第422話 ヨルムンガンド

 度を越した巨大さは、それ自体が一種の不死性に近い効果を持つ。


 例えばものすごい強い剣でも、刺さる幅が薄皮一枚では、どれだけ鋭利でも意味はない。一兆のHPを持つ敵に、一万のダメージを与えてもほとんど意味がないように。


 その意味では、デュランダルという武器は、ヨルムンガンドに恐らく相性がいい。


 デュランダルは、伸縮自在の剣であるから。


「うぉぉおおおらぁぁぁああああ!」


 俺は重力魔法で飛び回り、空中から、デュランダルを思い切り巨大にして一閃した。


 デュランダルは伸縮自在の剣だ。俺が望めばどこまでも伸び、どこまでも重くなる剣。であるならば、ヨルムンガンドにも十分なダメージを入れられるはずだった。


 とはいえ、相性のいい巨体でも、そう上手くいかないことを知っている。


 巨体の癖に異様に速く動いて見せたスルト。何度切り刻んでも頑丈に耐え抜いたフェンリル。


 果たして、まずまともに攻撃が当たるのか―――そうした俺の懸念は、外れることとなる。


 デュランダルが、ヨルムンガンドの胴体を両断する。


「あれっ?」


 絶対何かあると思ったのにデュランダルがクリーンヒットして、俺は目を丸くする。


 デュランダルは、きれいにヨルムンガンドの胴体を両断するように、その体に刃を入れた。それから、勢いそのままに、デュランダルは、ヨルムンガンドの体を通過する。


「う、お、お、お。ま、マジか。じゃあ、これで終わり、か……?」


 いや、逆に、これで殺してしまって復活、と言う場合もある。警戒は怠るな。


 そう考え、俺は近場の瓦礫の山の上に着地する。それから、「どうなる……?」とヨルムンガンドを注視して、気付いた。


「……、……?」


 ヨルムンガンドは、両断されたはずなのに、普通に動いていた。俺の攻撃に反応して、ゆっくりと俺の方向に向き直ってくる。


「あ、アレ? 俺……切った、よな? 何で普通に動いてんだあいつ。おかしくね?」


 しかも単に切ったのとは違い、両断である。人間で言えば、ワイヤーで首を落とされたようなもの。何故動ける、という思いが勝つ。


 だが、ヨルムンガンドは動く。動いて俺に向かって、その巨大すぎる体躯を振るった。


 俺は、とっさに重力魔法で、大きく横方向に飛ぶ。


 ギリギリだった。俺が立っていた場所を起点に、街並みが扇状に破壊されていく。破壊音すら聞こえないほど遠くの建物が、簡単に崩れていく。


 大怪獣という表現すら、この光景には届かないだろう。体の一振りで街が一つ滅ぶ光景は、神話でしかありえない。


「……これが、世界蛇ヨルムンガンドか……!」


 俺は下唇を舐める。それから、目の前の敵をどう下したものかを考える。


 敵は巨大。極めて巨大だ。しかも単なる攻撃では意味がないと来た。両断ですらそうだ。


 なら、考える必要がある。考え、分析し、試して、知る必要がある。


 俺は、にぃと笑う。


「流石はラグナロクの大怪物だ。俺が負けかねない敵が、うじゃうじゃ出てきやがる」


 堪らない。そう俺はひとりごち、再び空を飛び回る。


 まず、両断が意味をなさなかった理由を知りたい。そう思い、俺はヨルムンガンドの視線が俺から外れるまで飛び回って、ヨルムンガンドの胴体に着地する。


 予想通り、この巨体と鱗では、ヨルムンガンドは俺の着地には気づけないようだった。


 俺はそれに、しめしめと思いながら、ナイフサイズのデュランダルを刺しこむ。


 ずぶ、とデュランダルは、巨大な鱗の一部を破って、中の肉に食い込んだ。そこから力を込めて、切り込んでいく。


 その様子を確認して、俺は目を瞠った。


「……おいおい。切った端から治っていくぞ、こいつ」


 驚異的な治癒力。それにより、両断された端から傷を癒し、ヨルムンガンドは無傷でいた、という絡繰りであるらしい。


 となると、どうなのか。治癒が発生しないほど素早く切り落とす? いや、この巨体でそれは現実的ではない。だとすると……。


 そう考えこんでいると、不意にヨルムンガンドの体が、大きく動き出す。


「うぉっ、まずっ」


 俺は慌てて重力魔法で飛び、距離を取ろうとする。


 だが、少々遅かった。


 ヨルムンガンドの軽い身じろぎで俺は強く弾き飛ばされ、それから大きく暴れることで、まるでビル一つが体当たりしてきたかのような衝撃に襲われる。


「おぐぅっ?」


 重力魔法で制御しているにもかかわらず、俺はとてつもない速度でよく分からない方向に飛んでいく。


 ヨルムンガンドの動きで舞い上がって無数の瓦礫に、慌ててリポーションを発動する。


 だが衝撃が衝撃だ。多くは弾くことができても、建物ひと塊みたいなのが飛んでくればどうしよもない。


「がぁっ、げぁっ、こっ、これ、マジかっおい!」


 アナハタチャクラで何度も体を再生しながら、俺はついに、どこかに激突した。大きく跳ね、全身の骨が砕けるのを感じながら、俺は地面をすっ飛んでいく。


