第423話 世界蛇を攻略せよ

 俺が「さて、方法はどうするか」と聞くと、クレイが答えた。


「テュポーンを、限界ギリギリまで大きくしよう。大体全長一キロまでなら、この瓦礫の量なら行けるはずだ」


「メチャクチャデカくなれるんだな、テュポーン」


「だが、ヨルムンガンドはその十数倍のデカさだぜ。それだけじゃあ勝てねぇな」


 俺が驚くも、冷静に首を振るムティーだ。こいつ水を差すことを、と思いつつも、実際問題その通りだから仕方ない。


「テュポーンをそれ以上大きくするのは」


「ごめん、ウェイド君。それ以上となると、まだ僕には難しい」


「だよなぁ……。いや、クレイの実力不足って言うんじゃない。ヨルムンガンドがデカすぎるって話だ」


「分かってるよ。君の性格はよく分かってる」


 肩を竦めるクレイに、「そりゃ何よりだ」と俺は苦笑する。それから、まだ距離のあるヨルムンガンドを見つめる。


 巨大すぎる胴体に、両端の双頭。片方は、今は沈黙して動かない様子だが、もう片方は俺たちを敵とみなし、確実に近づいてきている。


「そろそろあいつ、こっちに到着するな。ムティー、何か俺たちが有利になる情報ないか?」


「神話のラグナロクじゃ、ヨルムンガンドを殺したのはトールって神だな。雷の神で、オーディンに並ぶ最高位の神。ただし相打ちだ」


「雷なぁ……。サンドラをもっかい連れてくるか?」


 俺は通信指輪をこすってみる。しかし応答がない。恐らくは、今ローロから逃げている真っ最中なのだろう。


「ダメだ。俺たちだけで戦う必要がある」


「ま、どうせトールも相打ちどまりだ。オレたちは一方的に奴をぶっ倒すんだからな、そう無理に他の奴の手を借りることもねぇ」


 最高位の神をしてこの言い草なのだから、ムティーも大概大物である。……いや、白金の松明の冒険者なんだから、その時点で大物か。うっかりしてた。


 クレイが、まんじりともせずヨルムンガンドを見つめ続け、ついに言った。


「もう時間の猶予がない。まずテュポーンを大きくするよ」


 クレイは指を噛んで、そこから垂れた血を地面に垂らした。すると地面で口が開き、クレイを飲み込む大穴が開く。


『アァ……。次ノ戦イ、だナァ……! サァ、ヤルゾォォオオオオオー!』


 咆哮。それに遅れて、テュポーンが立ち上がる。


 俺たちは、自然とその肩に乗っていた。テュポーンは『ガハハハー! 何だァーアノデカイのハー!』と、ヨルムンガンドを前にしても一向にテンションが下がらない。


「アレが、今回の敵だよ、テュポーン。ぶつかる前に近くの瓦礫を取り込んで、出来る限り大きくなって戦おう」


『オーウ! ジャア、行くゼェェエエエエエエエエ!』


 クレイの指示を受けるなり、テュポーンは一直線に駆け出した。


 ヨルムンガンドが向かってくる、正面。そこに、躊躇いもなく、まっすぐにテュポーンは進んでいく。


「クレイ! これ大丈夫か!? テュポーン、言う事聞いてるか!?」


「聞いてるよ。それに、目算じゃ問題はない」


 クレイがテュポーンの内部からそう答えた瞬間、テュポーンの肩の高さが、ぐんっ、と上がった。


 俺は周囲の景色から、今の高さを逆算する。初手全長五十メートル程度だったのが、一度、二度の成長で、もう百メートル級にまで成長している。


『マダマダだァー!』


 テュポーンの成長は、大きくなればなるほど、その速度を上げていく。


 百メートルから二百メートル。二百メートルから四百メートル。四百メートルから、八百メートル。


 今進むバザールが瓦礫にまみれているというのもあって、止まらない勢いでテュポーンは巨大化していく。街並みがどんどん遠のいて、ミニチュアみたいになっていく。


 このまま成長すれば、すぐにヨルムンガンドを追い越してしまうのでは? と錯覚するほどだ。


 だが、成長はその辺りで穏やかになる。さらに高度が上がり全長一キロ。しかしそれ以上、テュポーンが大きくなる様子はない。


「素材とする瓦礫の、強度の問題なんだ」


 クレイが、テュポーンの内部から語る。


「テュポーン自身の体なら、もっともっと、それこそヨルムンガンド――――真の姿のヨルムンガンドと並んでもおかしくないほど、テュポーンは大きくなれる。けど、この体はその辺の土や瓦礫。それほどの巨躯を支える力が、この素材にはないんだ」


