得た大魔法の一つ。地面に打ち付けると周囲に砂漠化をもたらす。人間なら一撃で砂の塊になる一撃だ」


『ダァァァァアラッシャァァァアアアアアー!』


 バズンッ! と激しく千切れるような音を立てて、ヨルムンガンドの首にデュランダルがめり込んでいく。


 しかしヨルムンガンドの治癒力は、干からびてなお健在だった。切り込まれ刃から離れた部位からくっついていく。


 だが干からびる前よりも遅い。


 そして、その隙を逃すテュポーンではなかった。


『ココにッ! コウだァァアアアアアアアー!』


 切り込んで半分浮ついた首に、蹴り。テュポーンの大体積、大質量の蹴りが放たれ―――


 ついに、ヨルムンガンドの首が飛ぶ。


 その首は勢いに乗って宙を舞った。放物線を描いて飛んでいく巨大な蛇の首を、俺は目で追う。


 一拍遅れて、テュポーンは回転しながら、無事地面に着地した。『返すゼェー!』と言ってデュランダルを適当に投げるので、俺は手で触れて瞬時に小さくし、ナイフ状にして腰に戻す。


 ヨルムンガンドの首が、地面に落ち、瓦礫をまき散らしながら跳ねた。その巨大な胴体も、力を失ったように崩れ落ち、建物を大規模に倒壊させていく。


「さぁ、どうなる」


 ヨルムンガンドの首は、それだけでも直径数百メートルある、ちょっとした隕石同然のもの。この状態からでも、脅威として再び立ち上がっても違和感はない。


 逆に、主導権を奪われていたもう片方の双頭はどうなる。敵の敵だから味方、という軽い考えでこの作戦を考えたが、果たして―――




 そこで、俺たちの真ん中で、拍手が鳴った。




 振り向く。俺とムティーの間。テュポーンの肩に、ローロが座って「ご主人様たち、すっご~い♡」と拍手している。


「……ローロ」


「いや~、ご主人様たち、ホント強いよね~♡ 普通にスルトとフェンリルぶつけても勝っちゃうんだもん。で、ヨルムンガンドなんか不完全でしょ~?」


 ローロは頬を膨らませ、文句を言うように足をばたつかせる。


「しかもアイス様頭回るから、ブラフにも引っかかんないし見つかんないし~! それで不完全だから、なんて理由で早々にヨルムンガンドも倒されちゃったら、ローロ大ピンチじゃ~ん?」


 だ~か~ら~♡ とローロは、俺に笑いかける。


「ローロ、みんなのこと騙すことにしたんだ~♡」


「……騙す、って、何を」


 俺は、強張った顔でローロを見る。恐らく幻覚。だから攻撃しても意味がないと、ムティーも攻撃せずにローロを見つめている。


「ね~、ご主人様~♡」


 にひひっ♡ と笑って、ローロは俺に問う。


「ご主人様たちが落としたあの頭。誰がムングおじさんだって言ったの?」


「は……。―――――ッ!?」


 やられた。俺は咄嗟にしゃがみこみ、地面に落ちた首へ手を伸ばし、魔法をかけようとする。


 だが、遅かった。すでに落ちた首めがけて、残されたヨルムンガンドが食らいつく。


 大きく口を開け、丸呑みする形で、ヨルムンガンドは敵対していた頭を食らう。食い合って同化してしまった敵を、今度こそ下さんと踊り食う。


 一瞬だった。一瞬で落ちた双頭はヨルムンガンドの胃に落とされ、萎むように消えていく。


 そして、言うのだ。


「嬢ちゃんよ。助けられちまったな」


「でっしょ~! ってことで、ご主人様♡ ローロはこの通り、二つの嘘でみんなを騙したの~♡」


 にひひっ♡ と笑って、ローロは指を立てる。


「一つは、ムングおじさんの方を眠らせたこと。もう一つは、ガンドさんの方にご主人様がローロに見えるよう幻覚をかけてかつ、まともに話せないくらい混乱させたこと」


 ヨルムンガンドが今までまともに話さなかったのは、そういうことだよ~♡ そんなローロの語りに、俺は目を剥く。


「よぉ~っし! これでローロがキリエお姉さん探す時間は、稼げそうかな~っと。じゃあムングおじさん。すぐ負けないでね~?」


「はっ、誰にモノ言ってやがんだ嬢ちゃん。自分は元々、北欧神話最強神トールと、相打ちになった怪物だぜ?」


 不完全だった双頭のヨルムンガンドが。完全体となり、さらに巨大になったヨルムンガンドが、全長一キロのテュポーンに乗る俺たちを、遥か上から見下ろしている。


「外の神話じゃあ随分と暴れた奴らしいが、ここはニブルヘイム、自分のホームって奴だ」


 蛇に睨まれた蛙。テュポーンが『……ウォオー……』と初めて呆けたような声を漏らす。


 そうして、ヨルムンガンドは、こう言った。


「ウェイドさんに、クレイさんよ。悪いが、勝たせてもらうぜ」


 巨大なる世界蛇が、身を翻す。

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