 そうしてしばらくもがき、俺はやっと我を取り戻した。いつの間にか俺の体に堆積する瓦礫をまとめて重力魔法でどかして立ち上がる。


 そうして周囲を見回して、俺は呟いた。


「ここ、バザールじゃん……」


 戦っていたのはサーカスだというのに、この始末。あの大暴れ一つで、どれだけ飛ばされてんだよ、と俺はため息を吐く。


 それから体の土ぼこりを落として、改めてヨルムンガンドを見た。


 巨大。過ぎるほどに巨大。ただそれだけのことが、これほどに脅威なのだと思い知る。


 かつてはドラゴンを前に、俺たちは苦しくも楽しい戦いに興じた。地竜、ワイバーン、火竜。全長十メートルはある、巨大な強敵たち。


 だが、ヨルムンガンドは桁が違う。全長十数キロ。街を軽く覆い尽くして余りある体躯。


 それを見つめていて、思った。


「……何か、さっきよりデカくなってんだけど……」


 街並みと比べて、遥かに巨大な姿。だが、先ほどまでは、山上の魔王城と比べて高さが同じ態度だった。今は、それをいくらか越している。


 成長、の文字が脳裏によぎる。フェンリルは、戦いながらも成長していた。つまり、分け身をすべて取り戻し、戦う最中にも、本来の姿を取り戻そうと強く大きくなっていた。


 そしてそれは、きっとヨルムンガンドにも当てはまる。確かに十数キロの巨躯は巨大だが、それでは世界は囲えない。


 だから、恐らく、きっと今が一番小さいのだ。今が一番、ヨルムンガンドは弱いのだ。


「……なるほどな。こりゃ、骨の折れる敵だ。俺を豆粒よりも小さく感じるような敵をたおすってか。ハハ、あーホント、何でだろうなぁ」


 俺は手を胸元に置く。ドクンドクンと、心臓は早鐘を打ち、どうしても口角が上がってしまう。


「こんなやっばい敵が相手でも、俺はワクワクしちまうんだな。両断しても意味がない。軽くはたき落とされるだけでここまでぶっ飛ばされるような敵に、俺は、ワクワクしちまう」


 きっと、この性分は死んでも直らない。俺は強敵を相手に高揚し、武者震いを起こし、たまらず挑んでしまうのだ。


 俺は、強く目を瞑る。


 それは、もう、仕方がない。俺の性分だ。一生付き合っていくものだ。だが、それはそれとして、考えなければならないことが一つ。


「俺は、一人じゃあいつには勝てない」


 傷は入れられる。だが、それをダメージとして確定させるためには、体積がいる。


 俺は重力を操作して、ヨルムンガンドの肉を破ることができる。しかし、体が小さすぎるがために、どれだけ殴っても貫いても、意味がないのだ。


 例えば両断するなら、両断した端から、治らないように肉同士をくっつかないようにする必要がある。切った端から引っ張って、バラバラにする必要がある。


 俺一人では、それができない。重力魔法は、一個体の上半分と下半分で作用する方向を別にできない。瓦礫で固定しようとしても、ヨルムンガンドの方が重すぎて不可能だろう。


 だから、せめてもう少し巨大な攻撃手段がいる。


 巨大な手段が。巨大な仲間が。


「やぁ、ウェイド君。奇遇だね」


 振り返る。そこには、俺が待ち望んでいた奴が立っていた。


「クレイ~! お前何処ほっつき歩いてたんだこの野郎! ここまで大変だったんだぞおい!」


 俺が飛び掛かって髪をワシャワシャとやると、クレイは「うわぁははははっ」と驚き笑いを浮かべて俺を止める。


「ごめんごめん! ちょっとムティーさんに連れまわされて、色々と調べててね」


「ムティー?」


「おうバカ弟子。スルトとフェンリルはぶっ倒したみたいだな」


 クレイの背後から、飄々とした様子でムティーが現れる。それから「にしてもバカデカい奴だな、ヨルムンガンドってのは……あークソ、しち面倒くせぇ」と目の上に手でひさしを作って眺め出す。


「何だよ調べものって」


「ま、色々だ。ヘルの魔王城とか、魔王軍資料室とか、色々調べるものはあってな。それが終わったから合流したってところだ」


「へー?」


 気になるところだが、現状それどころではない。俺を弾き飛ばしたヨルムンガンドは、どういう視力をしているのか、俺を見つけてこちらに移動し始めている。


「ま、いいや。クレイにムティーがいるならちょうどいい。お前ら、あいつぶっ殺すから手伝ってくれよ」


「もちろんだよ、ウェイド君。にしても……あれはすごいね。テュポーンすら小人に見えてしまいそうだ」


「仕方ねぇなぁ。一人じゃあのデカブツ倒せないよー、なんて弟子に泣きつかれたら、師匠たるもの少しは本気を出すしかねぇか」


 クレイは頼もしく微笑み、ムティーは嫌々ながら、という演技で頷いた。ムティーは一発しばいてやりたいところだが、頼みを断らない時点で珍しいので、今回は見逃してやろう。


「よし、じゃあ行くぜ。三人で蛇狩りだ」


 俺はヨルムンガンドに向き直る。世界蛇は、その巨躯をさらに成長させながら、すさまじい勢いで俺たちへと迫っていた。

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