 今の僕の限界さ。そんな風にクレイは語る。


 そうして、テュポーンがヨルムンガンドと対峙する。


『ガハハハー! こいつはデカいナァ! オレが見上げるコトニなるとハ恐れ入ル!』


 ダガ! とテュポーンは跳躍した。


『オレは! その程度で! 負けを認めるホド臆病者じゃネェェェエエエエエ!』


 テュポーンがヨルムンガンドに飛びつく。それから、わっしわっしと登り始めた。


『ガハハハー!』


 高笑いを上げながら、どんどんと登っていくテュポーン。俺はその根性の逞しさに、「テュポーンすげぇな」とおののく。


 だが、ヨルムンガンドもされるがままではいない。テュポーンほど巨大になると無視することもなく、身をよじり、暴れ、その体を振り落とそうとする。


『ウォォオオオオオ!』


 果たして、テュポーンは振り落とされた。だよなぁ、と俺は苦笑しながら、魔法を発動する。


「テュポーン、ここからは俺の出番だぜ。―――梵=我ブラフマン=アートマン! オブジェクトポイントチェンジ!」


 俺は基礎真言と呪文を唱える。ヨルムンガンド相手に出し惜しみはしない。最初から全力で行く。


 第二の脳サハスラーラチャクラがうなりを上げて魔力を作る。その魔力をあらんかぎりつぎ込んで、テュポーンの体を重力魔法で持ち上げる!


「テュポーン! 俺がお前に! 空を飛ばせてやる!」


 テュポーンの巨体が、さらに高く飛びあがる。


『ウォォオオオオガハハハハハー! ウェイドォ! オ前、最高ダァァアアアアー!』


 テュポーンは、それからヨルムンガンドの頭に引かれて落下する。構えるは拳。ヨルムンガンドの頭に向けて、テュポーンは拳を振り下ろす。


『オラァァアアア! ダッシャァァアー!』


 ゴウン……! と、鈍くも巨大な音が響く。ヨルムンガンドの分厚い頭蓋骨を、テュポーンの巨大な拳が打った音。


 除夜の鐘・レベル100みたいな音に、俺は歯を食いしばり、耳を塞ぐ。


 ムティーは言った。


「流石は世界蛇だな。まだまだ健在だ」


「キシャァアアアアアアアアア!」


 ヨルムンガンドが、咆哮を上げた。鼻から血を流しながらも、明らかに敵を向けて俺たちに牙をむく。


 そして、身を翻した。


「マズイ」


 ヨルムンガンドはその巨大すぎる体を軽々と動かして、その半身を思い切り叩きつけてこようとする。


 俺はそれを重力魔法で避けようとするが、サハスラーラチャクラの魔力生産量が追い付かない。くっ、やっぱ全長一キロの塊を自分の体みたいには飛ばせないか!


 ヨルムンガンドの一撃が迫る。いかにテュポーンとて、強度ギリギリのデカさの今では、あの一撃には耐えられまい。


 それにムティーが、舌打ちした。


「チッ。不甲斐ねぇ弟子どもだ。ヨルムンガンド相手じゃ、観戦とは決め込めねぇか」


 ムティーはまるで、庭を歩くような気軽さでヨルムンガンドの胴体を歩く。重力などないかのように横に直立し、向かってくるヨルムンガンドの胴体に向けて手をかざし、


 攻撃が叩きつけられる。その瞬間に、こう言った。


「反転」


 ヨルムンガンドの体が、まるで自分の強大な一撃をぶつけられたかのように吹っ飛んでいく。


「うぉぉおおおっ! ムティーお前やるじゃん!」


 俺がムティーを労うと、ムティーは自分の手を見下ろして、先ほどよりも遥かに嫌そうに舌打ちする。


「チィッ! ……魔力切れだ。休みが要る」


「おぉ……じゃあ俺と状況は同じか。サハスラーラチャクラの稼働的にどのくらい休みが要るよ」


「まぁ大体数十秒だな」


「俺も大体そのくらいだ。つまり―――」


 俺たちは並んで、再び向かい来るヨルムンガンドを前にする。


「次の攻撃には間に合わないな」


「クレイ、悪いが撤退するぞ。抱えて逃げてやる。出てこい」


「分かりました、ムティーさん。テュポーン、済まないが、一旦ここで囮を頼んだよ」


『オウ! 次も大暴レさせてクレヨ!』


 俺たちはクレイを回収して、テュポーンの陰から素早くその場から飛び去った。


 一拍遅れて、ヨルムンガンドの一撃がテュポーンを打ち砕く。テュポーンの巨大な体が、さらに巨大な一撃に、散り散りになって砕けていく。

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